61 奮戦

 怪物とこの場に捕えられた教会の幹部たちとの戦いが始まる。傍目から見れば、片方は高い再生能力を持ち、人を食らう存在。もう片方は長い間、権力の座に着いている傲慢な権力者だ。普通に考えれば、傲慢な権力者は謀略に長けているが、戦いに関しては素人であり、呆気なく勝敗が決してしまう、そんな風に想像する事だろう。


 だが、しかし、そうはならなかった。彼等の戦い方は全くの素人では無く、ある程度の訓練を積んできた兵士を思わせる様な戦い方をしていたのだ。


 彼等は全員が教会のトップや幹部といった高位の地位にある者達だ。だが、権力を持つという事はその権力を狙う者達に命を狙われる可能性があるという事でもある。しかし、彼等は並の貴族程度なら優に凌ぐ程の権力を持っているが、貴族という立場ではない。その為、彼等は国の法により大規模に私兵を抱える事を禁じられている。更には、昔の教会では権力闘争の果てに暗殺が横行していた時代もあった事から、教会では一定以上の地位に就く者はいざという時の為に護身術、或いはその延長として戦闘に関する技術をある程度習得する事が推奨されていた。

 最前線で戦う歴戦の騎士や兵士程の強さとまでは流石に行かないが、全くの素人や軍に入りたての新兵相手ならば完勝する事は難しくない程度には戦えるだろう。


 しかし、幾ら彼等が戦いに関して素人ではないと言ってもあくまでそれは技術面の話だ。戦いにおいて重要な要素の一つである戦闘経験といった実戦で得られるものは皆無に等しかった。その理由は、彼等が戦闘に関する技術を学んできたのはそもそもが護身の為だからだ。彼等にしてみれば護身のための技術を身につける必要はあっても、実戦経験といった物は必要なかったのだ。

 その為、彼等は戦いに対する恐怖心を拭う事は出来ておらず、戦いに対する心構えも殆ど身に付けてはいない。

 だからこそ、戦いの中で起きる想定外の事態にはかなり弱く、いまも彼等の中には怪物に対する恐怖心が渦巻いていた。

 それでも、戦うしか生き延びる選択肢がない以上、彼等は自らが持てる全てを使い果敢に怪物と戦い始める。


「行くぞっ!!」


 今迄の行動から怪物の知能はそこまで高くない事は容易に推測出来た。その為、彼等は対野生動物の戦い方をなぞる事にした。

 その直後、数人の男が怪物の周囲を取り囲んだ。そして、その男達は時間差を付けながら怪物へと攻撃を加えていく。一方の怪物は、多対一というこの状況に対して、個別に応戦する。そして、男達も怪物の攻撃を上手く防ぎながらも応戦していた。だが、彼等は怪物の注意を引く為の囮だった。


「今だっ、やれっ!!」


 怪物の注意を引く男達の内の一人がそう叫ぶと、一人の槍を持った男が手に持った槍を構えた。その男にしてみれば、今の怪物は他の事に気を取られて隙だらけの状態だった。囮が敵を引き付けているその隙を突き、本命の人間が攻撃を加える。典型的な戦い方であり対人相手ならば殆ど意味を成さない戦い方だろうが、その分知能が低い存在に対しては有効的であると言える。


「もらったっ!!」


 そして、その隙から突き出された槍の穂先は怪物の腹に埋め込まれている宝玉へと一直線に向かっていく。


「なっ!?」


 だが、その槍が宝玉に直撃したその直後、彼等はその顔に驚愕の表情を浮かべる事になる。怪物に埋め込まれた宝玉は彼等の予想よりも遥かに堅牢だったのだ。槍の穂先は見事に宝玉の中心部に直撃していたが、その宝玉には槍による傷らしきものが少し入っただけで、それ以上の変化が訪れる事は無かった。


「くっ!!」


 宝玉にダメージが殆ど通っていない事が分かった男は慌てて槍を引き戻す。その直後、怪物はその口から粘性の液体の様な物をその男の顔に目掛けて勢い良く放った。


「うわっ、な、なんだ!?」


 それは一瞬の出来事で、自分に何が起こったかを正確に把握できなかった男は顔に何かが掛かった事だけが分かり、それを必死に拭おうとするが、その隙を怪物が逃す訳がない。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 顔に掛かった何かを必死に拭おうとする男に対して怪物は自らの爪を勢い良く振う。その爪の一撃は運悪く男の胸部へと直撃して心臓までもを傷つけていた。その男はバタリと地面に倒れ込むが、間違いなく即死だろうという事は素人目にも分かる程の酷い状態だった。


「……っ、ラスタっ!!」


 誰かが「ラスタ」という名前を叫んだ。恐らくは、それが先程死んだ男の名前だろう。だが、ラスタという新たな犠牲者が出たとしても彼等には逃げる事も許されていない。彼等の後ろには少しずつアメリアの張った結界が迫っているのだ。それは、今も少しずつだが小さくなっている。時間を掛ければ掛ける程、不利な状況へと陥るだろう。

 だからこそ、彼等は一刻も早く怪物の核となっているであろう宝玉を壊そうと奮闘する。


「ぎゃああああああああああああああ!!」

「あがあああああああああああああっ!!」


 しかし、その間にも一人、二人と犠牲者は増え続ける。その犠牲者の数々は彼等の心の内に今も渦巻く恐怖心を更に煽っていく。そして、その結果、遂に戦う事を放棄してこの場から逃げ出そうとする者まで現れた。


「もうっ、もう嫌だあああああああああああああ!!」


 そんな声を上げた男は自らの仲間だった者達を次々とその腹へと収めていく怪物への恐怖に耐えかねたのだろう。持った武器を手から離し、怪物に背を向けて、この闘技場から逃げ出そうとした。


「おいっ、馬鹿っ、止めろっ!!」


 彼等の内の一人が逃げ出そうとする男を止めようと声を荒げる。それも当然だ。この闘技場の周囲にはアメリアが用意した結界が張られている。その結界はこの場から逃亡しようとする者を逃がさずに殺す為の物だ。

 だが、逃げ出そうとする男にはその制止の言葉は耳には届かなかった。その男は「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいっ!!」などという豚の叫び声を彷彿とさせるような滑稽な叫び声を上げながら、結界の事など忘れてしまったかの様に闘技場から逃げ出そうとする。


「がああああああああああああああああああああ!!」


 だが、その男の体が闘技場を覆う様に展開されたアメリアの結界に触れると当然の様に断末魔の声を上げながら灰も残さず消滅してしまった。


「……っ」


 その消滅の光景を目の当たりにした残りの者達は、改めて自分達には逃げる事が許されていない事を思い知る。そして、自分達が生き残る方法はただ一つ、目の前の怪物を倒す事だけなのだという事を改めて思い直した。


「っ、行くぞっ」


 そして、彼等はあの宝玉を壊す事が唯一の活路であると信じて、必死に宝玉へと攻撃を加えていく。だが、幾ら攻撃しようとも宝玉には表面に少し傷が入る程度で、それ以上の大きな変化は訪れない。

 それでも、これが自分達に残された唯一の活路なのだと信じている彼等は怪物の腹に埋め込まれた宝玉だけを狙い攻撃を続けるのだった。




「くそっ、どうして我々がこんな事をしなくてはならんのだ!?」


 そう言うのは彼等の内の一人だ。彼等にしてみれば自分達は権力者、戦いなどは騎士や兵士がするもので、権力者である自分達がする事ではない。だというのに、なぜ権力者である自分達がこんな事をしなくてはならないのかと憤っていた。


 それでも、彼等が怪物に立ち向かっているのはそれしか道が無いからだ。もし、この場から逃げ出す事が出来るのならば、彼等はこんな危険な事などせずに、すぐさま逃げ出しているだろう。だが、先程あの結界の犠牲者となった男の末路の一部始終をその目に収めた事で、自分達が生き残るには戦うしかないのだという覚悟を彼等は固めるしかなかったのだ。


 しかし、彼等が戦いの覚悟を決めたからといっても犠牲者は更に増えていく一方だった。アメリアの張った結界が彼等の背後から少しずつ近づいてくる以上、あまり時間を掛けてはいられない。その為、彼等の戦い方は短期で決着を着けようとするあまり、次第に防御を軽視した攻撃一辺倒な物になっていた。その傾向は、あの結界の犠牲者が出てから、更に顕著なものへとなっている。それ故に、怪物の犠牲者の数は時間と共にその数を増やしているのが現状なのだ。だが、防御を重視し、戦いに時間を掛ければ、今度は後方からアメリアの張った結界が迫ってくるだろう。

 それは、さながら、蜘蛛の糸に捕えられた被捕食者の様な有り様だ。もがけばもがくほど深みに嵌っていく。かと言って、そのまま何もしなければただ捕食されるのを待つのみだ。


「いやだっ、いやだっ、死にたくない、死にたくない!! ぎゃあああああああああああああああ!!!!」

「っ、またかっ!? これで一体何人目だ!?」

「くそっ、くそっ、まだあの宝玉は壊れないのか!?」


 彼等が、宝玉に攻撃を加えた数も十数回を超え始めている。だというのに、宝玉の表面に多数の傷跡がハッキリと残ってはいるが、壊れそうな気配は全く見せない。

 犠牲者の数は既に彼等の内の三割といった数まで増え始めていた。すると、怪物は今まで殺したが死体が残っている者達の元まで近づいていく。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 そして、怪物は大きな叫び声を上げたかと思うと、腹が減っているのか新たに殺された彼等の仲間を捕食しようと大きく体を動かす。だが、瞬間だった。なんと、彼等を率いるネビルは怪物の懐へと飛び込んだのだ。彼は懐に飛び込んだ直後、その手に持っていた剣を勢い良く横に一閃する。


「これでっ、どうだっ!!」


 その一撃はネビルにとって、人生で一番とでも言ってもいい程の鋭さを持った渾身の一閃だった。それは、この極限の状態によって引き出された彼の持っている限界を超えたものでもあった。


 そして、そのネビルの一閃によって遂に彼等の今迄の犠牲と努力が実る時が訪れる。


 ――――パキッ……


 そんな音と共に怪物の腹に埋め込まれている宝玉に大きな罅が入る。その罅はやがて宝玉全体へとまるで植物が地面に張る根の様に広がっていく。そして、罅が宝玉全体へと行き渡ったその瞬間、埋め込まれていた宝玉が、コトッ、という音と共に地面へと落下した。

 そして、落下した宝玉は地面に接触した直後、その衝撃からか、パリィィィン、という音と共に跡形もなく、完全に砕け散った。


「グッ、グギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァ…………」


 自らの核を失った怪物は本能からか、自身の消滅がすぐそこに迫った事を悟り、断末魔の大きな叫び声を上げた。やがて、自身の核となる宝玉を失った事で怪物の肉体は急速に崩壊していき、やがて塵芥へと変わりながら、この世から消滅していった。


「やった、やったぞ!!」

「勝ったっ、勝ったんだ!!」


 そして、怪物が完全に消滅した事を確認した彼等は一往に歓喜の声を上げるのだった。




「ふふっ、ふふふふっ……」


 だが、観客席にいるアメリアは自分の用意した処刑役である筈の怪物が倒されたというのに、残念そうな表情を浮かべる事も無く、悲嘆にくれる事も無い。それどころか、只々不気味な笑みを浮かべている事を、勝利の喜びに浸る彼等は知る事は出来なかった。

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