81 試練の塔④
クリストフを取り戻そうとするマルティナによる必死の猛攻、それによって怪物は遂に地面へと倒れ伏していた。
試練に打ち勝ったマルティナは疲労から息を荒げている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。勝った、のよね。これでクリスは……」
「終わった様ですね。では、そちらへと行きましょうか」
すると、アメリアのその言葉がマルティナへと届いた直後、突然マルティナの前にアメリアが転移してきた。アメリアはマルティナの姿を見ると、彼女に向けて満面の笑みを浮かべる。
「見事、私の用意した敵を制限時間内に倒す事が出来た様ですね。その健闘を称えましょう。おめでとうございます」
そして、彼女はマルティナを褒め称える賞賛の言葉を告げた後、顔に浮かべた笑みはそのままに、パチパチ、と拍手を始めた。
しかし、マルティナにはアメリアのその賞賛の言葉が、不思議な事に何故だか自分を愚か者だと嘲っている様しか聞こえなかった。
「さぁ、貴女の用意した敵に勝ったわ。制限時間も問題ないのでしょう? だったら約束通り、クリスを返して!!」
「? クリスを返して? 何を言っているのですか?」
「……約束を破るつもりなの……?」
「これはおかしい事を言いますね。私は約束を破ってはいませんよ。だってクリストフならそこにいるではないですか。……あ、まだ気付いていないのですか?」
アメリアのその言葉にマルティナの脳内には嫌な予感が掠める。そして、マルティナは恐る恐る口を開いた。
「……どういう、事なの?」
「どういう事も何もありませんよ? ほら、彼ならそこに……」
そして、アメリアは右手の人差し指をあらぬ方向へと向けた。マルティナもアメリアにつられる様にその人差し指が向けている方を向く。だが、その先にはクリストフの姿は何処にもない。その先にあったのは、彼女が先程倒した怪物の死体だけだった。
「えっ?」
しかし、マルティナはその怪物の死体にどうしようもない程の違和感を覚える。今迄の怪物は倒した後、灰となって消滅していたはずだ。死体が残っている筈がないのだ。
その直後、マルティナの後方からパチンという指を鳴らす様な音がこの場に響き渡った。
そして、次の瞬間、彼女の目に映る怪物の死体は一瞬にして全く別の者の死体へと変わっていた。その死体の顔を見たマルティナは一瞬だけ呆然とした様な表情を浮かべる。
「……っ、いっ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
しかし、その直後、マルティナは思わず今まで上げた事が無い程の絶叫を上げていた。だが、それも当然だろう。そこにあった死体が自分の想い人であるクリストフだったのだから。
そう、マルティナはクリストフの姿が今迄戦ってきた怪物と同じ姿に見える様な幻覚を見せられていたのだ。地面に倒れ伏す様な姿になっている彼の死体は、まるで全身が炎で燃やされたかの様に全身が黒く焦げている。
そして、マルティナはクリストフの死体の状態、つまりは全身が黒く焦げているクリストフの事を目にしてしまった事で、自分が彼に対して何を仕出かしてしまったのか、それに気が付いてしまったのだろう。彼女は慌ててクリストフの死体の元まで駆けつけて、地面に倒れ込んでいる彼の死体に必死に縋りついていた。
「いやっ、いやっ、いやいやいやっ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
だが、マルティナがどれ程泣き叫ぼうともクリストフは当然のように目を覚まさない。それでも、彼女はクリストフの死体に縋りつきながら延々と泣き叫ぶ。
「いやっ、いやっ、クリスっ、いやっ!!!!」
「あはははははははははっ!!!!!! ねぇ、どんな気分ですか? 知らず知らずの内に自分の想い人を手に掛けた今の気分は?」
「いやっ、クリスっ、目を覚ましてっ、クリスっ、目を覚ましてっ!!!!」
そして、アメリアは泣き叫ぶマルティナを嘲笑しながら、彼女の元へとゆっくりと近づいていく。
「嘘よっ、嘘よっ、ねぇ、目を覚ましてクリスっ、目を覚ましてっ!!」
「ねぇ、教えてください。想い人を殺めてしまったと知った今の貴女の気分を。あはははははっ!!!!」
アメリアはマルティナの背後で彼女の事を、なんと愚かなのか、と嘲笑し続ける。そして、マルティナはその瞳に涙を溜めながら、アメリアの方へと顔を向けた。
「酷いわっ、私を騙したのね!?」
だが、マルティナのその言葉をアメリアは鼻で笑いながら一蹴する。
「騙す? 心外ですね。人聞きの悪い事を言わないでください。私は一切嘘を言っていませんよ。あの怪物がクリストフだと気付けなかった貴女が悪いのです」
そう、アメリアは一切嘘を言っていない。それに、もしマルティナが怪物の正体を見破る事が出来れば、彼女を見逃すつもりでいた。
このゲームの肝はそこだった。二階から四階までの戦いは茶番でしかない。怪物の強さをマルティナ一人でも勝てる様に強さを調整していたのもその為だ。
アメリアのゲームはこの五階の最後の試練だけが重要だった。姿が変わっても自分の想い人を見抜く事が出来るか否か、このゲームの本質はそれだけだったのだ。
(まぁ、気が付かないのも無理はないですが、ね。今迄の全てがこの状況を作り出す為に私の用意した演出なのですから)
彼女が内心で呟いた通り、あの小屋からの出来事は全てアメリアがこの状況を作り出す為の演出であった。あの小屋にクリストフを招いたのは、マルティナの前で彼を攫う事で、クリストフを取り戻す為には怪物を倒していくしかないと彼女に信じ込ませる為、二階から四階までに配置されていた怪物達も彼女を五階に用意した罠に掛ける為に用意していたものなのだ。
更に、アメリアがゲーム開始時に言っていた制限時間も、実際の所は彼女はそんなものを設けていない。もし、本当に制限時間を設定していたら、マルティナがこの五階まで到達しない可能性もわずかにではあるが存在していた。アメリアにしてみれば、この五階の罠こそが本命だ。だからこそ、マルティナが五階まで到達できない可能性は極力排除したかったのだ。それでも、あの時に制限時間があると言ったのは、それによってマルティナを焦らせ、視野を狭くする事が目的だったのである。
そして、このゲームの開始時に『制限時間を設けた、それを過ぎればクリストフの命は保証しない』と言われた事で、アメリアの狙い通り、マルティナは視野狭窄に陥り、怪物の正体に気付く事無く、彼を殺めてしまったのだ。
だが、そんな事を知る由もないマルティナはアメリアを睨みつけながら、必死に彼女の事を責め立てる。『アメリアが自分の事を騙した。全ては自分を騙したアメリアが悪いのだ』と彼女に責任を押し付け続けなければ、マルティナの心はこの瞬間に壊れてしまうだろう。
「貴女のせいでっ、クリスはっ、クリスはっ!!」
だが、アメリアはマルティナのそんな馬事雑言など気にも留めない。そもそも、罠に掛けたとはいえ、クリストフを殺めたのはマルティナ自身なのだ。怪物の正体がクリストフだと気付く事が出来る機会は数多くあった。だが、それらを見逃したのもマルティナ自身だ。だからこそ、自分に全ての責任を押し付けようとするなど心外だ。少なくとも、アメリアはそう思っていた。
「酷い言い草ですね。私のせい? クリストフを殺したのは貴女自身ではないですか。それを私に責任転嫁するなんて本当に酷い話です」
しかし、マルティナを嘲る様なアメリアのその声も今の彼女には届かない。今のマルティナは、知らなかった事であるとはいえ想い人を自らの手で殺めてしまった事により、完全に狂乱状態に陥ってしまっていた。
「いやっ、いやっ、クリスっ、お願いっ、目を覚ましてっ!!!!」
「はぁ、もう私の言葉も届かないようですねぇ……」
「お願いっ、クリスっ、目を覚ましてっ!!!!」
「では、これよりこのゲームの総仕上げと行きましょうか」
アメリアはクリストフの死体に縋り付きながら泣き叫ぶマルティナを無視して、今回のゲームの清算へと入る事にした。
「お願いっ、お願いだから目を覚ましてよぉ……」
「さて、ゲーム開始時に言った通り、勝利条件と敗北条件を同時に満たした事で、貴女はこのゲームに敗北した事になります。ですので、貴女にはこれより私の用意した罰ゲームを受けてもらいましょうか!!!!」
そして、今も泣き叫ぶマルティナの横でアメリアは罰ゲームの開始を宣言するのだった。
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