42 少女達の解放

 ディランがアメリアを押しのけこの地下室から逃げようとした途端、彼は何かに躓いたかの様に、頭から地面に倒れ込んだ。その口からは「へぶっ!!」という声が零れ落ちる。

 その直後、どこからか鎖が現れてディランの手足を縛り付けていった。その姿は、まるでこの地下室に捕えられている少女達の様でもあった。


「なん、だ!? これは!?」


 突如現れ、自分の手足を縛り付けた鎖にディランは混乱の極致に至った。だが、一刻も早くここから逃げなければならい事だけは本能的に理解していたディランは体を必死に動かして、鎖から逃れようとする。しかし、ディランがいくら足掻こうとも、鎖は外れる気配を一切見せない。


「くそっ、くそっ、どうして解けないのだ!?」


 ディランのその声色には焦りが大半を占めていた。


「まずは、彼女達を何とかしましょうか」


 アメリアは必死に鎖を解こうと体を動かすディランを横目に、彼が地面に倒れ込んだ拍子に落としたのであろう鍵束を手に取り、先程ディランに捕まれていた少女の元まで向かった。


「ひっ……」


 その少女はアメリアが近づいてくるのが分かると、その顔に怯えが浮かび始めた。だが、アメリアはその少女に優しく微笑む。


「もう怖がらなくても大丈夫。すぐに貴女をここから解放して差し上げますからね」

「……え?」


 少女はアメリアの言葉に呆けたような声を出した。アメリアはその言葉に答えを返す事無く、先程拾った鍵束の内の一本を手足に付けられた錠の鍵穴へと突き刺した。そして、そのカギを捻ると、少女に付けられていた手足の錠が、パキッ、という音と共に解けたのだ。

 今迄、自らの全てを縛っていたこの忌まわしい錠が無くなった事を理解した少女は、その顔に歓喜の表情を浮かべ、涙を流し始める。


「あ、あの!! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

「ええ、どういたしまして。それと……、えっと、貴女の名前を教えてくれるかしら?」

「マイ、です」

「では、マイ、貴女にお願いがあるのだけれど……」

「は、はい!!」


 少女、マイにしてみれば、アメリアは恐怖の対象から自分を縛っていた錠から解放してくれた大恩人に変わっていた。そんな大恩人のお願いなら、余程の事ではない限りアメリアの言葉に従うつもりだった。


「私はあの男にまだ少しだけ用があるの。だからこの鍵を使って、他の人達も解放してあげてほしいの。出来るかしら?」

「はい、分かりました!!」


 アメリアの言葉にマイは満面の笑みを浮かべる。マイにしてみれば、他の牢屋に閉じ込められている他の少女達はディランの暴力に耐え忍んできた仲間だ。アメリアの他の少女達を解放してほしいという言葉に対してマイにも異は全く無かった。

 マイはアメリアから手渡された鍵束を受け取ると、まだ牢屋に閉じ込められている他の少女の元へと急いで向かっていった。


 そして、残されたアメリアは未だ倒れ込んでいるディランの元まで向かっていく。


「さて、あの子が他の少女達を解放するのにはもう少しかかるでしょう。ですので、貴方には今の内に知っている事の全てを私に教えてもらいましょうか」

「なにを、するつもりだ……?」


 アメリアはディランの問いかけを無視して、彼の顔を持ち上げて、額に手を当てる。その直後、記憶干渉の魔術を発動させた。


「あがっ、がああああああああああああああ!!!!」


 その瞬間、アメリアの魔術の副作用で、ディランの頭には彼が今まで一度も味わった事が無い様な激痛が走った。

 今回、アメリアがディランの記憶を覗いてまで知りたかった事は、例の魔女の一件に関わった人物、そしてディランが知っている筈の教会が表沙汰に出来ない不祥事や汚職の証拠があるかどうか、その二つだった。ここに来る前に、アメリアは予めディランの部下の記憶を漁り、ある程度の情報は手に入れていた。だが、末端の末端であった彼の部下とは違い、不祥事等の隠蔽の当事者であるディラン本人はかなりの情報を知っている筈だ。その情報を手に入れる為に、こうしてディランに記憶干渉の魔術を使っているのだ。


「……っ!!」


 だが、アメリアはディランの記憶から、彼の異常な性質、加虐嗜好を知る事になった。更に、ディランはその加虐嗜好で何人もの人間を殺めていた事も知った。ある程度の事は部下の記憶から知っていたアメリアだったが、ディランの加虐嗜好に関係している記憶はアメリアの想像以上だった。その記憶を見たアメリアは思わず顔を顰める。

 貴族は民を守る者、その信念はアメリアに根付いている。だというのに、貴族であるディランは民を守るどころか、その民をペットや奴隷の様な扱いをし、あまつさえその手で殺めてもいる。アメリアはその事に思わず嫌悪感を覚えてしまったのだ。


「あがっ、あがっ、あがっ!!」


 その嫌悪感から、アメリアはディランの記憶に対する干渉をさらに強める。そんな事をしなくとも、今のままで十分知りたい情報は得られるだろう。だが、アメリアは少女達の味わった苦痛を少しでもディランに味あわせたかったのだ。


「あがっ、がががっ、あがあああああああああああっっっ!!!!」


 ディランの口からは今迄以上の叫び声が零れるが、アメリアはそれを気にした様子もなく、記憶の干渉を続けていった。そして、ディランの記憶から、アメリアは自分が欲しかった情報を次々と得ていく。これだけあればもう十分だろう。


 そして、ディランの記憶から満足のいく量の情報が得られた事で、記憶干渉の魔術の行使を止めて、彼の額から手を離した。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 記憶干渉の魔術が終わった事で、魔術の副作用から解放されたディアンは先程までの痛みから解放されたが、息はきれぎれになっていた。


「ありがとうございました。おかげ様でかなり良い情報が手に入りましたよ」


 そう言って、アメリアはその顔に笑みを浮かべる。知りたかったことはもう十分に知る事が出来た。彼女が満足できる情報も十分に手に入れる事が出来た。もうディランから得られる情報は無いだろう。


 そして、アメリアが満足した直後、彼女の後ろから、先程解放したマイの声が聞こえてきた。


「あの……」

「あら、マイ、どうしたの?」

「捕まっていた人達、全員を解放してきました」

「そう、ありがとう、お疲れ様」


 アメリアはそう言うと、その顔に優しい微笑みを浮かべ、マイの頭を優しく撫でていた。アメリアに頭を撫でられたマイの表情にも嬉し気な笑みが浮かんでいる。

 また、捕まっていた少女たちは全員がマイの後ろに並んでいた。マイが、他の少女達の手足についていた錠を解除した為、彼女達の手足には何もついていない。これで少女達全員が自由の身になったのだ。全員が解放された証拠だと言わんばかりにこの地下室にあった牢屋は一つ残らず開いている。

 そして、アメリアは少女達全員を見渡し、彼女達に向けて口を開いた。


「ところで、貴方達に一つ提案があるのだけれど……」

「提案、ですか?」

「ええ。貴女達、この男に復讐したくないかしら?」


 アメリアはそう言うと、その目線を鎖で縛られたディランへと向けた。彼女のその言葉に、マイを含むこの場にいる少女達全員が息を飲むのだった。

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