63 第三章エピローグ

 アメリアがネビル達教会の幹部への復讐を終えてから十日が経過していた。彼女は今、エルクタル大聖堂内にある教皇だったネビルが使っていた執務室で一人の男性と向かい合う様に座っていた。


「此度は貴女のご協力に感謝いたします」


 そう言って頭を下げるのはアメリアに向かい合う様に座っている男性だ。彼の名はアルバート司祭、ネビル達への復讐の前に会っていた、今回のクーデターを画策した人物だ。

 彼はあれから今回のクーデターの成功の立役者として扱われているらしく、今現在では臨時で教会のトップという位置付けをされており、今も教会に残る膿出しに奔走している。彼等がクーデターに成功してからというもの、毎日教会で働いている者が行っていた不正の証拠が発見され、当事者が捕まっているらしい。それほどまでに教会の腐敗は末端まで及んでいた様だ。中には、不正の証拠を隠滅して逃亡を図る者までいる始末だそうで、そこにも人員が割かれて、かなりの人員不足に陥っている様だ。彼がこうしてアメリアと面会しているのも彼が上手く時間をやりくりする事で、何とか作り上げた時間であるとの事だ。


「もし、旧幹部の内の誰か一人でも逃していた場合、ここまで上手く事が運ぶことは無かったでしょう」


 彼の言う通り、教会の幹部を誰か一人でも逃していた場合、ここまで上手く事が運ぶことは無かっただろう。

 教会の上層部とこの国の貴族達の癒着は相当なものだった。もし、旧幹部達の逃亡が成功し、この国の高位貴族と接触していた場合、どういった手段で反撃されるか、想像するに難くない。それこそ、接触した高位貴族に働きかけて、彼等が持つ私兵を動員させる事でアルバート司祭や彼に組する反体制側を一掃させていた可能性、或いはそれよりも更に悪辣な手段を取る可能性だってあったのだ。


「頭を上げてください。私が貴方達に協力したのもそちらの方が、都合が良かったからにすぎません。礼の言葉など必要ありません」

「いえ、それでもお礼を言わせてください。貴女の協力が無ければ、今我々がこうしてこの場にいる事すら不可能だったでしょう」


 彼にしてみればその言葉に嘘偽りは無かった。もし、アメリアの協力が無ければ、このクーデターを起こす事すらままならなかっただろう。そして、同じく彼女の助力無ければ、旧幹部達を逃がしていた可能性は極めて高かっただろう。


「……分かりました。その礼は受け取りますから頭を上げてください」


 アメリアにしてみれば、全ては復讐の副産物に過ぎないが、それでもアルバート司祭の言葉に嘘偽りが込められていない事を悟った彼女は、彼の礼を受け取った。


「ありがとうございます」


 そう言うとアルバート司祭は頭を上げた。すると、アメリアはおもむろに立ち上がり、この執務室から立ち去ろうとする。


「では、そろそろ私は行きます」

「っ、もう行かれるのですか!?」

「ええ、貴方も忙しいのでしょう? 私の為に時間を使うぐらいなら、この混乱を収束させる為に時間を使ってください」


 そんなアメリアのその言葉にアルバート司祭は言葉を詰まらせた。アルバート司祭以外のクーデターに協力した者達は、この一件で発生した混乱を収束させる為に今も動いているのだ。アメリアにしてみれば、自分に礼を言う為に時間を使うぐらいなら、もっと別の事に時間を使ってほしいというのが本音だった。

 だが、それでもアルバート司祭はアメリアを引き留めようと無意識の内に口を開いていた。


「待ってくださいっ、何かっ、何か私に出来る事は無いでしょうか!?」


 今の彼ではアメリアの為に何かを出来る訳でも無いし、彼女の復讐を手伝う事も叶わない。それでも、アルバート司祭は大恩あるアメリアの為に何かをしなければ、という一心でその言葉を投げかけていた。


「……でしたら、一つだけ。この教会という組織を、もう二度と自らの私腹を肥やす為だけに誰かの処刑をする様な、そんな者が蔓延る様な組織にする事は無い、とここでお約束ください」

「……分かりました。必ず、必ず、今後二度と教会をそんな組織にしない為に尽力する事をお約束いたします!!」


 そう言って、アルバート司祭は再びアメリアに頭を下げた。彼のその言葉にアメリアは満足げな、しかし悲しみが少しだけ混じった様な複雑な笑みを浮かべて、この執務室から立ち去っていく。アルバート司祭はアメリアの姿が見えなくなるまでひたすら頭を下げ続けるのだった。




 先程までいた執務室から、アメリアはエルクタル大聖堂の中央の正面にある出入り口まで進んで行く。

 途中で通りかかった出入り口のすぐそばにある大聖堂の礼拝堂には今も民衆が集まり各々が祈りを捧げている。その光景は、つい先日教会内でクーデターが起きたとは思えない程、日常的な光景に見えた。

 教会でクーデターが起きたと言っても、教会で働く者ならいざ知らず、普通の民衆にはあまり関係が無いのだろう。後は、先程アメリアが会っていたアルバート司祭達が民衆の動揺を招かない為に、教会内の混乱を表に出さない様に尽力しているのかもしれない。教会は人々の心の拠り所だ。教会が荒れている事を民衆が知れば、人心が乱れかねない。だからこそ、不用意に混乱を招かない為に、教会の混乱を表に出さない様にしているのだろう。


 そんな風に考えながらも、礼拝堂で祈りを捧げる民衆を背にアメリアは大聖堂から立ち去っていく。

 そして、外に出たアメリアは最後に振り向き大聖堂を見上げたかと思うと、その直後、視線を元の位置に戻して、先程までいた大聖堂を背に、街の中へと消えていく。


 アメリアの復讐はまだ終わる事は無い。彼女は進み続け、その歩みを止める事は無いだろう。全ての復讐を終えるその時まで。


「……さて、そろそろ例の仕込みも終わっているでしょう。では、次の復讐の舞台へと赴く事にしましょうか」


 そして、少しだけ悲しげな表情を浮かべたアメリアがパチンと鳴らすと次の瞬間、彼女の姿はその場から消えていたのだった。

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