間章三
閑話5 少女達のその後
アメリアの復讐対象の一人であったディラン・マルチーノ子爵、彼に捕まっていた少女達はアメリアと別れた後、紆余曲折が経て、とある村の住人として日々を過ごしていた。
彼女達が暮らすこの村は、取り潰されたユーティス侯爵家がかつて統治しており、今は王家の領地となっている旧ユーティス侯爵領、その端にある小さな村だった。
だが、彼女達が捕まっていたディランの屋敷のあった場所から、この村がある旧ユーティス侯爵領まではかなり距離がある。馬車で移動しようとすると、それだけでも十日近くが掛かる距離だ。
何故、態々彼女達がそんな距離を移動してまで、旧ユーティス侯爵領まで来たのか。それにはある理由があった。
まず、少女達はアメリアと別れた後、別れの時に名乗られたアメリア・ユーティスという名前だけを頼りに、自分達を助けた彼女が一体何者であったのかを知ろうとした。
この世界で姓を持っている者はその殆どが貴族だ。だからこそ、少女達はアメリアが一体何者なのか、それを知る事は難しくはないと考えたのだ。
そんな少女達がアメリアに関する情報を手に入れるのは、思いのほか早かった。ちょっとした酒場等でもユーティス侯爵家の令嬢であるアメリアの名前は有名だったからだ。
勿論、王太子に婚約を破棄されて、教会に『魔女』の嫌疑を掛けられ、その処刑寸前に逃亡した悪人として、ではあるが。
そして、そこから更に情報を集め続け、運良く今貴族社会に広がっている『アメリア・ユーティスの復讐』という噂をその内容と共に入手する事が出来た。
それらの情報によってアメリアが一体何者なのか、そしてアメリアの復讐の動機は何なのか、当初の目的であったそれらを知る事が出来た少女達だったが、アメリアの事を必要以上に知る事が出来た事で、これから何をするべきかと途方に暮れてしまった。
ディランから解放され、恩人であるアメリアの事を知る事が出来たのは良いが、自分達ではそのアメリアを追う事は叶わないだろう。
自分達はこれからどうするべきか、と少女達は悩み始めた。
すると、そんな時、少女達の内の誰かが言った。
「ねぇ、皆、あの人が暮らしていた旧ユーティス侯爵領、そこに行ってみない?」
誰かが言ったその言葉に残りの全員は賛成の意を示し、少女達は全員揃って旧ユーティス侯爵領に向かう事になる。
そして、旧ユーティス侯爵領に辿り着いた少女達であったが、その道中でとある村に立ち寄る事になる。
その村はいかにも廃村直前といった雰囲気を醸し出していた。また、その村にはおかしな事に労働力となる若い者達の姿は無く、老人だけしか住んでいなかった。
村人たちは少女達を歓迎したが、当の少女達はこの村がどうしてこうなっているのかが気になり、この村の村長だという年老いた男性に話を聞く事になった。
その村長曰く、この村は取り潰される前のユーティス侯爵家が主導で行っていた開拓計画の一環で開かれた村らしい。その為、税の取り立てもあと数年は免除されるはずだった。
しかし、当のユーティス侯爵家が取り潰しになり、このユーティス侯爵領が王家の領地となった事で、その開拓計画自体も白紙になり、免除される筈だった税を支払わなくてはならなくなった。だが、この村は開拓したばかりの為、蓄えなどある筈も無い。その為、税を払う事が出来ず、廃村の危機を迎えているのだそうだ。
更に、そういった経緯がある為、労働力となる若い者達は次々と村を出ていき、この村に残っているのは長距離の移動もままならない老人だけだそうだ。自分達では生活もままならない為、村に新しい住人を招きたいが、この村の置かれている状況ではそれも不可能に近い。このままでは、この村を廃村にするしかないとの事だった。
「…………」
それらの話を村長から聞いた少女達はある一つの決心をした。
「……ねぇ、私達、この村に住まない?」
誰かが言ったその言葉に他の少女達も次々と賛同していく。そして、少女達はアメリアから貰った財産の一部を使い、取り立てに来た役人たちに税を支払った。
すると、この村に残っていた人々はその事に感謝をして、少女達をこの村の一員として快く受け入れた。
そういった経緯があり、彼女達はこの村で暮らす事になったのだ。
しかし、少女達がこの村に移り住んだとしても、問題が解決した訳では無かった。寧ろ、新しい問題が出てきたと言ってもいい。
まず、彼女達がこの村の住人になったとしても、今のこの村の住人は若い娘達と老人の類しかおらず、この村の警備体制には不安が残る。
その為、彼女達はアメリアから貰ったディランの隠し財産の一部を使って、信頼ができて腕も立つと評判の傭兵団を雇い、常駐してもらっていた。もし万が一、野盗の類がこの村を襲ってきたとしても大した被害は出ないだろう。
次に、少女達の手元にはアメリアが譲ってくれたディランの隠し財産がまだ数多く残っている。しかし、それらはどれだけの量があろうとも有限な事に変わりはない。その財産に頼るばかりでは、いずれそれらも尽きてしまうだろう。
だからこそ、少女達はその財産への依存度を減らし、何とか自分達で自給自足をする為にこの村で今日も必死に農作業に勤しんでいた。この村で暮らし始めた当初は慣れない作業ではあったが、今ではすっかりと農作業に慣れている。
また、少女達の中には過去のあの経験から男性恐怖症に陥っている者もいるが、この村にやってくる行商人の男性やこの村に常駐する人柄の良い傭兵達との関わりでそれらも緩和していっている。
更に、少女達の中には家族が商人で自身も商人になる為もある程度の教育を受けていたという者もいた為、その者を中心として外から来る行商人と生活必需品の取引をしている。
今は、アメリアから貰った財産が無いと生活すらままならないが、今この村で行っている農業等が軌道に乗れば自給自足が可能となり、アメリアから貰った財産への依存度はかなり低くなっていくだろう。
そうやって、少女達は自分達が直面している問題を一つ一つ解決していく事で、大きな問題になる事の殆どは解決していた。小さな問題はまだ多少は残っているが、それも時を置かずに解決する事が出来るだろう。
少女達の日々の生活には今も多少の不安が残っているが、それでも彼女達は未来に十分希望が持てる状態だといってもいいだろう。
「マイ、今日もお疲れ様」
「うん、貴女もね」
そして、そんな会話を交わすマイも他の少女達同様に未来に希望を持っていた。
ディランに囚われていたあの頃に比べれば、今は天国の様だ。勿論、今の生活も楽な事ばかりでは無く、辛い事も沢山ある。それでも、同じ地獄を味わった仲間達と平穏に暮らす日々は幸せそのものだ。
「だけど……」
だけど、それでもマイの中には常にある思いがあった。その思いは、他の少女達も同じだろう。
「アメリア様……」
マイが思い浮かべるのは、自分達を助け出した張本人で恩人でもあるアメリアの事だった。マイを含めた少女達はアメリアから受けた恩をちゃんと彼女へと返したいとずっと思っていたのだ。
その気持ちはこの村で暮らし続けるにつれて、次第に大きくなっていっている。
もし、アメリアがそれを聞けば、恩返しなど必要ない、という言葉を返すだろう。アメリアは別れ際に未来だけを見て生きて行ってほしいと、それが一番の恩返しだと言っていた。
しかし、少女達はアメリアに自分達の受けた恩をまだ少しも返していないと思っている。彼女達は、自分達がこうして幸せに暮らしているだけで、アメリアへの恩返しになっているとは、どうしても信じられなかったのだ。
だからこそ、少女達は、アメリア本人にこの恩を返す事が出来る日が来る様にと毎日思い続けている。
「アメリア様、復讐を止めてほしいなどと私達に言う資格はありません。ですので、私達が貴女へと願う事はたったこれだけです。
どうか、ご無事でいてください。私達は貴女から受けた恩をまだ少しも返す事が出来ていません」
少女達にはアメリアの復讐を止める事は出来ない。そもそも、彼女達はアメリアが行っている復讐によって助けられたのだから、アメリアを止めようとする理由もない。
だから、だからせめて今はアメリアが無事である様に、とそれだけを願い続けるのだ。
「アメリア様、今貴女が何処にいるのか、それは分かりません。ですが、どうか、どうかご無事で……」
マイにはアメリアが何処にいるのか、分からない。それでも、彼女は自分と同じ空の下にいる。マイはそう信じて、アメリアの無事を空へと願うのだった。
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