間章二

閑話4 マーシアの末路

 アメリアが最初に行ったファーンス公爵父娘やその取り巻き達、計六人への復讐、その最後の罰として用意された場所である煉獄池。その中には、今も落とされた六人が捕らえられていた。

 この場所に落とされた六人の体はアメリアが施した仕掛けによって、この場所にいる限りは半永久的に朽ちず、変わらず、溺れ死ぬ事も無い様にされている。その為、アメリアが行った復讐からかなりの時間が経過しているというのに、彼ら彼女らは未だに生存しているし、その体や来ている衣服等に大きな変化は見られない。

 だが、それは言い換えれば彼等には死という終わりが訪れず、永久に罰を受け続けるという事に他ならない。そして、もし何らかの不具合で、彼ら彼女らの肉体が滅んだとしても、魂だけでもこの煉獄池に捕えられ続ける事になる様にアメリアは二重の仕掛けを施している。

 今も、或いはこれから先の未来でも彼ら彼女らの体は、只々この煉獄池の中でアメリアが用意した罰を受け続ける事になるのだ。


 そして、それはアメリアを貶めた主犯格でもある、マーシア・ファーンス公爵令嬢も同様だった。


(どうして……、どうしてわたくしがこの様な目に遭わなくてはいけませんの……?)


 この煉獄池の中で、マーシアは『どうして公爵令嬢という高貴な身分である筈の自分がこんな目に遭っているのか』などと、そんな事ばかりを考えていた。


 マーシア・ファーンス公爵令嬢、幼い頃から蝶よ花よと育てられてきた彼女の内面は典型的な『高慢な貴族令嬢』そのものだった。そんな彼女の根底には『高貴な身分である自分は何をしても許される』という考えが根付いている。それこそ、他者を貶めても、その結果として誰かが死んだとしても、自分は高貴な身分なのだから全て許される、そんな考えを当たり前の様にしてしまうのがマーシア・ファーンスという貴族令嬢の本質だった。

 結局の所、彼女はアメリアに行った所業に対して反省するどころか、なぜ自分がこうなっているのかすら本質的な所では理解してはいないのだ。


(アメリア・ユーティス、絶対に許しませんわよ……、わたくしを殺さなかった事を後悔なさい……、この借りはいつか必ず返して差し上げますわ……)


 マーシアは、自分にこの罰を与えたアメリアに対してのもう何度目かになるかも分からない怒りの言葉を心の中で呟いた。彼女は、自身の高すぎるプライドが故に当たり前の様にそんな考えをする。

 だが、彼女の言う借りとやらを彼女に返す事が出来る日は、恐らくこの先の未来でも永久に訪れる事は無いだろう。


 そんな時、もう何度目かも分からぬこの池に渦巻く彼ら彼女らに対しての怨嗟の声がマーシアの元へと届いてくる。


(ひっ、ひぃぃぃぃ!! 聞きたくありませんわっ、いやっ、いやっ、いやっ!!)


 突如、聞こえてきたその怨嗟の声にマーシアは一気に怯え始めた。

 もし、自身が優位な立場にいるならば、聞こえてくる怨嗟の声はある種の優越感を誘うだろうが、この状況はどう考えても自身が優位な立場にいるとは考える事は出来ない。そして、この様な状況で、自身に向けられる怨嗟の声を聞き続けて堪え続けられる程、人間の精神は強固ではない。

 更に言うなら、訓練された兵士ですら、人を殺せばその所業に苦しみ、殺した人間の断末魔の怨嗟の声に恐怖してしまうのだ。マーシアの様な『高慢な貴族令嬢』にこんな状況で聞く怨嗟の声に堪えられる筈も無いだろう。


 先程まで抱いていたアメリアに対しての怒りは一気になりを潜め、マーシアの心の中ではこの怨嗟の声への恐怖心が大半を占める様になる。もう彼女の心の中ではつい先程まで抱いていた筈のアメリアに対しての怒りの念は見る影もなくなっていた。

 もし、アメリアが今のマーシアのそんな内心の変化を知る事が出来るならば、その滑稽さに狂った様に嗤うだろう。それ程までに、マーシアの内心のあまりの変わり様は滑稽に過ぎた。


(誰か、誰か、わたくしをこの場所から解放して……、わたくしはもう耐えられないの……、お願いよっ、誰かっ、誰か助けてっ、誰かぁ……)


 やがて、マーシアは聞こえてくる怨嗟の声に堪えられず、誰でもいいから助けて、とひたすら懇願する様になっていた。だが、彼女のそんな悲痛な懇願は当然の様に誰の耳にも届く事は無かった。


 そして、他の残る五人も程度に多少は違いが有れど、マーシアと似た様な事を考え、同じ様に苦しみを味わっている。彼ら彼女らの思考は結局の所、マーシアと似た様な『高慢な貴族や貴族令嬢』でしかなかった。






 ここに落とされた六人はこれから先の未来でも半永久的にこの煉獄池へと閉じ込められる事になるだろう。たとえその身が滅び、魂だけとなろうとも。それが、罪を犯した彼ら彼女らに対して、アメリアが与えた最後にして最大の罰なのだから。

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