90 城塞都市オーランデュにて
ここは城塞都市オーランデュ、難攻不落で知られるエルクート王国でも最大級の城塞都市だ。
この城塞都市オーランデュを含めたこのオーランデュ侯爵領はエルクート王国の国土の中では、唯一リンド王国と接しており、リンド王国が攻め込んできた場合、まず戦場になるのはこの地になる。
その為、この城塞都市はリンド王国が攻め込んできた際の防衛の要となる重要な拠点なのであった。
そして、そんな国防の要の一つとも言えるこの城塞都市を含めたオーランデュ侯爵領の頂点に立つ者、その名をリチャード・オーランデュと言った。その名からも分かる通り、彼はオーランデュ侯爵家の現当主であり、このオーランデュ侯爵領を治める領主でもある。
また、彼はエルクート王国の第一騎士団の団長も兼任しており、その剣の腕前はエルクート王国内でも随一と謳われる程の凄腕の騎士でもあった。
そんな彼は今、騎士や兵士たちの訓練場で毎日の日課である鍛錬に勤しんでいた。
「ふっ、はっ、ふっ、ふっ!!」
第一騎士団の騎士団長という立場にある以上、日々の鍛錬を疎かにしてはいけないだろう。剣の腕を落とさない為の鍛錬は彼にとっての日課であった。
だが、そんな鍛錬を続ける彼の元に一人の男が慌てた様子で駆け寄っていく。そして、その男はリチャードの前まで到着すると、慌てて跪いた。
「閣下、鍛錬中に失礼します!!」
「なんだ、ルフェスか。何があったのだ?」
リチャードはその男、ルフェスの慌てた様子から何かを察したのだろう。今まで行っていた修練を中断して、ルフェスの言葉を聞く姿勢に移った。
「アンダル砦より急報が届いております!! こちらがその報でございます!!」
男はそう言うと、手に持っていた厳重な封がされている手紙をリチャードへと差し出した。手紙を受け取ったリチャードは、手紙の封を開けてその中にある書状を一読していく。
「なん、だとっ……」
手紙を読んでいたリチャードはその内容に思わず驚愕の声を上げた。
「閣下、何が書かれているのですか!?」
「リンド王国に動きがあるらしい。ダルク将軍率いる大部隊がラムダ砦へと入ったそうだ」
「なっ……」
「また、報告ではその部隊の数は少なく見積もっても四万以上との事だ」
「四、万……」
それを聞いたルフェスはその四万というあまりの数に思わず言葉を失った。四万もの兵を国境付近の砦に集結させるとなれば、ただ事ではないというのは誰が聞いても分かる事だろう。
「まさか、リンド王国は我が国へと侵攻してくるつもりなのでは……?」
「……分からん。だが、万単位の兵をあのラムダ砦に集めたとなれば、その可能性も十分に考えられるな」
「そうですね……。万単位の兵を動かすとなれば、それ相応に手間がかかる筈ですから。我々に対して何らかの行動は起こすのはほぼ間違いないでしょうね」
「だが、解せんな。奴らもこの城塞都市がどれだけ難攻不落であるか、それを身を以って知っている筈だろうに」
そう、リチャードの言う通り、リンド王国は彼等がいるこの城塞都市オーランデュの恐ろしさを身を以って知っている。
リンド王国が長年エルクート王国の属国に近い立場に甘んじてきた要因の一つがこの城塞都市にあったからだ。
歴史上、リンド王国がエルクート王国に攻め込もうとした事は幾度もあった。しかし、その悉くを阻んできたのがこの城塞都市なのだ。
この城塞都市オーランデュは周りが山々に囲まれた場所に作られており、天然の要塞としての側面も持っている。そして、地形の関係から、リンド王国がエルクート王国に侵攻する場合、この城塞都市を超えなければ他の場所へと攻め込む事が出来ない。
そう、この城塞都市はリンド王国がエルクート王国に侵攻する上での最大の障害となっているのだ。
それ故に、この城塞都市は外敵からの攻撃に対して十分、いや十分すぎると言ってもいい程の防衛能力を持っていた。
その為、リンド王国はこの城塞都市を攻略する事が出来ず、今迄は属国に甘んじるしかなかったのだ。
「そうなると、奴らには何かこの城塞都市を攻略する秘策でも持っているのでしょうか?」
「それも分からん。この城塞都市がどれだけ堅牢か、この場所に住まう我らが一番よく知っている。そうそう破る策など無い筈だ」
「そうですね」
だが、リチャードの表情は優れない。彼の心中には言葉に出来ない不安が渦巻いていたからだ。
「しかし、万が一にもという可能性もある。警戒するに越した事は無い、か……」
リチャードはそう呟くと、少し悩んだ様子を見せる。そして、それから数分後、おもむろに口を開いた。
「……万が一の事態に備えて、我らもアンダル砦へと向かう」
先程も名前が挙がったアンダル砦とは、リンド王国の国境付近にあるエルクート王国側の砦の名前である。アンダル砦はリンド王国との国境付近の監視兼リンド王国が侵攻してきた時の前線基地としての役割を果たす為に作られた砦であった。
「出立の準備はお前に任せる。数日以内に出立できる様にしておけ」
「かしこまりました。至急、兵を招集いたします!!」
「頼んだぞ」
「はっ!! では、これにて失礼いたします!!」
ルフェスは最後に一度、リチャードに対して頭を下げた。その後、彼は指示された通り、出立の準備を始める為にリチャードの元から去っていく。
「さて、リンド王国の連中が何を考えているのかは知らんが、この城塞都市を容易く攻略できると思うなよ……」
そして、この場に一人残るリチャードは小さくそう呟くのだった。
それから数日後、リチャード達がアンダル砦へ出立する時が来ていた。この場には十台以上の馬車がズラリと並んでいる。これらの馬車は兵達の運搬だけではなく、食料品等の物資を輸送する役割も担っていた。
また、この場に並ぶ数多くの馬車の中でも一際外見が豪華な一台の馬車がリチャードの目の前にあった。これが彼の乗り込む馬車であった。
他の者達は既に全ての準備を終えている。後は、リチャードの指示があればすぐにでも出立できる状態だった。
「さて、そろそろ出立するぞ」
「はっ!!」
そして、リチャードが出立の命令を部下達に出して、自身も馬車に乗り込もうとした、その時だった。
「お父様!!」
そんな声と共に何処からか現れた綺麗なドレスを身に纏った一人の令嬢が出立しようとするリチャードへと近づいていった。
「ああ、リリィか」
その令嬢の名はリリアローズ・オーランデュ、先程リチャードを父と呼んだ事や彼女の名前からも分かる通り、リチャードの娘である。
リリアローズは容姿にかなり恵まれており、白銀を思わせる様なその髪色と白く透き通った肌が特徴的な美女であった。その顔立ちは華やかではないが彫刻の様に整っており、作り物めいた冷たい美しさがある。
因みに、彼が呼んだ『リリィ』とはリチャードが呼ぶリリアローズの愛称だ。
「お話は聞いています。これからアンダル砦へと向かわれるそうですね」
「ああ、その通りだ」
「なんでも、あのリンド王国と戦争になるかもしれないのだとお聞きしました」
「……まぁ、戦争になるかどうかはまだ分からんが、その可能性もあるやもしれんな」
それからも、二人はこの出立前に父と娘の他愛のない会話を続けていく。すると、リチャードの周りにいた男の一人が恐る恐ると言った様子で会話を続けているリチャードへと声を掛けた。
「閣下、お嬢様とお話し中に申し訳ありません。そろそろお時間の方が……」
「そうか。そうだったな。では、リリィ、私は行ってくる」
「分かりました。ご武運をお祈りしております。出来れば、この前の様なお土産も期待しておりますね」
「ははっ、お前が欲するお土産が此度の戦で手に入るとは思えんが、まぁ、一応は探してみよう」
そして、リチャードは娘に見守られながら馬車へと乗り込んでいく。
「おい、馬車を出せ!!」
「はっ!!」
リチャードのその言葉を合図に彼等が乗る馬車はアンダル砦に向けて動き出すのだった。
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