43 少女達の復讐
「貴女達、この男に復讐したくないかしら?」
突如として告げられたアメリアのその言葉に少女達は息を飲んだ。それを知ってか知らずか、アメリアは言葉を続ける。
「貴女達がこの男に味あわされた痛苦、それをこの男に返したくはない?」
「なっ!?」
「それ、は……」
アメリアのその提案に、ディランは驚きの声を上げ少女達は言葉を詰まらせた。少女達にしてみればディランは自分達を暴力で支配してきた支配者だ。彼女達の精神は完全にディランに屈服してしまっている。だからこそ、急にそんな提案をされても簡単に答えを返すことが出来なかった。
因みに、こんな地下牢に入れられていたのだから、少女達は弱っていると思われがちだが、実は彼女達の健康状態や体力面に関してはかなり良好だった。
その理由は簡単だ。ディランが少女達を長く楽しむ為である。アメリアが現れる前にディランが言っていた通り、少女達が死んでしまうのは彼にとっては興醒めになってしまう。もし、体力が衰弱していると加虐嗜好を満たすときに死ぬ可能性が高くなってしまうだろう。
ディランにしてみれば、暴力を加える事は本意であっても、殺してしまう事は本意ではない。あくまで、加虐嗜好を持っているだけで、殺人願望を持っている訳では無いのだ。
もし、殺してしまえば死体の処理や追加で別の少女を補充しなければならない事等、面倒な事が山積みになる。だからこそ、ディランは少女達の健康面や体力面には注意を払っていた。それでも、ディランの手によって何人もの犠牲者が出ている事が、彼の加虐嗜好がどれだけ苛烈であったかを物語っているのだが。
「大丈夫よ。ほら、あの男を見てみなさい」
アメリアは少女達を促すような口調でそう言った。彼女の目線の先には、鎖で縛られ地面に這いつくばったままのディランがいる。
「鎖で縛られて動けないあの男に何か抵抗が思うとできるかしら?」
「……っ」
「だからこそ、後は貴女達が選ぶだけよ。私は何も強制はしない。もし、それを望まないというならこの地下室から出て上の屋敷で待っていなさい。だけど、復讐を望むのなら……」
そこでアメリアは言葉を区切り、パチンと指を鳴らす。すると、少女達の目の前には彼女達が扱いやすいであろう短剣が無数に現れた。
「もし、貴女達がこの男への復讐を望むのならその短剣を手に取りなさい。その短剣を以ってあの男に貴女達の望む罰を与えなさい」
だが、少女達の反応はどうにも鈍かった。少女達にしてみれば、ディランは自分達を暴力で支配していた支配者だ。彼女達の奥底にはディランへの憎悪の心は確かに存在する。だが、そんな相手に復讐できると言われても、心が追い付いていないのだろう。
そんな中、捕まっていた少女達の一人であるマイは未だに答えを出せない他の少女達よりも先にアメリアが用意した短剣が置かれている場所まで歩んでいく。
「マイ、貴女は復讐を選ぶのね?」
「はい」
そう告げるマイの表情は真剣そのものだ。マイの言葉を聞いたアメリアは他の少女にも声を掛ける。
「貴女達はどうするのかしら?」
「…………私、も!!」
「わたしもやります!!」
マイのその行動がきっかけになったのか、答えを出せていなかった他の少女達も次々とアメリアの言葉に返事を返して、彼女が用意した短剣の元まで歩んでいく。
そして、少女達がアメリアの用意した武器の前に立った直後、不思議な事に彼女達は今迄にディランから受けた痛み全てをまるで走馬灯の様に思い出した。それは同時に彼女達が奥底に秘める事しかできなかったディランへの憎悪を呼び起こしていく。何時の間にか、少女達の瞳には憎悪の炎が宿っていた。
少女達は次々と短剣を手に取り、地面に伏しているディランを全員で取り囲んで行く。
「なっ、お前達、まさかっ!? やめろっ!! これは命令だ、やめろっ!!」
短剣を持った少女達に取り囲まれたディランは驚愕の表情を浮かべ声を荒げる。その声に少女達は一瞬だけ臆してしまった。幾ら奥底に秘めた憎悪が表に出てきたからといっても、今迄に嫌という程、叩き込まされた上下関係はそう簡単には消えないのだ。
彼女達は思わず、自分達の後ろにいるアメリアの方を向いてしまう。だが、そこにいるアメリアは聖母の様な微笑みを浮かべていた。その微笑みは「安心しなさい。貴女達ならできる筈よ」と言っている様に少女達には感じられた。
「「「……っ!!」」」
アメリアのその微笑みから立ち向かう勇気を貰った少女達は、再びディランの方に向き直る。
「お前達っ、やめろっ、やめろという私の言葉が聞こえんのか!!」
その口調は明らかに命令口調であったが、もう少女達はディランに臆する事は無かった。何故なら、自分達を助けてくれた大恩人が聖母の様な微笑みを浮かべて見守ってくれているからだ。少女達は、全員が同時に持っていた短剣を振り上げる。それを見たディランは命の危機が目前に迫っているのだと悟り、必死にもがくが鎖で縛られた彼は身動きをする事すらままならなかった。
「さぁ、今こそ貴女達自身の手で復讐を成し遂げなさい」
「「「「「はいっ!!」」」」」
そして、アメリアの言葉が合図となって、少女達は振り上げた短剣を一斉に振り下した。
――――ザシュ!!!!!!
「ああああああああ、痛い痛い痛い痛い痛い!!!! あがあああああああああああああああああああああああ!!!!」
少女達の持っていた短剣が振り下された直後、今まで味わったことがない類の痛みにディランは絶叫を上げる。貴族として戦いの場に出た事が無いディランにとっては、この様な痛みは今迄に体験した事が無いのだろう。ディランは今迄体験した事が無い痛みに耐えきれず、只々叫び声を上げ続ける。
「ああああああ、痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「……あはっ……」
叫びを上げ続けるディランを見て、少女達はとある一つの事実に気が付いてしまった。
今の彼女達にとって、ディランは自分達を縛り付けていた圧倒的な支配者ではなく、自分達と同じ人間。いや、それどころか今のディランは自分達に嬲られるだけの哀れな存在でしかない。今は自分達が支配する側で、ディランが支配される側。その事実に気が付いた少女達はその顔に呆れた様な表情を浮かべた。
「あははは……」
「こんなに、こんなに簡単だったんだ……」
「どうして私達はこんな男に怯えていたんだろう……」
少女達の一部からはそんな呟き声まで聞こえてくる。その呟きはディランを取り囲んでいた他の少女達全員の耳にも届いた。
「あはっ、あはは……」
そして、少女達の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。彼女達のその涙は無意識の内に流れ出てきたのだろう。少女達は少しだけその涙に困惑した後、昏い嗤い顔を浮かべて涙を拭い何度も何度も短剣を振り上げ、振り下していく。
「あはっ……、あはははは……」
――――ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ!!
少女達が短剣を振り下す度、人の肉を剣で切り裂いた様な音がこの地下室に反響する。少女達の体はディランの返り血で真っ赤に染まるが、彼女達はそんな事を気にした様子もなく、延々とディランの体に繰り返し短剣を突き刺していった。
「やめっ、あぐっ、痛っ!! やめろっ、やめろっ、やめろやめろやめろっ、あががががあああああああああああああああああ!!!!」
「「「「「きゃはっ、きゃははははははは、きゃははははははははははははははははは、あはははははははははははは!!!!」」」」」
そして、地下室にはディランの悲鳴と少女達の歓喜の昏い嗤い声、ディランの体に短剣が突き刺さる音、その三つだけが延々と響き渡るのだった。
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