92 リチャードの困惑
それは、リチャードがこのアンダル砦に入ってから数日後の出来事だった。アンダル砦にてリンド王国を迎え撃つための準備をしていた彼の元に一つの重大な報告が上がってきていた。
「申し上げます。ラムダ砦を監視している密偵より、リンド王国が大規模な行軍を開始したとの報告がありました!!」
「っ、来たか!!」
「奴らは、ラムダ砦から出てこのアンダル砦に向かっている模様です!!」
「そうかっ!!」
部下から上がって来たその報告に、リチャードは遂にその時が来たかと覚悟を固める。
「お前は今からこの砦の各所を回り、リンド王国の行軍開始の情報を伝えて来い!! そして、連中を迎え撃つための準備がどれ程進んでいるのか、急ぎ報告を上げる様に伝えて来るのだ!!」
「はっ!!」
リチャードの指示を受けた部下は慌てて彼の元から離れていく。
そして、その報告から更に五日ほどが経過した後、報告にあった通りリンド王国の軍勢は国境を越え、遂にアンダル砦の手前まで到達していた。
「遂に来たか……」
そう呟くリチャードはアンダル砦の屋上で、自分達の目の前まで迫ってきているリンド王国の軍勢を眺めていた。
彼の隣にいるのはこの砦の指揮官の一人でもあるロバートだ。リチャードは前方、リンド王国の軍勢に視線を向けたまま、ロバートへと声を掛ける。
「ロバート、戦術は分かっているな」
「ええ、ある程度向こうの兵を削った後、この砦を放棄して後方の城塞都市へと逃げ込むのですよね」
「ああ、その通りだ」
そう、ロバートの言葉通り、彼等が取る戦術はこの砦に籠り、リンド王国側の戦力をある程度削いだ後、この砦を放棄して城塞都市まで撤退するというものだった。
アンダル砦は前線基地としての役割の他に後方にある城塞都市に攻め込んでくるであろう敵の力を少しでも削る目的もある。
そもそも、後方にある城塞都市ならまだしも、この砦の規模ではどうやっても数万規模にもなるだろうというリンド王国の軍勢の侵攻を妨げる事が出来ないのは、この砦にいる彼等自身が一番その事をよく理解している。
その為、この砦でリンド王国側の兵力を出来るだけ削り、その上で後方にある城塞都市に撤退、そこでリンド王国の軍勢を迎え撃つというのが、彼等の取ろうとしている戦術だった。
後方にある城塞都市オーランデュが健在ならば、この砦を奪還する機会はいくらでもあるだろう。その為、今はこの砦を譲ってやろう、というのが彼等の考えなのだ。
また、この砦には彼等しか知らない隠し通路が予め作られている。その通路を使えば、もしリンド王国がこの砦を占拠していたとしても容易に砦内へと入り込めるだろう。外からの攻撃に対してどれ程堅牢であろうとも中からの攻撃には外からの攻撃に比べると滅法脆い、というのが砦や要塞と言った拠点が持つ拭えない弱点だ。
だからこそ、彼等は予め砦内に通じる隠し通路を用意しておき、もしこの砦が占領されたとしても奪還をしやすいように準備をしていたのだ。
唯一の懸念は、リンド王国側がその隠し通路を見つけて何某かの対策をされてしまう事だが、隠し通路の出入口はかなり巧妙に作られており、見つけ出すのも困難を極める。
更に言うなら、今は戦時だ。向こう側にしてみれば、あるかどうかも分からない隠し通路の探索に人員と時間を割く可能性は殆ど無いだろう。
よって、彼等はその隠し通路が見つけられるかもしれないという可能性は考えていなかった。
「準備は済んでいるな?」
「ええ、命令はこの砦全体に通達されています。我々の撤退後、時間差でこの砦に火を放つ準備も既に完了しています」
「そうか。まさか、奴らも我々自らが自分達の所有物である筈のこの砦に火を放つとは思うまい」
「くくくっ、そうとは知らず、意気揚々と我々が撤退した後の砦に入って来た連中がどうなるか、考えるだけでも滑稽で笑みが止まりませんよ」
「くははっ、そうだな」
そう言葉を交わす二人はまるで何処かの悪徳貴族を彷彿とさせる様な昏い笑みをその顔に浮かべる。
そして、リンド王国の軍勢を迎え撃つ準備が万全の状態であると確信しているリチャードら、アンダル砦の者達は自分達のすぐ近くで陣取っているリンド王国の軍勢が攻めてくる時を今か今かと待っていた。
すると、その時、彼等の目の前で待機していたリンド王国の軍勢が妙に騒がしくなり始める。
それを目にしたリチャード達は、遂に連中が攻めて来るのか、と身構えた。しかし、目の前で未だ待機しているリンド王国の軍勢が動きだす様な様子は全くない。
「……何だったのだ、一体……?」
だが、リチャードが思わずそう呟いた直後、リンド王国側の軍勢が突如として左右に分かれ、その間に馬車が二台は通れそうな人の道が出来上がったかと思うと、その道の奥からこの場に全く似つかわしくないだろうというドレスを身に纏った一人の女性が歩み出てきた。
そして、その女性はまるで周りにいる軍勢を率いる様に彼等の先頭に立つ。
「……あれは、一体誰だ……?」
遠目からでもその女性の姿がうっすらと見えたリチャードは、手に持っていた双眼鏡で彼女が誰なのかを確認する。
そして、その女性の顔を見たリチャードは驚きのあまり、無意識の内に呟きを発していた。
「っ、アメリア・ユーティス、何故貴様がここに……」
そう、リチャードが呟いた通り、その女性こそ、アメリア・ユーティスその人であった。
しかし、何故アメリアがリンド王国の軍勢の間から現れたのか、何故アメリアがまるで周りにいる兵達を率いている様に見えるのか。リチャードには訳が分からない事だらけで、現状についていくのが精一杯だ。
「何故、何故貴様がそこにいるのだ!! 答えろ、アメリア・ユーティス!!」
アメリアの姿が見えたリチャードは思わず声を荒げる。すると、その声が聞こえたのか、アメリアは顔を上げてその視線をリチャードへと向けた。
「ふふふっ、お久しぶりですね。さぁ、今より私の第五の復讐を始めましょう!!」
そして、アメリアは復讐の開始を告げるその言葉と共に何処か歪さや不敵さを感じさせる様な満面の笑みを浮かべるのだった。
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