74 ヴィクトルへの断罪の時

 アメリアによるヴィクトルへの断罪の時が遂に訪れた。

 当のヴィクトルはアメリアの内にある狂気に対して、今も恐れ戦いている。だが、そんな事をお構いなしと言わんばかりに彼女はヴィクトルに対して言葉を紡ぐ。


「私は貴方に相応しい罰をずっと考えていました。私のお父様とお母様を裏切った貴方に素晴らしい最後を与える為の罰を、ね」

「……っ」


 アメリアが今も浮かべている狂気が混じった笑みを見て、ヴィクトルは思わず息を飲んだ。


「ですが、貴方への復讐は私にとってはこの後にある復讐の前菜でもあります。メインが後に控えている以上、ここで満足しすぎるのもあまり良いとも言えません。そして、私は考え抜いた末に貴方に与えるべき素晴らしい罰を思い付いたのです」


 アメリアは言葉を一度区切る。そして、彼女は歪な笑みを浮かべながら、再び口を開いた。


「そして、私はその素晴らしい罰を与える為の処刑場を貴方の為に特別に用意しました!! さぁ、今から貴方をその処刑場へとご招待いたしましょう!!」


 その直後、アメリアが勢い良く指を鳴らすと、次の瞬間にはこの森の中から二人の姿が消え去るのだった。




 アメリアとヴィクトルが転移した先、そこは何処かの倉庫の様な場所だった。彼等の目の前には巨大な水槽が鎮座している。


「さて、貴方の為に用意したこの特別な処刑場へようこそ」


 アメリアは水槽の前まで歩んで行くと、未だ鎖で縛られているヴィクトルに対して、自分の着ているドレスの裾を持ち上げてそう挨拶した。

 彼等の目の前にある巨大な水槽は全面がガラスで作られており、その大きさは小さな一軒家に匹敵する程に巨大だった。その水槽は水で満杯まで満たされており、その中では魚が十数匹泳いでいる。

 だが、水槽は全面がガラスで覆われている為、水槽の中に出入りする為の入口の様な物は見えない。この水槽は最初から出入り口を考えずに作られたとしか思えない構造だった。


「さて、と。この水槽が貴方の為に特別に用意した処刑台になります」

「この水槽が、処刑台……?」

「ええ、その意味はいずれ嫌という程に分かると思います。では、処刑の為の最後の準備を始めましょうか」


 そして、アメリアは未だ鎖で縛られているヴィクトルの元まで向かうと、何処からかピアスの様な物を取り出し、彼の両耳にそれらを取り付けていく。


「貴方に今取り付けたピアスは魔道具になっています。予めお伝えしておくと、そのピアスには私との念話での会話が出来る効果、水中であっても目を開いて視界を確保できる効果、水中で息が不要になる効果、その三つが備わっています」


 だが、彼女のそんな説明とは裏腹に、ヴィクトルは自分にこんなものを付けてアメリアは一体何をするつもりなのだと困惑していた。

 しかし、アメリアはそんな彼の様子を無視して、舞台女優の様に大きく手を広げる。


「さて、と。これで全ての準備が整いました。さぁ、今こそ貴方の処刑を始めましょう!!!!」


 そして、アメリアが手を横薙ぎに振うと、次の瞬間、ヴィクトルは水槽の中へと転移させられた。


(っ!! ……ここは水槽の中、か!!)


 ヴィクトルはアメリアが手を横に振った直後、体が妙に重くなる、体の動きが鈍くなるといった様な妙な違和感を自分の体に覚えたが、時と共に自分の置かれた状況、自分が今水槽の中にいるのだという事が理解できる様になっていた。

 アメリアに取り付けられたピアスの効果なのか、彼は水中だというのに目を開ける事が出来て、尚且つ息をせずとも水中の中で意識を保っていられている。更に、彼を縛り付けていた鎖も無くなっており、水中で身体を自由に動かす事が出来ていた。

 そして、アメリアはそんな水槽内にいるヴィクトルを水槽の外から眺めながら、彼に念話で話しかける。


『さて、貴方は今この水槽の中にいます。それは理解できていますね?』


 アメリアのその言葉にヴィクトルは答えようとはしないが、彼女はそれを肯定と受け取り、言葉を続ける。


『では、貴方がこれからどうなるか、折角なので教えて差し上げましょう。この水槽の中にいる十数匹の魚達なのですが、その子達は私が作った特別な魚達なのです。

 その子たちの食欲は凄くて、餌として動物丸ごと一匹をこの子たちに与えれば、すぐに餌に群がり肉だけでは無く骨まで食べてしまう途轍もない程の悪食を持っているのです。そして、今のこの子たちは、それはそれはとてもとても飢えています。さて、ここまで言えばこれから貴方の身に何が起きるのかはもうお分かりですね?』

『まっ、まさかっ』


 アメリアの言葉を聞いたヴィクトルは慌てて自らの周囲を見渡した。そこには自分の周囲に群がる十数匹の魚達がいた。

 魚達はまるで飼い主の指示で餌の前で食事を待たされている飼い犬の様に、アメリアの指示を今か今かと待っている様にしか見えない。

 そう、今の彼は飢えた獣の前に放り出された肉の塊に他ならないのだ。

 自分の周囲にいる魚達が自分の体を喰らおうとしていると知ったヴィクトルの表情はかつてない程の恐怖に染まる。自分がこれからどうなるのか、彼はそれを悟ったのだろう。ヴィクトルの恐怖の表情を見たアメリアは我慢の限界と言わんばかりに破顔した。


『あはははっ、そうです!! その顔です!! 貴方が恐怖に慄くその顔が見たかったのです!!

 さぁ、私の可愛い可愛いお魚さんたち。食事の時間ですよ。目の前にいるその男の体の全てをお食べなさい』


 アメリアのその言葉にヴィクトルを取り囲んでいた魚達は、彼を喰らおうと飢えたハイエナの様に一気にヴィクトルの体へと群がろうとする。


『ひぃっ!?』


 そして、当のヴィクトルは慌てて自らに群がろうとする魚達から泳いで逃げようとするが、人間の水中での移動速度が魚に勝る筈も無い。魚達から逃げようとしたヴィクトルだったがすぐに魚に追いつかれる。そして、魚達はその全てが一気に彼の体へと喰らいつき、そのまま捕食した。


『ぎっ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!』


 その瞬間、彼の体の至る所に激痛が走った。十数匹の魚に体の至る所を一気に捕食されたのだからそれも当然だろう。傷口からは血が流れだし、水槽の中の水が若干赤色に変わる。

 だが、今も彼を襲っている痛みは魚達による捕食だけが影響している訳では無かった。


『いっ、痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっっ!!!!!!』

『あ、一つお伝えするのを忘れていましたが、その水槽の中は塩水になっています。ほら、傷口に塩を塗り込めば早く怪我が治るって言われているじゃないですか。だから、貴方の怪我が出来るだけ早く治る様に態々水槽を塩水にしてあげたのです。これは私なりの優しさですから、感謝してくださいね』


 アメリアはそう言って満面の笑みをヴィクトルへと向ける。だが、口では彼女は優しさだと言うが、客観的に考えればそれはどう見ても優しさには見えない。まさに、傷口に塩という言葉通りに、今の彼は自分の体を喰われた痛みとその傷口にから感じる塩水の痛みの二つの痛みに襲われている。その二つの痛みは、つい先程まで彼が感じていたアメリアの魔術の副作用による頭の痛みの比ではないだろう。


 あまりの痛みで動く事が出来ないヴィクトルの体を喰らおうと再び魚達が体の別の個所へと群がり、また彼の体を捕食する。


『がっ、あああああああああああああああああああ!!!! があああああああああああああああああああああ!!!!』


 自らの体を喰われる度、体を喰われた痛みと塩水の痛みの二重の痛みがヴィクトルを襲う。そして、あまりの痛みで動く事が出来ない彼の体の肉を再び魚が喰らい、その傷口から自身の周囲にある塩水が傷口に浸透するというループが永遠に続く。

 そもそも、この水槽は完全な密室状態となっている為、どう足掻いた所で彼は魚達から逃げる事は出来ないのだ。


『ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!! があああああああああああああああああああああああ!!!!』


 自らの体を襲う二重の痛みにヴィクトルは絶叫を上げる事しかできない。その絶叫は、念話となってアメリアの元へと届いている。


「あはははははっ、あはははははははははははははっ!!!!!! あはははははははっ、あはははははははははははははっ!!!!」


 ヴィクトルが喰われ、絶叫を上げる一部始終を水槽の外から眺めていたアメリアは彼の体が喰われる度、聞こえてくる絶叫にひたすら笑い、嗤い続けた。

 魚達の食欲は絶える事無く、寧ろ食欲が増したかの様に、次々と捕食の速さを増しながらも彼の体を啄む様に少しずつ少しづつ喰らっていく。


「があああああああああああああああああああああ!!!! あっ、あがああああああああああああああああっっっっ!!!!」

『あはははははははっ!!!! ヴィクトル・エステリア伯爵。では、永遠に、永遠に、さようなら』


 そして、アメリアのその言葉を最後に彼の意識が途切れたのか、聞こえてくる念話での絶叫は途絶えた。その後、水槽の中にいる彼の体は骨も残さず、全てが魚達に喰われるのだった。

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