91 アンダル砦にて

 リチャードが城塞都市オーランデュから出立してから数日後、彼は何事もなく、無事に目的地であるアンダル砦へと到着していた。


「リチャード様、お待ちしておりました」


 砦に到着したばかりのリチャードに近づきながらそう声を掛けたのはこの砦の指揮官の一人であるロバートという男だった。


 彼はリチャードがこの砦までやってくる事を知り、出迎えの為に砦の前でリチャードの事を待っていたのだ。

 そして、ロバートはリチャードの元まで行くと早速と言わんばかりに報告を始める。


「事前の御命令通り、この砦にいる他の主だった者達は会議室に集合させております。すぐにでもリンド王国への対策会議を開く事が出来るでしょう」

「そうか、分かった。では行くとするか」

「はっ!!」


 そして、リチャードはロバートや周りにいる他の部下達を伴いながら、アンダル砦へと入っていき、その中にある会議室へと向かっていく。


 一方、その会議室ではこの砦の主だった者達が既に集まっており、議論を交わし合っていた。


「本当に連中は攻めてくるつもりなのか?」

「報告書では、国境の向かい側にあるラムダ砦には数万単位の兵が集結しているそうだ」

「だが、我々の後ろにある城塞都市の攻略が一筋縄ではない事を連中は知っている筈だ」


 しかし、その議論は彼等を纏め上げる者が現在は不在の為、混沌の様相を呈している状態であった。


 そんな時、会議室の扉が勢い良く開き、リチャードが周りの部下数人と共にこの会議室へと入出してくる。

 すると、リチャードの姿を見た会議室内にいた者達は一斉に立ち上がり、そのまま彼に向けて勢い良く頭を下げた。


「「「閣下、お待ちしておりました!!」」」

「諸君、ご苦労」


 リチャードは頭を下げる面々を一瞥して、満足げな表情を浮かべる。そして、彼は会議室の一番奥まで向かい、そこに置かれている一際豪華な椅子に座った。


「諸君、頭を上げて腰を下ろしたまえ」

「「「はっ!!」」」


 リチャードのその言葉にこの会議室にいる者達は一斉に頭を上げて、椅子に腰掛ける。


「さて、これより会議を始めようか」

「「「はっ!!」」」

「まず、最初の議題だが……」


 そして、彼等はリンド王国への対策会議を始めるのだった。




 あれから数時間後、彼等の会議は今も続いていた。だが、隣国が自分達の元へ侵攻してくる可能性があるというのだから、それも当然だろう。

 しかし、数時間の議論を重ねた事である程度の結論は出ていた。


「……とりあえず、現状を維持する事に努めるしかない、という訳か。国の許可がない以上、こちらから打って出る訳にもいかん」

「そうですね……」

「しかし、だ。情報収集だけは人員を増やしてでも徹底して行え。もし、奴らに何か動きがあれば私に知らせる様にしておけ。特に、連中に大規模な行軍の予兆があるようならば、即座に私に知らせるのだ」

「はっ!!」

「他の者達は、リンド王国側が何時攻めて来ても良いように入念な準備を……」


 しかし、リチャードがそこまで言った直後、彼等がいる会議室の扉が勢い良く開き、一人の男が室内へと飛び込んで来た。


「お取込み中、失礼いたします!!」


 その男は明らかに慌てている様子だと見受けられる。すると、会議に参加していた者の一人が勢い良く立ち上がり、その男を睨みつけながら口を開いた。


「騒々しいぞ!! 今は重要な会議中だ!! 用なら後にしろ!!」

「申し訳ありません。ですが、急ぎ報告すべき事態が発生したのです!!」


 その男の言葉に反応したのは会議室の一番奥に座っているリチャードだ。彼は先程その男に対して叫んでいた者が再び何かを言う前に手で制止し、その視線を会議室に飛び込んできた男へと向ける。


「……その急ぎ報告すべき事態とやら、聞かせてもらおうか」

「はっ!! つい先程の事です。リンド王国から突如として、宣戦布告を告げる書状が届いたのです!!」


 その男の言葉に会議室内は俄かに騒然し始めた。


「なん、だとっ!?」

「そんな馬鹿な!!」

「やはりかっ!!」


 そして、会議室のあちらこちらから話声が聞こえ始め、その騒がしさはあっという間にこの会議室全体へと広がりを見せる。

 だが、その直後、会議室の一番奥にいるリチャードは立ち上がり、目の前にある机を勢い良く叩いた。その音は一瞬で会議室全体へと広がり、彼等の視線はリチャードの方へと向く事になる。


「皆、静まれ!!」

「「「…………っ、申し訳ありません!!」」」


 リチャードのその叫び声と机の音で会議室内のどよめきは徐々に沈静化していく。そして、彼はこの会議室が静かになった事を確認した後、部屋の中へと飛び込んできたその男の方へと視線を向けた。


「おい、今すぐその書状とやらを持ってこい!!」

「はっ!!」


 指示を受けた男はリチャードの元まで向かうと、手に持っていた書状を彼へと差し出す。そして、この会議室内にいる者達の視線はその飛び込んできた男、正確に言えばその男が持っている書状へと向いていた。


「こちらがその書状です!!」


 リチャードは男から差し出された書状を受け取り、急ぎながらもその内容を読んでいく。


「…………」


 また、会議室にいる者達は、書状を読んでいるリチャードへとその視線を向け、固唾を飲みながらその姿を見守っていた。


 それから数分後、その書状を読み終えたリチャードは一度だけ、目を閉じて溜め息をついた後、おもむろにその口を開いた。


「間違いない、か……。どうやら、奴らは本気で我々と戦うつもりの様だ」


そして、リチャードのその言葉で再び会議室内は騒然となった。


「リンド王国は本気で戦うつもり、だと……」

「何故、このタイミングで攻めてくるというのだ!?」

「やはり、王都で起きているという騒動が関係しているのか……?」


 再び騒然となっている彼等を諫める様にリチャードは勢い良く立ち上がった。


「ともかく、だ。こうして宣戦布告を受けた以上、何時連中が攻めて来るかもわからん。お前達は、連中が何時攻めて来ても良い様に今すぐにでも準備を始めろ!!」

「「「……はっ!!」」」


 リチャードの指示を受けた会議室にいる者の殆どは慌てた様子でこの会議室を後にしていく。


 そして、会議室に残っているのはリチャードとロバートだけだった。すると、リチャードはロバートの方を向きながら、おもむろに口を開いた。


「リンド王国の連中への対策を考える為にも、まずはこの砦の現状や兵の配置状況がどうなっているのか、直接この目で確かめたい。今、すぐに、だ。ロバート、その案内を」

「はっ、かしこまりました。では、リチャード様、こちらへどうぞ!!」


 そして、リチャードはロバートに先導されながら、この会議室を後にするのだった。

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