50 密会

 人々が眠り耽る真夜中、エルクート王国の王都のとある家屋で二人の男女が密談を始めようとしていた。彼等は互いに向かい合う様にソファーに座っている。一人はボロ外套を身に纏った男性、もう一人は銀色の髪をした見目麗しい女性だった。


「初めまして、というべきでしょうか」

「貴女があの手紙の差出人ですか?」

「ええ、その通りです。では、自己紹介と参りましょうか。……と言っても貴方には私が誰なのか、分かっているようですが」

「ええ、顔を見た瞬間に分かりました。エルクート王国の王太子の元婚約者、アメリア・ユーティス侯爵令嬢ですね。まさか、貴女が手紙の差出人だとは想像もしていませんでしたよ」

「そして、貴方はアルバート司祭、教会きっての良識派と名高い人物ですね」

「……僕の事をよくご存じのようですね。その通りです」


 アメリアと対面して座っている人物、アルバート司祭。彼は教会の中でも所謂、良識派とでもいうべき人物であり、腐敗する上層部を正そうという思想を持っている人物だった。だが、そんな思想を持っていた為にある時から教会上層部に疎まれ、それ以降は各地の教会支部を転々とする日々を過ごす事になってしまったのだ。

 その後は、教会の支部で飼い殺しになりながらも地下で同じ思想を持った同志達と力を蓄え、いつの日か教会を変える事を願う日々を過ごしていた。


 そんな時、彼の元に一通の手紙が届いた。その中には教会のある不祥事の証拠も同封されていた。その不祥事の証拠に驚きを隠せなかったアルバートが手紙を読むと、手紙の差出人は更なる不祥事の証拠を多数持っている事、それを提供しても良い事、その為に貴方と取引がしたいという事等が記されていた。

 それに驚いたアルバートは、慌てて手紙に記された取引場所であるこの家屋に来る事になったのだ。


 そして、アメリアはディランの別荘で見つけた不祥事の証拠の数々を何処からか取り出し、二人の座るソファーの前にある机の上に置いた。


「これが……」

「ええ、貴方の求めている教会の不祥事の証拠の数々です。私の提示する条件を飲んでくだされば、これらを貴方に提供しましょう」


 それらを目にしたアルバートは思わず息を飲んだ。それも仕方がないだろう、アルバートが今迄手に入れる事が出来なかった教会の不祥事の証拠が目の前にあるのだから。


「ですが、取引を始める前に一つだけお聞かせください。貴方は教会をどう変えるおつもりですか? その答え次第では取引そのものを無かった事にするつもりです。だからこそ、正直にお答えください」

「……今の教会は腐りきっています。国との癒着も酷く、証拠を然る場所に提出したとしても、握り潰される事は目に見えています。だったら、もう力尽くでも無理矢理に教会を変えるしかない。そうしなければ、変える事が出来ない。それが僕の考えです」


 アルバートはもう力尽くでしか教会を変えられないと考えていた。それ程までに、彼は上層部に辛酸を舐めさせられ続けていた。だが、彼の同志達の中には穏健派や強硬派という派閥が存在していた。彼等全員が腐った上層部の一掃という思想を持ってはいたが、穏健派は対話を以って上層部の一掃を、強硬派は力を以って上層部の一掃を、という風にその思想には多少の違いが存在していたのだ。その考えの違いが原因で、今迄の彼等は中々行動に移す事が出来なかった。

 だが、アメリアの持つ無数の不祥事の証拠は間違いなく彼等の中にある派閥の垣根を超えて、力尽くで上層部を一掃しようという意見に傾くだろう。彼女が持っている証拠にはそれだけの力があった。

 そして、彼等の蓄えてきた力を結集すれば、間違いなく教会の上層部を一掃できる筈だ。彼等には自分達がそれだけの力を蓄えてきたという自信があった。


 アルバートのその答えを聞いたアメリアは満足げな表情を浮かべる。


「いいでしょう。貴方は私が満足する答えを出してくださいました。では、これから取引を始めましょうか」


 その言葉を聞いたアルバートは、表情を固める。取引と言うからにはアメリアも何かの条件を提示してくるのは間違いない。それが、何なのか、受け入れられる事なのかを見極めなければならないからだ。


「さて、貴方にこれらの証拠を提供する為に私が提示する条件はたった一つです」

「一つ、ですか?」

「ええ、その条件とは上層部の身柄です。私は貴方達が行動を起こす日に、先んじて上層部の面々の身柄を確保するつもりです。その処遇を私に一任していただきたいのです」

「……何故、貴女が上層部の身柄を欲しがるのですか?」

「それはもちろん言うまでもありませんよ。全ては私の復讐の為です」

「復讐? 貴女の復讐の噂は僕も知っていますが、教会の上層部を狙う動機は何なのですか?」


 だが、アメリアはアルバートのその言葉に答えを返す事は無く、彼女は一つの書類をアルバートに差し出した。それはアメリアの魔女裁判の一件の全てが記されている書類だった。アルバートは、差し出された書類を手に取り、読み進めるにつれて顔を顰めていく。その内容を考えれば、アメリアが上層部の面々に復讐しようという動機が十分に理解できた。


「……っ、この、内容は……」

「これで分かっていただけたでしょう? 私の復讐の動機が」

「……はい。ですが、何故身柄を要求するのですか? 我々が教会を変える事が出来れば、上層部の者達は教会から一掃されるでしょう。全ての罪が白日に晒されれば、その大半が処刑される筈です。僕達もそれに全力を使う予定です。それでは駄目なのですか?」

「それでは意味がないのです。私が私自身の手で止めを刺さなければ、意味がないのですよ。そうでなければ私の内に渦巻くこの復讐心は晴れないのです」

「……っ」


 アメリアのその静かだが、堅い意思が込められたその言葉から感じ取れる底なしの憎悪、その一端を垣間見たアルバートは思わず顔を歪ませてしまった。


(復讐はよくない事だ。復讐は更なる復讐を生む、だからこそ誰かが何処かで止めなければならない。よく聞く言葉だが、それを彼女に言う資格が僕には、ない)


 普通に考えれば、復讐という愚かな行為を止める様に言うのが当たり前なのだろう。そんな悲しい事は今すぐ止めるのだと言うべきなのだろう。

 だが、アメリアは教会の上層部の腐敗の被害者だ。アルバートにしてみれば、今迄教会を変える事が出来ず、アメリアの様な被害者を生んでしまった事は自分達の罪でもある様にも感じられた。そんな自分達にはアメリアに復讐を止める様に言う資格は無い気がしていた。


 そして、アルバートは悩んだ末に一つの答えを出した。


「……いいでしょう。貴女の提示した条件を飲みましょう」

「……貴方の仲間達と相談しなくてよいのですか?」

「ええ、貴女の様な被害者を生み出さない為にも一刻も早く上層部を一掃しなければならない。同志達と相談している時間すら、僕にとってはもう勿体無いのです。貴女から頂く証拠を使って、貴方の提示した条件を受け入れる様、同志達を説得します」

「では、取引成立ですね」


 二人は取引が成立した証として、立ち上がり握手をする。そして、アルバートはアメリアから渡された証拠の数々を懐へと抱え込んだ。

 だが、アルバートはそれらの証拠を受け取った直後、突然に頭を下げて謝罪を始めた。


「アメリア・ユーティス様、申し訳ありませんでした」

「……何故、突然あなたが謝るのですか……?」

「もし、我々がもっと早く教会を変えていれば、魔女裁判などという出来レースに巻き込んでしまう事は無かった。貴女が教会に復讐しようとは思わなかったでしょう。本当に申し訳ありません」


 アルバートにはアメリアの復讐を止める資格は無い。だからこそ、せめて今迄行動に移せなかった事を謝罪した。それだけが、彼が今のアメリアに出来る唯一の事だったから。


「……貴方に謝ってもらう必要はありませんが……」

「ですが、それでも謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」

「……分かりました。頭をお上げください。その謝罪をお受けいたします」

「…………謝罪を受け入れてくださり、ありがとうございます。では、同志達と今後の話し合いの予定がありますのでこれにて失礼いたします」


 アルバートは、アメリアにもう一度頭を下げて、慌てた様子でこの場所を後にする。そして、アメリアもアルバートが去った後、この家屋を出て街の中へと消えていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る