97 決着と急転

 アメリアによって集められたエルクート王国の第一騎士団の団員達、彼等は彼女が用意していたリンド王国の死刑囚達と戦い続けていた。

 流石、エルクート王国の第一騎士団に所属しているエリート達と言った所か。軽微な傷を負う事はあっても、誰も脱落する事は無く、命に関わる様な重傷を負っている者はいない。


「くそっ、キリがないぞっ!!」

「まだ終わらないのか!?」

「俺達は一体どれだけ戦えばいいんだ!?」


 しかし、彼等はどれだけ戦っても一向に終わる気配が見えないこの戦いに辟易し始めていた。

 そう、この舞台を整えたアメリアや丘の上から彼等が戦っている戦場全体を見渡せるリチャードにはどれだけの数の敵がいるのか、それがはっきりと分かる。しかし、丘の下で戦う彼等には敵がどれだけいるのか、それが殆ど分からないのだ。

 どれだけ戦っても、戦いは終わる気配すら見えず、敵は無尽蔵に現れる。彼等は、先の見えない真っ暗なトンネルを進み続けなければならない時の様な陰鬱とした気分を味わっていた。


 そんな状況が長く延々と続いたからだろうか。彼等の心の中には精神的な疲労が徐々にではあるが確実に蓄積していく。そして、精神的な疲労は体にまで影響し、彼等の内の一人が戦いの最中だというのに、思わず数秒ほど気を緩めてしまった。


「っ、もらったっ!!」

「しまっ、があああああああああああ!!」


 死刑囚達も自分達の減刑が掛かっている以上、そんな気の緩みを逃す訳がない。偶然生まれた数秒ほどの隙は彼の命を奪うのには十分な時間であった。


「ラウル!? くっ!!」


 誰かが殺された仲間の名前を叫んだ。もし、即座に助けに行けば一命は取り留める可能性があったかもしれない。だが、叫んだ者も自分の戦いで手一杯であり、仲間を助けに行く事すら出来ない。

 そうやって命を落とした騎士も一人や二人では無かった。そして、時が経つにつれ、一人、また一人と脱落していく。

 それでも、彼等は栄えあるエルクート王国の第一騎士団の団員だ。十人程度が脱落しただけで、彼等は状況を何とか持ち直す事に成功していた。



 しかし、まるで坂から転げ落ちる雪玉の様に、絶え間なく次なる問題に彼等は見舞われる事になる。


「くっ、また武器が壊れた!!」

「またかっ!! だったら早く交換して来い!!」

「っ、ああ、分かった!!」


 そして、その騎士は慌てて戦線を離れ、後方に置かれている筈の武器を取りに行った。しかし、その直後、彼は武器が置かれている筈の場所で呆然と立ち竦む事になった。


「っ、何をしている!? 武器を交換したなら、早く戦いに戻れ!!」

「無いんだ……」

「なにがだ!?」

「無いんだよ、武器が……」

「……なん、だと!?」


 そう、遂にアメリアがこの場に用意したリチャードのコレクションである刀剣の数々が尽きてしまったのだ。

 アメリアが用意していたリチャードのコレクションの数は二千ほどである。しかし、彼女が用意した敵の数は一万だ。

 武器一つにつき、最低でも数回程度は振えたとしても、一回振うだけで人一人を殺せるわけがないだろう。明らかに敵の数と武器の数の計算が釣り合っていない。

 また、彼等は戦いに無我夢中であり、自分達に用意されている武器の数など全く気にしていなかったのだ。


「だっ、だったら、そこらに転がっている武器を拾ってでも戦え!!」

「あっ、ああ!!」


 そして、焦りながらも彼が拾い上げたのは装飾だけは豪華だが、芯が綺麗に折れ曲がっている剣であった。

 芯が折れ曲がってはいるが、使えない事は無い。だが、剣を構える姿は非常に整っているのに、持っている剣は芯が折れ曲がっている。不格好という他無いだろう。

 また、時が経つにつれ、そんな光景はあちらこちらで見受けられる様になる。挙句の果てには、圧し折れてしまった刀身だけを持って戦う者や既に死んでいるリンド王国の死刑囚達が持っていた武器を無理矢理に奪って使おうとする者まで現れる始末だ。

 しかし、死刑囚の大半は武器を持ったまま死んでいる。その為、その死んだ死刑囚から武器を奪おうにも、死後硬直のせいでたまにその武器を上手く奪う事が出来ない。だが、生き残っている死刑囚達はそんな無防備な状態の騎士達を狙わない筈がないだろう。


 結果として、戦う為の武器を手に入れようとして殺される者まで現れ始め、騎士達は少しずつではあるが、着実にその人数を減らし始めていた。



 そして、そんな彼等に最後の苦難が襲い掛かる。


「何だこいつら!? 急に連携を取り始めたぞ!?」

「どうして急に!?」


 そう、彼等が戦っていた敵、つまりはアメリアが用意したリンド王国の者達が突如として仲間達と連携を取って戦い始めたのだ。

 だが、それもその筈、彼等が今戦っているのは死刑囚の類では無く、リンド王国の正規兵である。

 死刑囚はアメリアが用意していた敵の中では第一陣に過ぎない。しかも、その死刑囚達は騎士達の手によってその殆どが倒されている。そして、その死刑囚が全滅した後、第二陣として彼女が用意したのが、彼らリンド王国の正規兵なのだ。


 そもそも、死刑囚の数はアメリアが用意していた一万の内の約半分、五千人ほどだ。対して、騎士達は精々百人程度しかいないだろう。その戦力比は約五十倍だ。そんな圧倒的な数の差でありながら、彼等が互角以上に戦えていた要因、その一つは連携の有無である。

 減刑の為に手柄が欲しい死刑囚達は、我先にと突出して動く者ばかりだ。当然、仲間同士で連携を取ろうという発想にすら至らないだろう。そんな連中が相手であるならば自分達が百人程度しかいなくとも、しっかりと陣形を組み、仲間同士で上手く連携を取る事ができれば、その対処は難しくは無い。ましてや、彼等はエルクート王国の第一騎士団の団員だ。常日頃から、そういった連携の訓練は山の様に積んでいる。


 対して、次なる相手である正規兵は先程までの死刑囚の類とは訳が違う。当然、練度の差はあれど、正規兵達もしっかりとした訓練を受けている。その為、仲間と上手く連携を取る事も出来るだろう。


 そうなると問題になってくるのが、圧倒的な数の差だ。元々、この戦いは騎士側が圧倒的に不利な戦いなのだ。

 それでも、彼等が真っ当に戦えていた理由は相手との総合力の差だ。しかし、今この時を以って、その総合力の差という優位点は遥か彼方へ吹き飛んだ。結果的に残るのは圧倒的な戦力差だけである。


 そして、その時、彼等はやっとアメリアの真意に気が付いた。


「あの女、最初から俺達を勝たせる気なんてなかったんだ!!」

「ふざけるな!! こんなの、只の出来レースだ!!」

「くそがっ、アメリア・ユーティスっ!!」


 だが、丘の上でこの光景を眺めているアメリアに対してどれだけ恨み言を叫んだとしても、それが彼等の生に繋がる訳では無い。まるで、巨象に踏み潰される蟻の様に騎士達はその数をドンドンと減らしていく。




 一方、丘の上にいるリチャードは自分達の部下が殺されていく光景を只々呆然と眺めていた。


「どうですか? 中々に面白い見世物でしょう?」

「あ、ああ、あああ……」


 自分の部下が殺され、更には自身のコレクションのまでもが失われて、リチャードはもう訳が分からない。


 しかし、その間にも心身共に追い詰められた彼等は一人、また一人と数を減らしていく。それでも、この場から動く事が出来ないリチャードは彼等を助けに行く事すら出来ないのだ。


 そして、それから十分も経たない内に、追い詰められた彼等は遂に全滅してしまった。


「ふふふっ、これでお掃除ですね」


 丘の上から彼等が全滅した事を確認したアメリアは満足げな表情を浮かべ、もう興味を失ったと言わんばかりに、その視線を丘の下からリチャードの方へと向けた。


「さて、と。これで、貴方からは『オーランデュ侯爵家の誇りの象徴たる城塞都市オーランデュ』『貴方が大切にしているコレクション』『貴方の部下である第一騎士団の騎士達』を奪いました。どうですか、貴方の全てが徐々に失われていく今の気分は?」

「殺す、必ず、必ず貴様を殺してやる……」


 声は平淡だったが、その奥には間違いなく途方もない殺意が宿っている。しかし、今のアメリアがそんな殺意に臆する筈も無い。


「どうぞ、ご勝手に。まぁ、今の無様な貴方が私を殺せるとは思いませんが、ね。では、次の舞台へと移る前に……」


 アメリアはそう言いながら、今もなお呆然とし続けているリチャードの元へと歩み寄っていく。


「折角ですから、貴方には色々と教えてもらいましょうか」

「なっ、何をするつもりだ……?」

「ふふっ、貴方に説明するつもりはありません。さぁ、始めましょうか」


 そう言いながらアメリアはリチャードの額に手を当て、そのまま彼の記憶を探る為の魔術を行使した。その瞬間、魔術の副作用で未だ嘗てない程の激痛がリチャードの頭に走る。


「がっ、がああああああああああああああああ!!!!」


 激痛から思わず叫び声を上げるが、アメリアはそんな事はお構いなしと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべながら、彼の記憶を見続けていく。


 そして、アメリアがリチャードの記憶を探り始めてから数分後の事だった。


「なっ!?」


 彼の記憶の探索をしていたアメリアの表情が驚きの声と共に突如として一変した。その表情は今まで知らなかった事実を知ったかの様な、驚愕をそのまま表に出したという言葉がこれ以上ない程に相応しい表情だ。

 その直後、アメリアは慌ててリチャードの記憶の探索を中断し、敵愾心、いや殺意が多分に籠った視線を彼へと向けた。その殺意は先程、リチャードがアメリアに対して向けていた物に比べても遜色がないだろう。


「急用が出来ましたっ、貴方への罰は後回しにします!! ここで大人しく待っていなさいっ!!」


 そして、アメリアは声を荒げながら、慌てた様子で指を鳴らす。すると、次の瞬間には彼女の姿はこの場から消えていた。


「はぁ、はぁ、な、何だったのだ、一体……?」


 一人この場に残されたリチャードは一体何が起きたのか、訳が分からず、只々困惑するのだった。

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