80 試練の塔③

 今迄に用意されて来た敵を倒し続け、この塔を上って来たマルティナは今アメリアの指定したゴール地点となる塔の五階へと通ずる扉の前にいた。


「ここが……」


 ここが、この塔の最上階である五階だ。その場所へと繋がる扉の前に立ったマルティナは扉の取っ手に手を掛ける。


「……行きましょうか」


 そして、彼女は一度息を飲んだ後、扉をゆっくりと開けて、部屋の中へと立ち入った。


「ようこそ、この塔の最上階となる第五階へ」


 部屋の中に入ったマルティナの耳に届くのはアメリアの声だ。彼女の声は相変わらず、この場全体に反響するように聞こえる。


「っ、五階まで来たわ。このゲームは私の勝ちでしょう? 早くクリスを返して!!」

「そう慌てないでくださいな。これから貴女には最後の試練を受けてもらいます」

「最後の試練……?」

「ええ。この試練を終えた時、貴女はクリストフを取り戻しているでしょう」


 その直後、マルティナの目の前の地面には大きな魔法陣が出現した。その魔法陣は勢い良く輝きだす。


「では、最後の試練の準備をしましょう」


 そして、次の瞬間、魔法陣の上にはこの塔で今迄戦ってきた敵達と全く同じような怪物が現れていた。しかし、その怪物は今迄の徒手空拳とは違い、右手に剣の様な物を所持していた。

 現れた敵の姿を見たマルティナは思わず息を飲む。


「さて、これが最後の試練となる門番です。さぁ、これより最後の試練を始めましょう」


 そして、それを最後にアメリアの声は聞こえなくなった。


(これが最後の試練というのなら、この怪物を倒せばクリストフを取り戻す事が出来る……)


 そう考えたマルティナは今現れた怪物と戦う覚悟を決め、手に持っていた杖を一層強く握りしめる。


 一方、彼女の目の前に現れた怪物は不思議な事に顔を左右に動かし、辺りの様子を確認する様な様子を見せた。

 その怪物はマルティナの姿を見た直後、何故か一瞬だけ硬直した。そして、「グギャアア!!」という叫び声を上げながら彼女に駆け寄ろうとするかの様にマルティナへと向かっていく。


「くっ、早いっ!!」


 怪物のその足の速さは今迄戦ってきた怪物に比べるとかなり早い方だ。彼女は慌てて怪物の動きを躱してから距離を取り、そのまま手に持った杖を怪物へと向ける。

 だが、一方の怪物は不思議な事に呆然と立ち尽くしていた。まるで、何故マルティナが自分の事を避けたのか、全く分からないと言わんばかりの様子だった。

 マルティナはその事を不思議に思ったが、この隙を逃すまいと魔術を行使する。


『氷の槍よ、我が敵を貫けっ!!』


 そして、マルティナが呪文を唱えたその直後、彼女が持つ杖の先から数本の氷の槍が生成された。


「ギッ!? ギャアア!? ギャアアアアアアアアア!!!!」


 それを見た怪物は叫び声上げるが、彼女はその叫び声を無視して生み出した氷の槍を怪物目掛けて放った。


「ギッ!? ギャアアアアアアア!!!!」


 それに対して怪物は動揺した様子を見せたが、意外な事にその攻撃に対しては冷静に対処し、必要最小限の動きで躱し、躱しきれないものに関しても手に持った剣を上手く使う事で対処する。


 それを見たマルティナは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。敵は攻撃に対する対処は冷静、攻撃の回避にも必要最小限の動きで済ませる。目の前の怪物が今迄戦ってきた相手とは強さが一回りも二回りも違うと思い知ったからだ。まるで、人間を相手にしているような気分だった。油断は禁物だと心得ながら、再び杖の先を怪物へと向ける。


「ギッ、ギギャ、ギャアアアアア!?」


 だが、再び自分に杖の先を向けるマルティナの姿を見た怪物は再度動揺したような様子を見せた。その後、その顔を斜め上へと向けて、何度目かになるか分からない叫び声を上げる。マルティナはその叫び声の意味に関しては全く理解できない。しかし、怪物が自分を見ていないこの状態はまたとない好機だ。


「そちらから来ないというのなら、こちらから!!」


 そして、マルティナは再び怪物へと攻撃を仕掛けるのだった。




 あれから、マルティナと怪物の戦いは続いていた。マルティナはクリストフを取り戻すべく、必死に怪物へと攻撃を仕掛けていた。


 だが、攻撃を続けるマルティナとは違い、怪物は不思議な事に防戦一方であり、彼女に対しての反撃の類を一切しなかった。その為、彼女は傷らしい傷を負っていない。あの怪物の強さならば、攻撃に転じる事も難しくない筈だろう。だというのに、怪物はマルティナと戦う事を躊躇している様な動きばかりをしているのだ。

 また、怪物はマルティナに何かを訴えかける様に幾度も叫び声を上げていた。それらから、マルティナは怪物に対して妙な違和感を覚えていた。

 しかし、マルティナはその違和感を無視して攻撃を続ける。全ては想い人であるクリストフを一刻も早く取り戻す為であった。


「グギャアア!! グギャアア!! グギャアアアアアアアアア!!」


 しかし、怪物の方もマルティナの使う魔術を必死にかわしながら、彼女に対して何かを訴えかけるように叫び声を上げる。


「早くっ、早く倒れてっ!! 早く倒れてくれないとクリスはっ!!」

「グギャ!! グギャ!! グギャアアアア!!」


 マルティナは半狂乱状態になった様な言動を繰り返し口にしながら、怪物へと攻撃を続ける。


「グギャ!! グギャ!!」


 怪物もマルティナに対して叫び声を何度も上げるが、その声はもう今の彼女の耳には届いていない。


「グッ、グギャアアアアア……」


 自分の声がもう彼女に届いていない事を理解せざるを得なくなっていた怪物は数秒ほど立ち止まり、諦めたかの様な唸り声上げる。

 そして、怪物が足を一歩前に踏み出そうとしたその瞬間だった。


「グッ!? グギャ!?」


 自分の両足に違和感を覚えた怪物が足元を見ると、その両足はまるで地面と地続きになる様に氷で覆われていたのだ。


「グギャ!?」


 それは、マルティナの仕掛けていた魔術だった。彼女は、予め怪物に気が付かれない様に地面に氷を這わせていた。そして、怪物が立ち止まったその隙に予め地面に這わせていた氷で怪物の両足を覆ったのだ。


 怪物は必死に足を動かすが、地面ごと自身を覆う氷のせいで両足は殆ど動かなくなっており、身動きが取れない状態になっている。


「グギャ!! グギャッ!!」


 そして、マルティナは身動きが取れない怪物の目の前まで向かうと、手に持った杖の先を怪物の腹部に押し当てた。


「これでっ、とどめっ!! 『炎よ、我が敵を燃やし尽くせ』!!」


 マルティナの呪文と共に彼女が持つ杖の先から炎が発生する。その炎は杖の先から怪物へと移り、やがて怪物の体全体を覆い尽くしていった。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 そんな炎を受けて堪らないのは怪物の方だ。思わず耳を覆いたくなる様な絶叫を上げながら、必死のその炎を消そうと暴れまわる。マルティナはその炎が自分に飛び移らないように慌てて後退した。

 だが、そんな事をしている間にも刻々と怪物の体は燃え続け、やがて炎が消える頃には怪物の体の殆どが炭と化していた。そして、怪物は体の至る所から煙を上げながら、力尽きた様に地面に倒れ込む。


「グッ、グギャアアアアアアアアアアァァァァァァ…………」


 それでも、怪物は必死に体を起こして、最後の力を振り絞り必死にその右腕をマルティナへと伸した。だが、その途中で力尽きたのか、必死に伸ばしていた右腕はマルティナに届く事なく、怪物の体はその伸ばしていた右腕と共に地面へと倒れ伏すのだった。

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