98 リチャードのもう一つの罪

 これは、アメリアがまだ復讐を始める前に起きた出来事である。


 城塞都市オーランデュの中心にあるオーランデュ城、その一角にある拷問室では二人の男性が相対していた。


「気分はどうかな?」

「くっ!! リチャード・オーランデュ!!」


 一人はこのオーランデュ城の主にしてオーランデュ侯爵家の当主であるリチャード・オーランデュだ。

 そして、もう一人の男性はその名をギリアムといった。彼はアメリアをリチャードの魔の手から逃がす為に殿を務めた彼女の護衛の一人だった。

 彼の手足には錠を着けられており、その手錠はこの拷問室の天井から吊り下げられた鎖と繋がれている。傍から見れば彼の姿は拷問を受ける前の囚人の様にしか見えないだろう。


 ギリアムはリチャードに対して敵愾心が多分に含まれた視線を向けながら、おもむろに口を開いた。


「俺を拷問するつもりか?」


 彼等がいるこの部屋の名、自分の手足を拘束されているこの現状から考えればギリアムがそう考えるのも当然だろう。リチャードはアメリアが何処に逃げたのかを拷問によって自分から聞き出すつもりなのだろう、と彼は考えていた。


 だが、リチャードはギリアムの言葉に答える事は無く、部屋の中央に囚われている彼の姿を一瞥すると、室内に置かれている机の上まで向かっていく。その机の上には鞘に仕舞われたままの無数の刀剣が置かれていた。


「さて、最初はどれにするか……」


 視線を机の上に置かれている刀剣に向けながら、リチャードはそんな事を呟くと、悩んだような仕草を見せた。


「やはり最初はこれがいいな」


 それから少しすると、リチャードは何かを決めた様な表情を浮かべ口元を歪めながらそう呟くと、机の上に置かれている無数の刀剣の内の一つを手に持ち、その剣を鞘から抜き放った。そして、彼はその剣を垂直に持ちながら、満悦といった表情を浮かべる。


「君、この剣は実に素晴らしいかと思わないか? この剣は、名工アインベルクが作り上げた逸品でな。私のコレクションでも特にお気に入りの一つなのだよ」


 リチャードはそう言いながら名工が作ったというその剣を、まるで買ってもらった新しいおもちゃを友達に自慢する子供の様に見せびらかしていた。

 その剣の刀身はまるで芸術品と見紛うばかりの輝きを放っている。少しでも審美眼を持つ者ならそれが一流の職人が手がけた名品であると分かるだろう。


「さて、お楽しみの時間を始めようか」


 ギリアムはその言葉を聞いた時、自分への拷問が遂に始まるのだと悟り、覚悟を決めた。


「……っ」


 そして、彼が息を飲んだ直後、リチャードはその剣を試し切りでもするかの様な気軽さで、ギリアム目掛けて振った。


「あっ、があああああああああああああああああ!!!!」


 当然、手足を縛り付けられて動く事が出来ないギリアムは避ける事も出来ず、彼の右肩から脇腹に掛けて大きな裂傷が出来上がった。

 痛みから必死に体を動かすが、彼の体に取り付けられた手錠も足の錠もビクともしない。


「ぐぅっ!! ご、拷問しても無駄だ!! 俺はお嬢様が何処に逃げたのかは知らない!!」


 ギリアムはそう言うが、彼はアメリアが何処に逃げたのかを知っている。それでも、アメリアの身を守る為に、ギリアムはアメリアの行方を知らないふりをしているのだ。

 だが、リチャードはギリアムの言葉に一切微動だにせず、二度、三度と彼の体を斬り刻んで行く。その度、ギリアムは叫び声を上げ、彼の体には大きな裂傷が増えていく。

 そして、彼の体を三回ほど切り裂いたリチャードは手に持った剣を自分の目の前までもっていき、その刀身を満足気な表情で見つめた。


「ぐっ、ほ、本当だ!! 俺はお嬢様が何処に逃げたのかを知らないんだ!!」


 しかし、ギリアムの声が聞こえたリチャードは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


「……少し静かにしていてくれないか。興が削げるだろう?」

「なっ……」


 そして、リチャードのその言葉にギリアムは絶句し、かつてない程に困惑する。


「正直に言うとな、私はあの女の行方など、あまり興味は無いのだ」

「なん、だと……?」


 続けて放たれたリチャードのその言葉はギリアムを愕然とさせるものだった。アメリアが何処に逃げたのか、それを聞き出す為に自分は拷問を受けているのだとギリアムは思っていた。

 リチャード本人の口からアメリアの行方にあまり興味が無いという言葉が放たれるとはギリアムも想像していなかったのだ。


「だ、だったら俺を拷問しているお前の目的は一体何だというのだ!?」

「決まっているだろう。試し斬りだよ」

「試し、斬り……?」

「そうだ。私はな、自分のコレクションを人間相手に試したいのだ」


 だが、その言葉にギリアムは困惑を隠せなかった。リチャードが一体何を言っているのか、それが殆ど理解できなかったからだ。


「刀剣とは人を斬る為にある物、だというのにそれ以外を斬って何になるの? 人を斬る為にある物ならば、人を斬ってこそだろう? 藁の束や木で出来た人形を斬って何が楽しいというのだ?

 それが、名工の作り上げた一級品だというなら尚更だ。折角、名工が作った逸品の刀剣だというのに、使わずに飾るだけでは宝の持ち腐れだと思わないか?」


 そう、この拷問紛いの試し切りこそが刀剣のコレクションと並ぶ、リチャードのもう一つの趣味だった。

 しかし、彼は嗜虐趣味を持っている訳では無い。先程の彼の言葉通り、ただ単に手に入れた逸品の刀剣を人間相手に使いたいだけなのである。

 だが、王国の第一騎士団の団長である彼にはそんな機会は中々訪れない。騎士団内で行われている模擬戦や試合でも使われるのは真剣ではなく、模擬戦用の荒い作りの剣だ。


 だからこそ、リチャードは自分の欲求を満足させる為にこうして捕えてきた者に対して、試し切りと言う名の拷問を行っているのだ。

 実際、彼が隣国との小競り合いが起きている戦場に出向いた時は、捕虜にした敵国の兵士を自分達の元へと連れて帰り、その者を相手に何度も試し切りを行っていたりする。

 また、連れ帰った者に関してだが、国への報告には連れ帰った者は死亡し、既に埋葬したと彼は報告していた。その為、この件が露見する恐れは殆ど無かった。


「なっ……」


 それらを聞いたギリアムは思わず絶句する。まさか、リチャードが裏でこんな事をしているなど想像もしていなかったからだ。


 その後、リチャードは先程使った剣を鞘へと収めて机の上に置いたかと思うと、今度は別の剣を手に取りながら、おもむろに口を開いた。


「さて、話も終わった事だ。次に移るとしよう。今度はこの剣を使ってみようか。この剣はかの名工であるエヴァッツの作品でな。人間相手にこの剣をずっと試してみたかったのだよ」


 そして、リチャードは口元を一瞬歪めたかと思うと、先程と同じ様に剣を振るった。今度は腹部に大きな裂傷が出来上がり、血飛沫が部屋全体に飛び散るがリチャードはそれを気にした様子もなく、それどころか先程使った剣を見つめ満足げな笑みを浮かべる。


「あがっ、があああああああああああああああああああっっっっ!!!!」

「ふむ、良い切れ味だ。この剣も中々の逸品だな、気に入った。では、次に移ろうか」


 その後もリチャードの試し切りという名の拷問はギリアムが息絶えるまで延々と続くのだった。




「……念の為、と思ってあの男の記憶を見ておこうと考えた事は、私にとっては幸運だったのかもしれないですね」


 そして、リチャードの記憶の回想を終えたアメリアは思わず自分自身に呆れたかの様に自嘲が多分に混じった笑みを浮かべる。

 アメリアはあの時に殿を務めた者達があの場で死んだのだと思い込んでいた。彼女自身、あの時に別れた自分の護衛達があの様な末路を迎えていたなんて想像もしていなかったのだ。

 また、リチャードの手によって連行されたアメリアの護衛達も彼が行った試し切りという名の拷問で先程出てきたギリアムを含め、その大半が死亡しており、死体も拷問の証拠を消す為に、既に火葬されて灰になっているようだ。そうなっては、今のアメリアであってもどうしようもないだろう。


「もし、あの男の記憶を覗いていなければ、彼等があんな最後を迎えている事を知る事は出来ませんでしたし、復讐しなければならない相手を二人ほど見逃す所でした」


 そして、リチャードの記憶で得た事実はあれだけではなかった。彼の記憶にはもっと悍ましい真実も隠されていた。

 その真実こそ、アメリアがリチャードへの復讐を一時的にでも中断しなければならない理由でもあるのだ。


「……そう考えると、案外、私の目も節穴だったのかもしれませんね」


 そう言いながらアメリアはその表情を不敵な笑みへと変えて、視線をゆっくりと動かしていく。

 アメリアが動かした視線の先には、明らかに高貴な身分の人物だろう、と一目で分かるような非常に整った容姿をした豪奢なドレスを身に纏う二人の女性の姿があった。


「ねぇ、お二方もそうは思いませんか? ローザリア・オーランデュ侯爵夫人、リリアローズ・オーランデュ侯爵令嬢?」


 そう、その二人こそリチャードの妻であるローザリア・オーランデュ侯爵夫人とオーランデュ侯爵家の一人娘であるリリアローズ・オーランデュの二人であった。

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