49 伝わる急報
「教皇猊下、お忙しいところ失礼いたします!! 至急お伝えしたい事がございます!!」
突如、そう言いながら、明らかに高位の者であると分かる身なりをした男が二人のいる執務室へと飛び込んできた。
それに対して、ネビルは飛び込んできた男に苛立った様な目を向けた。それも当然だろう、ノックも無く突然、この執務室に飛び込んできたのだ。飛び込んできた男がネビルに無礼だと捉えられても仕方がないだろう。
「どうした、ライアン。私はまだ執務が残っているんだ。侍女もいる。話なら後にしてくれ」
しかし、ネビルにライアンと呼ばれた男は無礼と捉えられても、一刻も早く伝えなければならない用件があった様だ。
「それどころではありません!! 実は……」
だが、ライアンはそこで言葉を止め、ネビルの横にいる侍女へと目を向けた。その視線は、無関係の侍女がいるこの状況では話は出来ない、と言っている様だった。
ネビルも流石にライアンのその慌てた様子から何かを悟った様だ。ライアンのその視線の意味を理解したネビルは侍女へと顔を向けて口を開いた。
「……君、私は彼と話があるから、もう戻りなさい」
「……はい、それでは失礼いたします」
そして、侍女はネビルの言葉に従う様に頭を下げて執務室から退出していくのだった。
侍女が退出したのを確認したネビルとライアンの二人は改めて向かい合った。
「それで、ライアンよ。そこまで慌てているのだ。余程の事が起きたのだろう?」
「はい、その通りです」
そして、ライアンは一度間を置いた後、意を決した様に口を開いた。
「実は……、つい先程入って来た報告なのですが、何でもあのディランの屋敷が突然の地震で崩壊してしまったらしいのです」
「……は?」
ライアンの言葉にネビルは思わず呆けた様な声を上げていた。ネビルにしてみれば全く想像していなかった話だったからだ。だが、そんな事をお構いなしにライアンは報告を続ける。
「更に、屋敷の崩壊後からディランは行方不明との事。その事から屋敷の崩壊に巻き込まれ、瓦礫の下に埋もれている可能性が非常に高いとの事だそうです」
「ちょっと待て。一度、整理させろ。ディランの屋敷が地震で崩壊し、ディラン本人も行方不明、だと?」
「はい、その通りです」
「……それは、本当に確かな情報なのか?」
「ええ、詳細な報告はまだ入ってきてはおりませんが、ディランの屋敷の崩壊とディランの行方不明は確実なようです」
ライアンの返事を聞いたネビルは思わず溜め息をつき、眉間を摘んだ。屋敷が崩壊して、その直後から行方不明となれば十中八九屋敷の崩壊に巻き込まれて今は瓦礫の下に埋まっているのだろう。そうなればディランの生存の確率は限りなく低い。二人はディランの事をもう死んだものとして扱う事にした。
「まさか、ディランがこのタイミングで事故死になるとはな……」
「ええ、我々も全く想定外でした……」
彼等もいずれはディランを切り捨てるつもりだったが、それはもう少し先の予定だった。一応、ディランは事務局長という役職にいた。切り捨てるにしても、多かれ少なかれ調整をしなければ混乱が発生する。その為、彼等はこっそりと後任の調整をした後に切り捨てるつもりであったのだ。
だからこそ、突然いなくなった事は彼等にとっても想定の範囲外であった。
「ディランが死んでしまったからには、先日の会議の件に支障が出るのでは……?」
「……いや、逆に好都合だ。死人に口なし、奴にはこのまま罪を被ったまま永遠に眠ってもらう事にしよう」
「なるほど……」
死んでいるなら、そちらの方が彼等にとっては好都合だ。ネビルが言っていた様に、死人に口なし。もし生きていたなら、アメリアに余計な事を言いかねない。ならば、最初から死んでいた方が彼等にとっては好都合だったのだ。
彼等もディランに全ての罪を被ってもらう様に根回しを続けている。それを少し調整するだけで、問題は無くなるだろう。
「しかし、こんなタイミングでディランが死亡するとは……。これもまさかアメリアの仕業だとでもいうのか?」
「……流石にそれは無いでしょう」
「そう、だな……」
ネビルは先程の自分の言葉をやはりバカバカしかったと一蹴する。流石にアメリアでも貴族の屋敷を崩壊させるほどの地震を起こすことが出来るとは思えない。
もし、仮にアメリアがディランの屋敷の崩壊に関わったとしても、何故最初に彼を狙ったのかが分からない。普通に考えれば、ディランの様な小物では無く、最初は教会の幹部である自分達を狙おうとするだろう。彼等はそう考えていたからこそ、ディランに全ての罪をなすり付けようとしていたのだ。
結局、彼等はディランの死を只の事故だと判断していた。
「しかし、ディランが死んだとなると後任の事務局長を早急に任命しなくてはなりませんね」
「そうだな、事務局長のポストを欲しがるものは案外多い。特にディランがあの地位を使って膨大な富を得ていた事を知っている者はそれがより顕著だろう。その中の誰かに事務局長のポストを与え、ディランの後任を担って貰おうか」
「そして、いざという時は事務局長のポストを与えた者に……」
「ああ、その通り。その者には、我々の利益の為に役立ってもらうのだ」
そして、執務室にいる二人は「クククッ……」という笑い声を上げるのだった。
一方、先程まで執務室にいた侍女は、扉の外側で自分の顔をネビルに見せずに済んだ事に安堵の表情を浮かべていた。
「ふぅ、危なかったですね。まさか、あの男があそこまで頑なに顔を見せろと要求してくるとは思ってもいませんでした」
そう呟いた侍女は再び溜め息をついた。彼女は顔を見せろと言われた時の対策として、髪で隠している頬に古傷がある為に顔を見せたくない、という言い訳を用意していた。だが、ネビルがそれを無視して顔を見せろと要求してくるとは、流石に想定していなかったのだ。顔を見せなくてはならない直前で、ライアンが執務室に飛び込んできた事は彼女にとって僥倖以外の何物でもなかった。
「しかし、彼等も愚かですね。私が既に全てを知っており、教会の本部であるこの大聖堂に侍女として入り込んでいる事にさえ気が付いていないのですから。」
そう、侍女は執務室の扉の前で彼等の会話を盗み聞きしていた。彼女はその会話を聞いた上で、執務室内にいる二人の事を愚かだと断じていた。
「まぁ、顔を見せろと言われた時は流石に焦りましたね。……さて、一刻も早く準備を進めましょうか」
そして、その侍女は室内で行われている会話の全てを聞き終えた後、口元に不敵な笑みを浮かべながら、執務室の扉の前から立ち去るのだった。
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