100 第五の復讐、その最後の舞台へ

 ローザリアから奪い取った鞭を燃やして処分したアメリアは改めてローザリアの方へと向き直った。今も怒り狂った様な表情を浮かべる彼女に対してアメリアは辟易とした様子を見せる。


「おっ、おまえっ!! 何をしたの!?」

「はぁ、騒がしいですねぇ。少し静かにしてくださいな」


 そして、アメリアはローザリアに向けて、パチンと指を鳴らした。すると、次の瞬間、ローザリアは先程のリチャードと同じ様に地面に這い蹲らされる事になった。


「なっ!?」


 その姿は、つい先程まで地面に這い蹲らされていたリチャード姿とそっくりだ。自分の身に何が起きているのか分からないローザリアの表情は困惑に染まっている。一応、アメリアはローザリアが女性という事もあり、手加減をしているがそれでも彼女は身動きを殆ど取れない。


「ぐっ、おっ、おまえぇ!!」


 自分の体に起きた異常とそれがアメリアの仕業であると悟ったローザリアは、自分をこんな無様な姿にさせたアメリアの事を睨みつけるが、彼女はそれを気にした様子は一切ない。アメリアにしてみれば、何の抵抗も出来ない今のローザリアは哀れな子羊でしかないのだ。

 そして、アメリアは地面に這い蹲るローザリアの元までおもむろに歩み寄っていく。


「ふふっ、良い姿ですね」

「ぐっ、このっ!!」


 無様に地面へと這い蹲るローザリアは先程まで平民と見下していたアメリアに自分の頭の上から見下ろされている。無駄にプライドが高いローザリアにとってこれ以上、屈辱的な事はないだろう。

 だが、アメリアの復讐はこんな事では終わらない。寧ろ何も始まっていないし、彼女達が犯した悍ましい程の罪悪を暴いてすらいないのだ。

 そして、アメリアは此度の復讐を次なる段階へと進める為の最後の準備を始める。


「では、これより貴女達を……」


 しかし、アメリアがそこまで言葉を紡いだその瞬間、彼女の後ろからガチャッという扉が開く音が聞こえてきた。

 その音にアメリアが即座に後ろを振り向くと、この場にいたもう一人、リリアローズがこの部屋から逃げて行く姿が見えた。リリアローズはこの部屋から逃げる為の機をずっと見計らっていたのだろう。そして、彼女はアメリアがローザリアに意識を集中させたその瞬間にこの部屋から逃げ出したのだ。

 だが、リリアローズに逃げられたというのに、当のアメリアには焦る様子は一切見受けられない。それどころか、彼女からは何処か余裕が垣間見えた。


「……しまった、逃げられてしまいましたか……。うっかりしていました。もう一人の事を一瞬だけ忘れていましたよ。

 ……まぁ、いいでしょう。彼女の事は一旦放っておいて、先にこちらの方の準備をしましょうか。どうせ、この屋敷からは逃げられないのですから」


 そして、アメリアは再びローザリアの方へと向き直った。


「さて、最後の舞台の開幕の時まで、貴女には少し眠っていてもらいましょうか」


 アメリアはそう言いながらローザリアの顔に手が届く位置まで屈みこむと、その額に手の平を当てて睡眠の魔術を使う。すると、まるで深い眠りにでも落ちたかのようにローザリアは意識を失うのだった。




 アメリアの元から辛くも逃げ出す事が出来たリリアローズはオーランデュ侯爵家の隠れ家であるこの屋敷の廊下を必死に走り回っていた。

 しかし、そんな彼女の表情は困惑一色に染まっている。


「……誰もいない……。一体、どうなっているの……?」


 この屋敷の廊下にはオーランデュ侯爵家に仕える騎士が警備の為に巡回している筈だった。しかし、今はその騎士達の姿が全く見当たらなかったのだ。

 それどころか、彼女と共にこの隠れ家まで逃げてきた使用人達の姿までもが全く見当たらない。

 この屋敷で何が起きているのか分からないリリアローズだが、それでも彼女は護衛の騎士や使用人達に助けを求めるべく必死に叫んでいた。


「誰かっ、誰かっ!!」


 しかし、リリアローズがどれだけ叫んでも、その声に反応を示すものすら誰もいない。それでも、彼女は屋敷内の部屋を一つずつ確認していく。

 しかし、どの部屋にもこの屋敷に居る筈の騎士や使用人達の姿は無い。そうして護衛の騎士や使用人達を探している内に、リリアローズは一つの事実を悟る様になっていた。


「……これもあの女の仕業なの……?」


 そもそも、この屋敷には厳重な警備が成されている筈だった。彼女達が先程までいた部屋の前にも数名の騎士が待機していた。

 だというのに、招かれざる客である筈のアメリアは普通に扉を開けて、先程までローザリアとリリアローズがいた部屋へと入って来たのだ。

 ならば、アメリアは予めこの屋敷にいる者達全員を何らかの手段を用いて排除した後、自分達の元へやってきたと考える方が自然だろう。


「……仕方がない、わね……」


 そこまで悟ったリリアローズは自分達に仕えていた騎士達の捜索を諦める事にした。一刻も早くここから逃げなければ、アメリアに捕まってしまうだろう。アメリアは逃げた自分の事を探しているに違いない。ならば、この屋敷に留まるより、ここから逃げた方が良いのは間違いないだろう。

 自分一人で逃げるのは不安が残るが、仕方がないと割り切って、一人でこの屋敷から逃げる事を決めたのだった。




 そして、自分一人で逃げる事を決めたリリアローズが次に向かったのは、この屋敷の出入り口である大扉がある大広間だった。


「やっぱり、誰もいないわね……」


 彼女の記憶が正しければ、この大広間には大勢の護衛の騎士がいた筈だ。だが、やはりこの大広間にも誰一人として残っている者はいない。


 扉の前まで来たリリアローズはその扉に付けられている取っ手に手を掛けて、一度息を飲む。そして、その直後、勢い良く扉を開け放とうとした。


「……え?」


 しかし、次の瞬間、リリアローズは思わず呆けた様な声を漏らした。彼女が開けようとした扉、それがまるで何かに固定されたかの様に全く動かないのだ。


「っ、どうして、どうしてっ!?」


 彼女がどれだけ扉を開けようとしても、扉は微動だにしない。それでも、リリアローズは必死に何度も何度も扉を開けようとする。


「どうしてっ、どうしてなの!?」

「ふふっ、この屋敷から逃げようとしても無駄ですよ」

「っ!!」


 後ろから聞こえてきたその声にリリアローズは慌てて後ろを向く。すると、そこには微笑みを浮かべたアメリアの姿があった。


「アメリア・ユーティス……」

「貴女が開けようとしたその扉には予め、私の許可がなければ開かない様に細工をしてあります。その為、貴女では絶対にその扉を開けられませんよ」

「……つまりは、全ては貴方の掌の上だったという事なのかしら?」

「ええ、その通りです」


 すると、アメリアは手で口元を隠すと、クスリと笑った。


「それにしても、貴女も随分酷い人ですね。自らの母親をあの場所に置き去りにして、自分だけ逃げようだなんて……」

「……っ」


 その言葉を聞いたリリアローズは思わず苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。彼女も自分の母親を見捨てる事は心が痛まない訳では無かった。


 しかし、アメリアが先程見せたあの力、リリアローズはあれすらも今のアメリアの力の片鱗に過ぎないのだと、直感的に悟っていた。

 だからこそ、リリアローズはアメリアに追い詰められた自らの母を見捨てるしかなかったのだ。

 そして、最初から自分もアメリアの手の平で踊らされていた事を理解したリリアローズは、諦めたかのように脱力した。彼女のそんな姿を見たアメリアは少しばかり驚いた様な表情を見せる。


「おや、抵抗しないのですか? てっきり無駄な足掻きをすると思っていましたが……」

「……どうせ抵抗しても無駄なのでしょう?」


 それは彼女に残された最後の矜持だったのだろう。どうせ逃げられないのだから、醜く足掻くよりも、これから起こる事を潔く受け入れる事をリリアローズは選んだのだ。


「……それで、私に一体何をするつもりなのかしら?」

「これから、貴女達を面白い場所にご招待しようと思います」

「面白い場所……?」

「ええ、そこは貴女も知っている筈の場所です」

「知っている場所、ですって?」

「ふふっ、では、行きましょうか。貴女達が起こしたあの惨劇の場所へと、ね」


 アメリアはそう言った直後、転移魔術を行使し、リリアローズと共にとある場所まで転移する。


 そして、二人が転移した先、そこは何処かの薄暗い洞窟の様な場所だった。洞窟の壁には燃える松明が掛けられており、それが唯一の光源になっている。


「……ここは、一体……?」

「ふふっ、この場所の事を貴女は知っている筈ですよ。では、私について来て下さいな。……ああ、分かっているとは思いますが、逃げようとしても無駄ですよ」

「……分かっているわ」


 リリアローズは渋々と言った表情を浮かべながらアメリアの先導に従い、洞窟内を進んで行く。そして、それから数分後、薄暗い洞窟は終わり、開けた場所に出る事が出来た。


 しかし、二人が到着したその場所は、一言でいえば異様な場所だった。その場所の最奥には巨大な祭壇があり、その中央には大きな魔法陣が描かれている。そして、祭壇の周囲には、魔法陣を囲む様に無数の人骨が転がっている。

 傍から見れば、何処かの邪教がサバト等をする為の場所としか思えないだろう。普通に考えれば、こんな所は貴族令嬢のリリアローズには縁遠い場所の筈だ。


「っ、待って、ここはっ、まさかっ!?」


 しかし、リリアローズはこの場所を知っていた。ここで何が行われていたのか、自分が何を行ったのか、それは彼女自身が一番よく知っていたからだ。


「待ちなさいっ、アメリア・ユーティスっ、どうして貴女がここを知っているのよ!?」


 だが、アメリアはリリアローズの叫び声を無視して、奥にある祭壇の元まで歩んでいく。そして、その祭壇に到着したアメリアは描かれている魔法陣の中央に立ち、未だ困惑の表情を浮かべるリリアローズの方を向き直り、クスリと笑みを浮かべた。


「さて、と。では、ここに最後の役者を呼び出しましょうか」


 そう告げたアメリアが指を鳴した次の瞬間、リリアローズのすぐ近くに彼女の両親であるリチャードとローザリアが現れた。

 それを見たリリアローズは現れた両親の元へと慌てて駆け寄っていく。


「っ、お父様っ、お母様!!」

「おおっ、リリィ、ローザ、無事だったか!!」

「ああっ、あなたっ、リリィ!!」


 感動の親子の再会の光景。だが、それに水を差す者がこの場にいる。そう、それこそ、この復讐劇の主役たるアメリア・ユーティスだ。


「さて、今ここに全ての役者が揃いました。この場所こそ、此度の復讐、その最後を飾るに最も相応しいでしょう。さぁ、貴方達が犯した大罪、それに相応しい罰を今こそ貴方達に与えて差し上げましょうか!!」


 そして、アメリアは此度の復讐、その最後の始まりを高らかに宣言するのだった。

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