62 今宵の最終幕
怪物との戦いに勝利した彼等は歓喜の声を上げていた。これで自分達は解放されるのだと彼等は喜びの声を次々と上げていたのだ。
――――パチパチパチパチ……
そんな時、突然聞こえてきたその音の方に彼等が視線を向けると、そこにはその顔に満面の笑みを浮かべながら拍手をするアメリアがいた。
「さて、見事に勝利する事が出来た様ですね。おめでとうございます」
勝者を称える様な言葉を告げるアメリアは自分の用意した敵役となる存在が倒されたというのに落胆の表情を浮かべるどころか、満面の笑みを浮かべている。彼等にしてみれば、何故その様な笑顔を浮かべていられているのか、それが分からず、不穏でしかなかった。
だが、そんな事よりも今は優先して彼女に言わなければならない事が彼等には存在していた。そう、今も縮小を続けるこの場に張られている結界の事だ。
「まずは、一刻も早くこの結界を止めろ!!」
「ええ、分かっていますよ」
そして、ネビルの言葉に答えたアメリアがパチンと指を鳴らすと闘技場に張られていた結界の縮小が停止した。結界の縮小が止まった事で戦いは終わりなのだと安堵する。
「さて、と。貴方達が捕食されていく様子はどんな演劇や歌劇よりも素晴らしい物でした。特に貴方達の無様な姿はとても滑稽で滑稽で堪りませんでしたよ。あはははっ」
アメリアのその言葉はまるで素晴らしい歌劇を見た観客が、演者を褒め称える様な事を彷彿とさせるものだった。
彼女のその言葉に彼等は少しだけ苛立った様な表情を浮かべるが、それを言動に出す事は無かった。
「だが、我々は勝った、生き残ったのだ。約束は守ってもらうぞ」
「ええ、確かに貴方達には私の提示する条件を満たすことが出来れば、貴方達を解放するとお約束いたしました。勿論、約束は守るつもりです。ですが、少し思い出して欲しい事があります。あの時、あの貴方達を解放する為の条件を言った時、私はなんと言いましたか?」
アメリアのその言葉にネビル達は少々困惑した。彼女が何故今更そんな事を言うのか、それが分からなかったからだ。同時に、彼等は何故だかアメリアのその言葉に不穏なものを感じ取っていた。
「我々が勝利出来れば、我々全員を解放する。あの時にお前はそう言った筈だろう」
「……ええ、確かに私はその様な事を言いました。ですが、それは正しい言葉ではありませんよ。もっと正確に思い出してください」
「正確に、だと?」
「ええ。正確に、一言一句間違いなく、です」
アメリアのその言葉で、彼等は彼女があの時何を言ったのかを思い出そうとする。だが、彼等はどれだけ考えても、あの時、アメリアが言った言葉を正確に思い出す事が出来なかった。
そして、何時まで経っても答えないネビル達に対してアメリアは一度溜め息をついた後、口を開く。
「……覚えていない様なのでもう一度言ってあげましょう。私はあの時こう言いました。『私の用意する相手、全てに勝つ事が出来れば、貴方達を解放する事をお約束いたします』、と」
アメリアはその言葉の中で『全て』という単語を妙に強調した。
「全て……?」
全て、彼女が強調したその単語がネビルの脳内で妙に引っかかった。『全て』という言葉はたった一体に対して使う言葉ではないだろう。もし、その言葉を使うのならば複数の存在を指している場合だけだ。
そこまで考えて、ふとある事に思い至った。
(まて……、まてまてまてっ、アメリアは相手が一体だとは一言もっ!!)
そんな思考を巡らせていく内にネビルの表情には徐々に焦りの色が混じっていく。そう、アメリアは只の一言も戦うべき怪物が一体だけだとは言っていないのだ。
そして、彼の様子から、アメリアはネビルが答えに到達しかかっている事を悟り、口元を歪ませる。
「まさか……、まだ終わりではないというのか……!?」
「あはっ、あはははっ、そう、そうです!! 今迄の戦いは所詮前座、前哨戦程度なのです!!」
「なあっ!?」
それを聞いたネビルはその表情に憤怒を浮かべて、アメリアを睨みつける。その視線は並の少女なら臆して動けなくなる程の恐ろしさを感じさせる視線だったが、彼女はその視線を受けても平然としていた。それどころか、アメリアの表情には暗い嗤いの笑みが浮かんでいた。
「きさっ、貴様っ、騙したなっ!!」
「騙す? あはっ、人聞きの悪い事を言わないでください。私がいつ貴方達を騙したのですか?」
そう、アメリアは一切の嘘偽りを言っていない。彼等がもっと注意深くアメリアの言葉を聞いていれば、気が付けた筈の事である。全ては、怪物を一体倒す事が出来ればアメリアの提示した条件を満たせるのだと早合点した彼等に責があるのだ。
だが、彼等がその点に気が付けなかったのも無理はないだろう。アメリアは最初に自身への恐怖心をネビル達に植え付けた事で、彼等の視野を狭くし、その事を気付かせにくくしていたのだ。だからこそ、彼等はアメリアの言葉に隠された彼女の真意に気付く事が出来なかったのだ。
「もう一つだけ言わせてもらうなら、もしその事に気が付けた者がいたなら、その点を指摘した者だけはとりあえずこの場では見逃してあげてもいいとまで私は考えていたのですよ? そこに気が付いておけば、戦わずに解放されたというのに……、哀れですね」
まあ、アメリアはその場合であってもその見逃した者には別の地獄を見てもらう予定だったりするのだが。
「さて、貴方達が一度の勝利を収めた事で、今宵の舞台も佳境を超え、遂に最終幕を迎えました!! この舞台の最後幕、今こそその幕を下ろしましょう!!」
その直後、アメリアが右手を横に一度振うと、闘技場の地面には多数の魔法陣が彼等全員を取り囲む様に現れた。その数はおおよそ十近い数である。
「……っ、この魔法陣はっ、まさかっ!?」
ネビルは地面に現れた魔法陣を目にした途端、今迄浮かべていた憤怒の表情から一変、何かに恐怖するかの様な表情へと変化する。
「まさかっ、まさかまさか、まさかまさかまさかっ!!」
その魔法陣が何を意味するか、ネビル達は悟ってしまったのだろう。彼等が浮かべる怯えた表情を見たアメリアは歪んだ笑みを浮かべる。
「やめっ、やめろっ、やめろやめろやめろおおおおおおおおおおおお!!!!」
「お断りです」
ネビルの必死の叫び声をまるで考慮した様子も見せないアメリアが指をパチンと鳴らすと、闘技場の魔法陣が輝きを放ち始める。
そして、次の瞬間、その十近い魔法陣の全てから、先程彼等が倒した怪物と酷似した存在が現れていた。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああ!!!!」
先程の怪物一体を倒すだけでも、彼等の内の三割程が犠牲になったのだ。その怪物が今度は先程の十倍以上の数がこの場にいる。それは彼等の心を圧し折るには十分すぎる程の数だ。
一度は勝利した事で解放されるという希望を持ち、その希望を目の前で圧し折られ、更に先程の十倍近い数の怪物が目の前に現れた事による彼等の絶望は計り知れないものがあるだろう。
だが、アメリアはそれこそを待っていたと言わんばかりに呼び出した怪物たちに命令を下した。
「さぁ、行きなさい」
アメリアがそう告げると怪物達は叫び声を上げながら、一斉に目の前にいる獲物である人間達に襲い掛かっていく。だが、彼等には最早抵抗しようとする気力すら失せていた。彼等に出来るのは必死に逃げ回る事だけだった。
「いやだっ、いやだああああああああああああああああああああああ!!!!」
「死にたくないっ、死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
必死に叫び声を上げながら逃げ回るが、それで事態が何か変わるわけでも無い。
「があああああああああああああああああああっ!!!!」
「もうっ、もういやだああああああああああああああああああ!!!!」
「誰かっ、だれか助けてくれええええええええええええええええええ!!!!」
怪物達は必死の叫び声を上げ、逃げ回る彼等の体を押さえつけて、その四肢と頭部を次々と捕食していく。怪物達がアメリアの命令に従って彼等を襲い始めてから数分後には教皇であるネビルを残して全滅してしまっていた。
「くっ!!」
最後に残った教皇ネビルだけは捕食されまいと必死に抵抗するが、彼も十近い怪物に襲われたのではどうしようもない。怪物達はネビルの四肢を次々と捕食していく。
「がはっ!! 痛い痛い痛い痛いっ!! があああああああああああああああああああああああああ!!!! 嫌だっ、嫌だっ、死にたくないっ、があああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
ネビルの悲痛な叫び声がこの場に響き渡るが、この場に残る誰もがその叫び声を慮る存在はいない。
そして、アメリアは未だに怪物に捕食されていないネビルの頭部に視線を向けて最後の別れの言葉を告げた。
「では、永遠に、永遠にさようなら」
その直後、怪物の内の一体がネビルの残った頭部を一気に捕食する。この場に響き渡るのは、怪物が自ら喰らった獲物を咀嚼する音だけだった。
そして、復讐を終えたアメリアは転移魔術を使いこの闘技場を後にする。後に残ったのは、得物を全て喰らい尽くした事で、今度は共食いを始めた怪物達と、闘技場の舞台一面に広がっている真っ赤な血溜まりだけであった。
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