89 第五の復讐の始まりの時

 それは、アメリアがこのリンド王国の王城に滞在を始めてから十日後の事だった。アメリアは今、リンド王国の王城内にある客間で優雅に本を読んでいる。本を読むのはこのリンド王国に滞在を始めた日からの彼女の日課であったのだ。

 勿論、彼女は復讐の事を忘れた訳では無い。しかし、今のアメリアは怠けている訳でも無いのだ。彼女は全ての状況が整うのを待っているだけなのである。

 すると、その時、アメリアがいるこの客間の扉がコンコンと二度ほどノックされた。


「誰ですか?」

「失礼いたします。アメリア様、陛下が貴女様の事をお呼びでございます」

「そうですか。行きましょう」


 そして、アメリアは持っていた本を閉じて机の上に置くと、座っていたソファーから立ち上がり、この客間の外へと出てきた。


「アメリア様、陛下の元までご案内いたします」


 廊下に出てきたアメリアに対してそう声を掛けてきたのは、この王城で働く侍女であった。彼女が先程の声の主だろう。

 アメリアは侍女に先導されながらこの国の国王であるアンドルフの元へと向かう。そして、アメリアが到着したのは、彼女もよく知る国王の執務室であった。

 侍女は執務室の扉の前まで行くと、その扉を二度ほどノックする。すると、中からこの部屋の主であるアンドルフの声が聞こえてきた。


「誰だ?」

「陛下、御命令通りアメリア様をお連れしました」

「そうか。入れ」

「では、失礼いたします」


 侍女はそう言うと、執務室の扉を開けてアメリアに対して部屋の中へと入る様に促した。アメリアは促されるままに、執務室内へと入室していく。侍女もアメリアに従う様に執務室内へと入っていく。

 そして、執務中のアンドルフは顔を上げて、その視線をまずアメリアの後ろにいる侍女へと向けた。


「君、私はこれから彼女と二人で話がある。君は仕事に戻りなさい」


 すると、アメリアを連れてきた侍女は言葉を発する事無く、静かに一礼して、この執務室から去っていく。

 その後、アンドルフはその視線をアメリアの方へと向ける。


「すまない、まだ少しだけ執務が残っていてな。そこのソファーに掛けて、執務が終わるまで待っていてくれぬか」

「分かりました」


 アメリアはそう言って頷く様子を見せた後、目の前にあるソファーへと腰掛けた。


 そして、それから数分後、一通りの執務が終わったのかアンドルフは執務机の前から立ち上がり、アメリアと対面する様にソファーに座ったかと思うと、そのままの勢いで口を開いた。


「つい先程、此度のエルクート王国への侵攻の総指揮をとっているダルク将軍から、エルクート王国の国境沿いにあるラムダ砦に到着したとの報告が入った」

「……では」

「ああ、これで始められるな」


 その報告こそ、アメリアにとっては復讐を始める為の最後の合図に他ならなかった。

 今回の復讐対象に与える復讐は彼等リンド王国の協力があってこそ最大限の効果を発揮するだろう。だからこそ、アメリアはリンド王国に協力を求めたのだ。

 また、アンドルフもアメリアが今回誰に復讐をするつもりなのかを聞いている。彼もアメリアから彼女の此度の復讐対象の名を聞いて、何故アメリアが自分達の協力を求めたのか、その理由が分かり、大いに納得している。

 その為、今のアンドルフはアメリアの裏切りを疑うつもりは微塵もない。

 今や二人は互いに背信を持たない、本当の意味での同盟者になっているのだ。


「アメリア、お前の方も既に仕込みを終えているのだろう?」

「ええ、勿論です」


 勿論、アメリアもこの侵攻作戦に一枚も二枚も噛んでいる。今回のアメリアの行い、その全ては此度の復讐対象を貶める為に他ならないのである。

 すると、アンドルフは此度の侵攻計画の事を思い出して、口元を少しだけ歪めた。


「先日、お前から提案された通りに事が運べば奴らはこの上ない屈辱を感じるだろうな」

「そうですね。そうなってくれなければ困りますよ」


 アンドルフが言う様に、今回の侵攻計画の原案を作ったのはアメリア自身であった。

 その計画自体は言葉にすれば単純明快で何も難しい事は無い。ただ、アメリアがいなければこの計画は成り立たないというだけの話である。

 また、アンドルフはアメリアから計画の原案を聞き、そのあまりの内容に笑いを堪えきれず、即採用する事を決めていた。


 もし、この計画の通りに事が運んだならば此度の復讐対象はかつてない程の屈辱を味わう事になるのは確実だろう。

 そして、その時こそが此度の復讐劇の開幕を告げる号砲となる。アメリアはその未来を思い描き、復讐の時を今か今かと待ちわびていた。

 すると、アンドルフはふと何かを思い出した様な表情を浮かべ、口を開く。


「そうだ、お前に渡さなければならない物がある」


 アンドルフはそう言うと、突如ソファーから立ち上がり、執務机の前まで向かったかと思うと、そこに置かれている一枚の書状を手に取った。

 そして、彼は再びアメリアと向かい合う様に座ると、その書状を二人の間に置かれている机の上へと置く。


「アメリア・ユーティス、約束していたお前に預ける予定となっている一万の兵達だが、今は侵攻軍を率いているダルク将軍に預けてある。そして、この書状を将軍に渡せば、一万の兵をお前に引き渡す手筈になっている。

 ダルク将軍達は今もラムダ砦に駐留している筈だ。この書状を忘れずに持って行け」

「そうですか。では、ありがたく」


 そして、アメリアは机の上に置かれた書状を手に取った。それを見たアンドルフは満足げな表情を浮かべた後、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「アメリア、お前はこれからすぐに向かうつもりなのか?」

「ええ、勿論です。最後の下準備がありますので」

「そうか。 ……では、僅かながらだが、此度のお前の復讐が遂げられる様に祈っておこう」

「あら、よろしいのですか?」

「ああ、お前の復讐は我々の益となるからな」

「ふふっ、ありがとうございます。一応は感謝しておきますよ」


 アメリアはそう言ってクスクスと笑った後、おもむろにソファーから立ち上がり、次なる復讐の舞台へと赴くべく転移魔術を発動させようとする。

 すると、アンドルフはこの場から去ろうとするアメリアに対して、最後に言葉を投げかけた。


「そうだ。もしよければ此度の復讐が終わった後、奴らがどんな最期を遂げたのかを私に聞かせてはくれないか?」

「……そうですね。貴方達には、此度の復讐の手助けをしていただいた礼もあります。ですので、その程度ならお話しいたしますよ」

「そうか。では、お前の土産話を期待するとしよう」

「ふふふっ、ええ、是非ともご期待くださいませ」


 そして、アメリアがパチンと指を鳴らすと、次の瞬間には彼女の姿はこの執務室から消えていた。

 この場に一人残されたアンドルフは、アメリアが去った直後、先程まで彼女がいた場所を見つめながら、口元を歪めるのだった。


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