79 試練の塔②

 自身の想い人であるクリストフを取り戻すべく、アメリアの用意したゲームに参加する事を選んだマルティナは今、この塔の二階へと続く階段を上っていた。

 今の彼女はローブを身に纏い、右手に魔術を使う為の杖を持っているという装いだ。如何にも魔術師らしい恰好と言えるだろう。ローブも杖も全てアメリアが用意した箱の中に入っていた物だった。


 ――――コン、コン、コン、コン


 マルティナが階段を上る度、そんな音が響き渡る。階段を上り続ける彼女の足取りは慎重そのものだ。この階段の何処かには、アメリアが何かしらの罠を用意しているかもしれない。そう考えた彼女は一歩ずつ慎重に階段を上り続けているのだ。

 しかし、彼女が心配した様な罠は階段に仕掛けられておらず、マルティナは無事に階段を上りきる。そして、無事に階段を上りきった事に安堵したマルティナの目の前に現れたのは何の変哲もない普通の木製の扉であった。その扉の前に立ったマルティナは、思わず息を飲む。


「ここが……」


 この先には、アメリアの用意した門番、敵が待っている。そう確信したマルティナは一度大きく深呼吸をして、扉の取っ手へと手を掛ける。そして、彼女は最後にもう一度息を飲んだ後、目の前の扉を一気に開け放った。

 しかし、塔の二階、門番が待つ部屋の中へと入ったマルティナは部屋の中にいたにいた門番と思しき敵の存在を目にした瞬間、思わず絶句してしまう。


「なに、あれ……?」


 そこにいたのは人型をした怪物としか表現できない何かだったからだ。その怪物には四肢や頭部と思しきものがある事で人の形をしているのだという事は理解できるが、その体は悍ましい肉色としか表現できない色に染まっていた。敵だと言われてこの怪物を見れば、誰しもが納得するだろう。


「あれが、敵……?」

「ええ、その通りです」


 その時、聞こえてきたのはアメリアの声だ。その声は一階の時と変わらず、この場所全体に反響する様に響き渡る。


「さて、と。先程も言った様にその敵を倒せばこの階層から上の階層へと上る事が出来ます。貴女の奮戦、期待していますよ」


 だが、アメリアの声はその言葉を最後に再び聞こえなくなった。


「グシャアアアアアアアアアアアア!!」


 そして、アメリアの声が聞こえなくなった直後、彼女の目線の先にいる怪物は訳の分からない叫び声を上げながら、マルティナへと襲い掛かっていった。


「くっ!!」


 マルティナは動き出した怪物に対しての反応が一瞬だけ遅れるが、彼女にとって幸いな事に怪物の動きはそれ程早くなかった。マルティナは慌てて後退する事で怪物との距離を十分に取った。

 そして、その直後、怪物との間に十分な距離を取ったマルティナは手に持った杖の先を怪物へと向ける。


『氷の槍よ、我が敵を貫け!!』


 その直後、マルティナの呪文と共に彼女の持っていた杖の先から何本もの氷で出来た槍が生成され、その全てが怪物へと一直線に向かっていった。それは、マルティナが得意とする氷の槍を生成する魔術、『氷槍』だ。


「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 怪物は自身に目掛けて一直線に向かってくる氷の槍を慌てて回避しようとする。

 しかし、彼女の放った氷の槍はなんと回避行動をとった怪物に合わせるかの様に軌道を変えたのだ。学院の魔術学科でトップクラスの成績を誇るマルティナは自身の放った魔術を巧みに操る事も得意だ。先程の氷の槍の軌道変更もそれらの賜物であった。


 それらを見た怪物も二度、三度と氷の槍を躱そうと再び回避行動をとるが、その度に氷の槍も怪物を逃がさないと言わんばかりに軌道を変え、怪物を捉え続ける。

 それらからマルティナの放った氷の槍を回避する事が不可能だと悟った怪物は、今度は手を伸ばして自身に向かって飛んでくる氷の槍を掴み取ろうとした。

 しかし、怪物が氷の槍を掴もうとしたその瞬間、氷の槍はその動きに合わせる様に即座に軌道を変更したのだ。その為、怪物の手は空を切ってしまう。

 その直後、他の氷の槍も怪物目掛けて一直線に向かっていく。怪物の方も慌てて回避しようとするがもう遅い。


「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 怪物は氷の槍を回避できず、その氷の槍は怪物の両足を地面に縫い付けるかの様に両足から地面へと貫通していた。


「グッ、ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 大きな穴が開いた怪物の両足からは赤黒い血が流れ出ている。だが、氷の槍が両足に刺さったままの怪物は動く事が出来ない。


『氷の槍よ、我が敵を貫け!!』


 その直後、この隙を逃さないと言わんばかりにマルティナは再び怪物に向けて氷の槍を放つ。その氷の槍の大きさは先程の数倍の大きさを持つ程の巨大な物であった。


「グッ、グギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 それを見た怪物も慌てて巨大な氷の槍を回避しようとするが、両足に刺さったままの氷の槍のせいで動く事もままならない。怪物はその巨大な氷の槍を回避する事が出来ず、巨大な氷の槍は怪物の胴体部を貫通していく。


「グッ、グギャアアアアアアァァァァ…………」


 そして、氷の槍で胴体を射抜かれた怪物は直後、全身が塵へと変わっていき、消滅していく。そして、その場に残ったのは、マルティナが放った数本の氷の槍だけであった。


「勝った、のね……」


 だが、怪物に勝利した筈のマルティナは納得がいかないと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「この程度、なの?」


 彼女にしてみればあまりにもあっけないという感想しか浮かばなかったからだ。最初の敵という事もあるのだろうが、それでも簡単すぎたのだ。

 マルティナは当初、もっと苦戦する物だと思い込んでいた。彼女にしてみれば、魔術を一種類、二回使っただけだ。だというのに、あまりに簡単に敵に勝ててしまった。その事は彼女にとっては逆に不気味であるとしか言い様がない。

 しかし、ゲームが簡単だという事はクリストフを取り戻したい彼女にとっては好都合でもあった。更に言うなら、これはこのゲームの最初の敵だ。ならば、今回相対した怪物は最初の敵だという事で意図的に弱くしている可能性だって考えられるだろう、と考えてマルティナは自分を納得させた。

 それに、制限時間の事も考えれば、時間を掛けずに敵を倒せる事も都合がいいだろう。


「……制限時間の事もある。次の階層へと行きましょう」


 そして、マルティナは設定された制限時間に急かされる様に次の階層へと繋がる階段に足を掛けるのだった。






 あれからマルティナは次々と塔を上っていき、彼女は四階に配置された五階へと続く階段の前にいた。そう、マルティナは三階、四階、それぞれに配置されていた門番を倒す事に成功していたのだ。

 三階や四階に配置されていた敵も二階同様人型をした悍ましい怪物だった。また、三階や四階に配置されていた敵の強さは二階の敵よりも一回りも二回りも増していたが、それでもマルティナは苦戦という苦戦をする事は無かった。

 しかし、どうしてもマルティナはその事を不気味に感じてしまう。彼女にはこの塔の難易度が『自分が死なず、五階まで無事に到達する事が出来る事を前提とした容易な難易度設定』としか思えなかったからだ。

 だが、今のマルティナにはそんな事よりも遥かに重要な事があった。次は五階、アメリアが指定したゴール地点だ。彼女は自分の中にあるこの塔の不気味な難易度の事を振り払い、その視線を部屋の最奥にある階段へと向ける。


「次は五階……、これでやっとクリスを……」


 部屋の奥にある階段を見ながらそう呟いたマルティナは、制限時間の事もある為に急いで階段の元まで向かう。

 そして、彼女はゴール地点となる塔の最上階である五階、その場所へと繋がる階段を上っていくのだった。

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