99 怒り狂うローザリア侯爵夫人
「ねぇ、お二方もそうは思いませんか? ローザリア・オーランデュ侯爵夫人、リリアローズ・オーランデュ侯爵令嬢?」
「……っ、アメリア・ユーティス……」
「では、改めてご挨拶を。お久しぶりですね。といっても、貴女達と嘗ての私達はそれ程、交流があった訳ではありませんが。こうして、向かい合うのはいつ振りぐらいでしょうか」
アメリアの生家であるユーティス侯爵家は元々、オーランデュ侯爵家との関わりは薄かった。その為、アメリアもリチャードの妻であるローザリアと娘であるリリアローズの事は殆ど知らなかった。一応、夜会等で会話する機会はあった為、顔と名前程度は記憶していたが、それだけだ。そして、恐らくそれは向こう側も同じだろう。
「幾つも用意されている隠れ家から貴女達が避難しているこの場所を見つけるのは随分と苦労しましたよ」
彼女達は城塞都市がリンド王国の手に落ちた時、自分達を捕えようとするリンド王国の兵士達から逃れ、この隠れ家へと避難していた。
オーランデュ侯爵家はリンド王国からの防波堤の役割を担っている。当然、この城塞都市はリンド王国の侵攻の際には最前線で戦う事になるだろう。幾ら、この城塞都市が堅牢であるとはいえ、この世に絶対というものは存在しない。万に一つの可能性として、この城塞都市が陥落するという事態も考えられる為、そういった事態に備えてオーランデュ侯爵家の者達が避難する隠れ家が多数存在していた。
そして、アメリアはその隠れ家の存在をリチャードの記憶から知ったのだ。
城塞都市オーランデュがリンド王国に制圧されたこの状況で、彼女達が逃げ込む場所は限られている。それこそ、予め用意されていた多数の隠れ家、その何処かしかないだろう。
しかし、アメリアはリチャードの記憶から隠れ家の場所を知る事が出来ても、彼女達が何処に逃げたのかという部分については分からなった。
その為、彼女は仕方なく用意されていた隠れ家を総当たりで探すしかなかったのだ。
また、アメリアはここまで来るのに六回程、誰もいない隠れ家を引いてしまっている。
「まぁ、こうして貴女方を見つける事が出来たのだから、良しとしましょうか」
そして、アメリアは不敵な笑みを浮かべながら、二人の元へと歩み寄っていく。
「お待ちなさい!!」
ローザリアはそう叫びながら、眉間に皺を寄せて自分の元へと歩み寄ってくるアメリアを制止するかのように、手に持った扇の先を彼女の方へと向ける。
「アメリア・ユーティス、お前は何様のつもりなのかしら!?」
「何様、とは?」
「お前の生家、ユーティス侯爵家が取り潰された今、お前の身分は只の平民の筈!! ならば、平民であるお前は侯爵夫人である私の前に跪くのが常識でしょう!!」
彼女のその荒々しい口調からも分かる通り、ローザリアはその内側にヒステリックな気質と侯爵夫人としての高いプライドを持っている。
社交の場では淑女の嗜みとしてそのヒステリックな部分を表に出す事は無いが、こういった公では無い場所ではその気質を表に出す事が多い。
また目上の者に対する礼儀が出来ていない者に対して、彼女はよく怒り狂う傾向があった。
ローザリアにしてみれば、取り潰された没落貴族の令嬢で、今の身分は平民と何ら変わりないアメリアが自分と対等に向かい合っている事が許せないのだろう。
だが、アメリアはその不敵な笑みを崩す事は無い。
「お前は曲がりなりにも侯爵家の令嬢だったのでしょう!! ならば、礼儀も弁えている筈でしょうに!! それが分かったのならば、すぐに私の元に跪きなさい!!」
「跪く? どうして私が貴女如きの前に跪かなくてはならないのですか?」
「私、如きですって!?」
アメリアの多分に挑発が混じった言葉にローザリアは怒り狂った様な表情を浮かべたかと思うと、先程までアメリアに向けていた扇を仕舞い、壁に掛けられていた一本の鞭を手に取った。その鞭の先には無数の棘が付いており、明らかに人を痛めつける為の物だと一目で分かる。
「こっ、このっ、無礼者がっ!! 地に沈みなさいっ!!」
ローザリアはそう声を荒げながら、手に持った鞭をアメリア目掛けて勢い良く振う。彼女のその鞭捌きはとても手慣れており、常日頃から鞭を扱っているのだろうと思わせるほどだ。
「ふふっ、無駄ですよ」
だが、それを見たアメリアはクスリと笑みを浮かべながらそう呟いた。
すると、その直後、彼女に向かっていた鞭はアメリアに届く手前で、まるで何か透明な障壁にでも弾かれたかのようにあらぬ方向へと飛んでいく。
「なっ!?」
それを見たローザリアは驚きから思わず声を上げる。
そして、彼女は慌てて鞭を自分の元まで引き戻し、再びアメリア目掛けて鞭を振るうが、何度やっても無駄な事だ。ローザリアがどれだけ鞭を振るっても、その鞭は障壁に弾かれアメリアの元に届く事は一切無かった。
「このっ、このっ、このっ!!」
それでも、怒り狂ったローザリアは止まらず、怒りに任せて何度も何度も鞭を振るう。だが、それも数分後には終わりを見せていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
鞭を振るい続けてきたローザリアが遂に息を切らし始めたからだ。だが、怒りに任せて全力で鞭を振るってきたのだ。それも当然だろう。
未だ余裕が伺えるアメリアとは対照的だ。
「あら、もう終わりなのですか?」
「っ、こっ、このぉっ!!」
そして、アメリアの挑発に乗せられたローザリアは最後の足掻きと言わんばかりに渾身の力で鞭を振るった。
すると、その鞭は先程までの様に障壁に弾かれる事は無く、勢いそのままにアメリアの元まで到達したのだ。
それを見たローザリアは一瞬だけ喜悦の笑みを浮かべるが、すぐにその表情を一変させる事になる。
「なっ!?」
なんと、アメリアは自らの元へと飛んできたその鞭を、あろう事か素手で受け止めたのだ。
まさか、自分が振るった鞭を素手で受け止める事が出来るとは思っていなかったのだろう。ローザリアは思わず驚いた様な声を上げる。
しかも、無数の棘が付いている鞭を握っているというのにアメリアの手には傷一つ見受けられない。
「はい、もう十分満足したでしょう? ですので、そんな少々物騒な物は没収させていただきますね」
すると、ローザリアの手にあった筈の鞭は跡形もなく消え去り、次の瞬間にはその鞭は何故かアメリアの手元に存在していた。
「っ、お、お前っ、一体何をしたの!? いいえ、今はそんな事はどうでもいいわ!! 今すぐその鞭を私に返しなさい!!」
だが、ローザリアのヒステリックな叫び声にアメリアは辟易とした表情を浮かべた。
「……はぁ、もう面倒ですね。これは処分してしまいましょうか」
すると、アメリアの手から炎が燃え上がり、彼女の手にあった鞭もその炎に包まれていく。そして、数十秒後にはその鞭は完全に消し炭となってしまうのだった。
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