閑話6 デニスの末路

 アメリアの伯父であるデニス・カストル、彼はアメリアによって物言わぬ石像と化した事で、何かを考える事しかできなかった。

 そして、彼はひたすら自分は何処で間違えたのか、それだけを自問自答し続けていた。


(何処で、何処で私は間違えたのだ……?)


 彼の人生は嫉妬に塗れていたと言ってもいい。弟であるディーンへの嫉妬、そのディーンと初恋の相手であるユリアーナの両方の面影を持ちながらディーンに似て優秀だったアメリアへの嫉妬がその最たるものだろう。


 派閥に所属していた貴族達は皆長男だ。派閥の貴族と会話する度、この男は長子だというのに生まれた家の爵位を受け継ぐ事が出来なかった劣等者だ、と会話相手は心の中で自分の事を嘲笑しているのではないかという被害妄想に近い妄想まで抱いていた。


 だが、その嫉妬はディーンの処刑やアメリアの凋落によって払拭されたはずだった。

 彼は他人の計略に乗りかかっただけである。それでも、自分の裏切り行為がディーンを追い詰めた事は事実だ。それは、ある意味では言い換えればディーンを超えたという事でもある。少なくとも、デニス自身はそう思っていた。

 彼にとって、ディーンを超えたという事実は嫉妬塗れの人生に終止符を打つものだったに違いない。

 実際、ディーンの処刑によって彼が自らの内心に秘めていた嫉妬の殆どは払拭されている。

 生き馬の目を抜くのが貴族社会というものだ。それこそ、爵位等を巡る兄弟同士の骨肉の争いなど珍しい物ではない。そんな話は五万と転がっているだろう。

 その為、ディーンを貶めた事に対してデニスが罪悪感を抱く事は無かった。


 あの時は、あれこそが正しい選択だっただろう。

 もし、弟であるディーンを裏切らなければ嫉妬に塗れた人生を送っていたのは間違いない。デニスにとってみれば、それは屈辱以外の何物でもない。

 しかし、その自らの嫉妬を拭い去る為に行った行為が巡り巡ってアメリアの復讐を招いてしまった。

 結局の所、デニスの運命は弟であるディーンへの嫉妬を抱えたまま生きていくか、こうしてアメリアの復讐を受ける、そのどちらかしかなかったのだろう。


(何処で、何処で間違ったのだ……。私は一体どうすればよかったのだ……)


 そのどちらか二つの運命しかなかった事に今も気が付かないデニスはひたすら自問自答を続ける。


 だが、そんな彼を余所に、この街の住人達は石像と化したデニスの目の前を横切る様に街中を普通に歩いている。石像と化した彼が置かれているのは街の中心部だ。人通りもかなり多い。その為、彼の目には普通に歩く街の住人たちの姿が嫌でも目に入ってくる。

 そんな光景を目にする事になるデニスの内心では、普通に歩く街の住人達に対してある感情を抱く様になっていた。


(くそっ、くそっ、くそっ……。妬ましい、羨ましい……)


 そう、それはデニスの今迄の人生においてその大半を共にしてきた感情、嫉妬だ。

 自分はこの様な状態で全く身動きが取れないというのに、自分の目の前で普通に歩くこの街の住人達はそれが当たり前の権利の様に楽し気に街を歩いている。

 今のデニスにとってはその姿がどうしても憎らしく、嫉妬しまったのだ。

 夜、酒に酔いながら千鳥足で陽気に帰宅しようとしている住人を見かけた時は、思わず自分が動けない事も忘れてその男に殴りかかろうとした程である。

 嫉妬に塗れ続けた人生を送ってきた彼にとって、この状態が到底耐えられない事なのは間違いない。それでも、身動き一つとれない彼ではどうしようもないだろう。


 しかし、そんな嫉妬に塗れる彼に追い打ちをかける様な事が起きる。石像となり、身動きが全く取れなくなってから数か月後、とある二人組の会話が彼の耳に聞こえてきたのだ。


「新しい領主様になってから、俺達の生活はかなり楽になったよな」

「そうだな、前までの領主様は一体何をやっていたんだろうな」

(なぁ!?)


 それは、この地を治める新しい領主を褒め称える会話だった。

 デニスが行方不明となった事で、この地の領地運営をしているのは彼の妻であるカストル伯爵夫人である。つまり、それは自分の妻を褒め称える会話だったのだ。

 その会話を聞いた時、デニスは驚きのあまり身動きが取れないというのに、本当に体が硬直してしまったかの様な衝撃を覚えた。


 それからというもの彼の耳に聞こえてくるのは妻の領地運営を称えるものばかりであった。批判的な意見も多少は聞こえてくるが、肯定的な意見が大多数だ。

 それは、領地運営に関してはデニスよりもその妻の方が優秀だとこの街の住人が評価しているという事を意味しているに他ならない。


(そ、そんな……、妻も、妻も私より優秀だと言うのか……)


 デニスは自分の妻が自分よりも優秀だとは全く知らなかった。恐らく、アメリアもその事を知らないだろう。

 カストル伯爵夫人は結婚した当初からデニスが内心に抱えている嫉妬心に気が付いていた。だからこそ、彼が抱えるその嫉妬心を無暗に刺激しない様に自分の能力を上手く隠し続けていたのだ。

 しかし、そのデニスが死んだ事でカストル伯爵夫人は自身の能力を隠す必要が無くなり、領主代理に就任して以降、彼女は自らの持てる能力を存分に使って、様々な改革に取り組んでいる。

 その結果か、住人達の生活の質は明らかに向上していた。それらの事実は彼の目にも形を持って、はっきりと映っている。


 だが、その事実はデニスの嫉妬を煽るには十分、いや十分すぎたと言ってもいいだろう。


(くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!)


 案の定、デニスは妻に激しい嫉妬心を抱いた。嫉妬に塗れた人生を送ってきた彼にとっては、自分より優れた者への嫉妬心を抱く事など最早日常茶飯事となっていたのだ。

 それからというもの、彼が抱える嫉妬は自分の妻を称える様な会話が聞こえてくる度に大きくなっていく。だが、考える事以外は何もする事が出来ない今の彼には心の中に渦巻くその嫉妬を払拭する方法はもう残されていないのだ。


 そして、デニスはアメリアが自分に与えたこの罰の本当の意味を始めて理解した様な気がしていた。


(これが、これがアメリアの与えた罰だと言うのか……? 自分はこれから永遠に誰かに嫉妬し続けていろ、と……? アメリアは、そう、言いたいのか……?)


 今のデニスでは、もうアメリアの本心は分からない。しかし、何となくだが、その答えは正解に近い様な気がしていた。

 そして、デニスはこれからも自分の妻やこの街の住人に嫉妬し続ける毎日を送る事になる。

 彼が解放される日は何時になるかわからない。それでも、彼が嫉妬に塗れながら死んでいく事になるのは確定しているだろう。何故なら、それこそがアメリアがデニスへと与えた罰なのだから。

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