82 マルティナへの罰

 罰ゲームの開始を宣言したアメリアは、今も泣き叫ぶマルティナの背後まで行くと、彼女の肩に優しく手を置いた。


「罰ゲームといっても貴女には物理的な拷問の様な物を加えるつもりはありませんよ。流石に幼い頃からの友人だった貴女が痛みで悶え苦しむ姿を見るのは私にとっても少しばかりは心が苦しいですからね」


 だが、当のマルティナは肩に乗せられた手を振り払い、クリストフの死体に縋り付き、涙を流し続けている。この様子では、アメリアの言葉は彼女には届いていないだろう。


「そして、私はそこにいる彼には何の恨みもありません。ですので、私の復讐に彼を巻き込むのも多少は心苦しいのです」

「……何が言いたいの……?」


 その時、初めてマルティナはアメリアの言葉に耳を傾けた。だが、そのクリストフはアメリアの仕掛けた罠によって既に死んでいるのだ。今更、復讐に巻き込むも何もないだろう。

 しかし、アメリアはそんな事はお構いなしと言わんばかりに言葉を続ける。


「貴女はこのゲームでこの五階まで到達するという勝利条件も満たしています。そんな貴女には多少のサービスがあってもいいと考えているのですよ」

「サー、ビス……?」

「ええ、という訳で貴女に用意した罰ゲームを発表いたしましょうか」


 そして、アメリアが指を鳴らすと、マルティナの足元とクリストフの死体の下に二つの魔法陣が現れた。


「っ、何をっ、何をするつもりなのっ!?」

「ティナ、貴女にはこれからそこにいる彼の命を蘇らせる為の生贄になって貰います」

「……クリスの命を、蘇らせる?」

「ええ、今の私はそういった魔術を使う事も出来るのですよ。まぁ、流石に人を一人蘇らせる為には、代償として他人の命が一人分程必要になるのですが、ね」


 だが、アメリアのその言葉には少しだけ嘘が含まれていた。今のアメリアには他人の命を代償とせずとも命を蘇らせる手段を持っている。しかし、それは今語る事ではない。更に言うなら、マルティナにその事を語る必要もないだろう。


「そんな、事が……」


 死んだはずのクリストフを蘇らせる事が出来る、そんな事を聞かされたマルティナの顔には到底信じられないと言った表情が浮かんでいた。


「その魔術の名は『生命譲渡』、人が持つ生命力を他者へと譲渡する事で、その譲渡された者の命を蘇らせる事が出来る神の御業に等しい魔術です」


 普通なら、死んだはずの命を蘇らせるという様な戯言など一笑に付されるだろう。だが、今のアメリアは古代魔術に分類されている筈の転移魔術を軽々と行使している。

 更に言うなら、マルティナは昔読んだ書物の中に古代魔術には命を蘇らせる禁断の魔術も存在したという記述を見た事があった。

 その為、マルティナはアメリアのその言葉に信憑性があるのではないかと思い始めていた。


「『生命譲渡』、それがあればクリスは……」

「ええ、彼は蘇るでしょうね。ですが、この魔術には少しだけ欠点がありまして、人を蘇らせる為にはそれ相応の生命力が必要になるのですよ。それこそ、人一人が持っている生命力の全てが必要になる程です。この魔術で生命力を誰かへと捧げれば、その者は確実に死に至るでしょう。だからこそ、貴女にはその為の生贄になって貰いたいのです」

「……っ。本当に、本当に彼の命が蘇るの……?」

「ええ、それについては保証いたしますよ」

「それ、なら……」

「更に、もう一つだけおまけをつける事にしましょうか。この魔術で貴女の命が失われたとしても、残った魂を彼と融合させてあげましょう。そうする事で、貴女の意識はこれから蘇るクリストフと永遠に共にある事が出来ます。つまり、これからは愛しい人の傍に永遠にいる事が出来るのですよ。彼と結ばれる為に私を裏切った貴女にすれば本望でしょう?」

「それ、は……。わ、私は……。私、は……。…………」


 そして、それらを聞いたマルティナはアメリアに対して抵抗する事無く、彼女の魔術を受け入れる事を選んでいた。

 それは、想い人を自分の手で殺めてしまった事に対しての罪滅ぼしだった。自分が奪ってしまったクリストフの命が蘇り、自分は蘇った彼と永遠に共にある事が出来るというのならマルティナにとっては願っても無い事だろう。


「無抵抗ですか。この魔術を受け入れる事を選んだようですね。では、早速始めましょうか」


 そして、アメリアが勢い良く指を鳴らした。すると、マルティナとクリストフの下にある魔法陣が黄金色に輝き始める。それは、アメリアが『生命譲渡』の魔術を行使し始めた証だった。


「……あぐっ!!」


 そして、アメリアの魔術が行使されたその瞬間、マルティナは自身の胸部に今迄感じた事がない程の激痛を感じた。彼女はそれに耐えきれず、苦悶の表情を浮かべながら、悲鳴を上げる。

 しかし、それも当然だろう。今の彼女は自分の生命力を無理矢理外界へと引きずり出されている。故に、それ相応の痛みを感じているのだ。


「あっ、ああああああああああああああああああっ、あああああああああああああああああああああ!!!!」


 あまりの痛みに、マルティナは絶叫を上げる事しかできなかった。だが、アメリアは彼女のそんな痛ましい絶叫にも眉一つ動かす事無く、淡々と『生命譲渡』の魔術を続けていく。


 やがて、マルティナの体の周囲には光の粒子の様な物が現れた。その粒子はマルティナの生命力とでも呼べるものの結晶であった。彼女の周囲に漂う光の粒子が増えていくにつれ、それに反比例するかの様に彼女の体からは生命力が失われていく。彼女の生命力は今この時も彼女の体から抜けて、周囲に漂う光の粒子へと変換されているのだ。


「あっ、あああああああぁぁぁぁぁ…………」


 また、それに合わせるかの様に、彼女の悲鳴も段々と小さくなっていった。今のマルティナの体にはもう悲鳴を上げる事が出来る程の生命力も残されてはいなかった。


「クリ、ス……」


 その言葉を最後に自らの体の内にあった生命力、その全てが枯渇してしまったマルティナは意識を失い、地面に倒れ込んだ。自分の命をクリストフへと捧げた彼女が目を覚ます事は二度と無いだろう。

 その直後、アメリアが手を横薙ぎに振うと、マルティナの生命力の結晶とも呼べる光の粒子はクリストフの体へと入り込んでいった。

 そして、その光の粒子の全てを取り込んだクリストフの命はマルティナの命を賭した献身によって遂に蘇るのであった。




 マルティナから生命力を譲渡された事でクリストフの命は蘇生された。しかし、彼は地面に倒れ伏したまま、目を覚ましていない。

 先程彼が取り込んだ生命力がまだ馴染んではいないのだろう。クリストフが目を覚ますには、取り込んだ生命力が彼に馴染む必要がある。その為、彼が目覚めるにはもう少し時間が必要になるだろう。


「……あ、そう言えばティナに『生命譲渡』の魔術で蘇った者の記憶には大きな障害が残る事を説明するのを忘れていましたね」


 アメリアはそう呟くと、右手で口元を隠しながらクスクスと笑う。アメリアは説明する事を忘れていたと呟いていたが、それは言うまでも無く意図的な事だ。それこそが、アメリアが用意したマルティナへの罰の一端を担っているのだ。


「では、最後の仕掛けを施しましょうか」


 アメリアは未だ地面に倒れ込むクリストフの額に手の平を当てながら、マルティナへの罰の最後の総仕掛けをしていく。


「これにて、全ての仕掛けは完了ですね。さぁ、貴女の絶望の時はこれからですよ。貴女はこれから彼が死ぬまで永遠に苦しみ抜く事になるでしょう」


 それは、マルティナに対するアメリアの予言だった。アメリアが何を思ってマルティナへの罰をこの様な形にしたのか、それは今の段階では彼女自身にしかわからない。だが、アメリアはこれこそがマルティナへの罰に最も相応しいであろうと考えているのだ。

 そして、アメリアは命が抜けたマルティナの死体へと顔を向ける。


「ティナ、私が貴女と会う事はもう二度と無いでしょう。ですので、最後となる別れの挨拶を貴女へ送りましょうか。

 では、永遠に、永遠に、さようなら」


 そして、アメリアはその言葉を最後に地面に倒れ込む彼ら二人を背にして、この塔から立ち去るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る