41 ディランの罪

 ディランが後ろを振り向くと、そこにはアメリアが不敵な笑みを浮かべたっていた。彼女の姿を見たディランはその表情に驚きを浮かべる。


「お前は、まさかアメリア、なのか?」

「ええ。お久しぶりですね、ディラン・マルチーノ子爵」


 アメリアは「久しぶり」と言ったが、二人が対面して話した事があるのは夜会で二、三回程度でしかない。一度で顔を覚えるのは貴族として必須スキルの為、互いの顔は覚えていたが、それ以上の交流は全くない。


「……どうやってこの地下室に来たというのだ?」

「それは、この屋敷の正面からここまで入ってきた、としか答えられませんが……」


 そして、アメリアは一呼吸を置いた後、ディランに向かって再び口を開いた。


「さて、貴方は私がここまで来た目的をもうご存知ですよね?」

「……目的? お前は何の目的でここまで来たというのだ?」

「おや、知らないのですか? あの夜会の時、態々宣戦布告までしたというのに……。私の目的は復讐ですよ。貴方への、ね」

「復讐、だと……?」


 ディランもアメリアの復讐という話は知っていた。この地下室に来る前に知り合いの貴族の手紙にその事が書かれていたからだ。だが、ディランはその話を誰かの妄言だと断じていた。まさか、そのアメリア本人から復讐という言葉が効けるとは思ってもいなかった。


「だ、だが、私が一体何をしたというのだ!? お前に恨まれる筋合いなど、ましてや復讐をされる覚えなど一切ない!!」

「……貴方の仕出かした事を、私が知らないとでも?」

「な、何を……」

「私が魔女として教会に告発された一件、あれは貴方も関わっていましたよね?」


 ディランがなぜ子爵位という貴族の中ではそれほど高くない地位にありながら、これ程の数の少女達を囲う事が出来ているのか。それだけの資金をどこから得ているのか。その秘密は、彼の今の立場にあった。

 ディランは教会の事務局長も兼任しており、教会が表沙汰に出来ない不祥事や汚職の処理や隠蔽しているのだ。そして、それと引き換えに多額の金銭を受け取っている。また、ディランは教会の裏の窓口も請け負っており、マーシア公爵令嬢がアメリアの事を魔女として告発した一件を仲介したのがこのディランだったのだ。彼が行ったその行為はアメリアが彼に復讐する動機としては十分だった。


「どうして、その事を……」


 まさか、アメリアにその事を知られているとは思っていなかったディランは驚愕の表情を浮かべる。それも当然だろう、彼にとってみれば表沙汰に出来ない不祥事や汚職の隠蔽は最も得意とするところだ。当然、アメリアの魔女の一件も上手く隠蔽していた。だというのに、自分が仲介していた事まで知られているとは想像もしていなかったのだ。


 そもそも、どれだけうまく隠蔽しようとも、当然ディラン一人で隠蔽などできる筈も無い。彼に指示されて動いた部下も数多くいる。アメリアは彼等から魔女の一件の仲介を担ったディランの情報を手に入れていたのだ。無論、ディランは部下に強く口止めをしていたのだろう。だが、記憶すら読み取る今のアメリアに対して隠し事など不可能だ。本当に隠し通したければ、それこそ部下を殺しておく以外の方法は無いのだ。


「そ、それよりもだ!! お前はどうやってこの場所まで来る事が出来たのだ!? この屋敷には私が雇った傭兵達が、そして何よりこの屋敷で働いている使用人達がいる筈だ!! この屋敷とは無関係のお前がここまで来る事が出来るはずがない!!」


 ディランのその言葉を聞いたアメリアは不気味な笑みを浮かべる。アメリアがディランを見つめる瞳には何処か憐れみも混じってもいた。


「ああ、彼等ですか。彼等なら……」


 アメリアはそこで一度言葉を止め、パチンと指を鳴らす。すると、地面に魔法陣が出現する。その直後、アメリアの転移の魔術によって、その魔法陣からから現れたのは、この屋敷の警護を担っていた傭兵達や屋敷に勤める使用人達だ。だが、彼等は揃いも揃って全員が気絶していた。


「暴れられても面倒なので、予め彼等には気絶してもらっています」

「ば、馬鹿な……」


 この屋敷にはいざという時の為にディランがその持てる資金力を使い集めた傭兵達が数多くいた。高い金を払っているだけあって、その傭兵達は全員が腕利きだった。だというのに、その傭兵達は揃いも揃って気絶しているのだ。

 ディランはまるで転移してきたかの様に現れた傭兵達や使用人にも驚いたが、それ以上に自らが雇った腕利きの傭兵達が揃ってアメリアの手によって気絶させられていたという事に驚きを隠せなかった。


「あ、ありえん。こ奴らは全員が腕利きの傭兵達だ!! 何の力も持たないお前如きに倒せるはずがない!!」

「そう言われても、私が彼等を気絶させたのは間違いありません。そもそも、今この時に気絶しているのが、何よりの証拠なのでは?」

「そ、それは……」


 ディランは思わず言葉に詰まった。アメリアが傭兵達を気絶させたという事が真実なら、あり得ないことかもしれないが、今のアメリアは、何処かで何某かの力を手に入れ、そしてその力を使い復讐を始めたとすれば全ての辻褄が合う様な気がした。先程目にした転移魔術も、彼の考えを補強する事に一役買っていた。その考えに至った事で、先程読んだ手紙に書かれていたアメリアの復讐、ディランの中でその信憑性が少しずつ高まっていった。

 それを知ってか知らずか、アメリアはディランに一歩ずつゆっくりと歩み寄っていく。


「さて、マルチーノ子爵。今度は貴方の番です。貴方には彼等の比ではない程の罰を受けてもらう予定です。覚悟してくださいませ」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 自分も傭兵や使用人の様に気絶させられる。いや、あの魔女の一件を彼女に知られている。アメリアが先程言った言葉通りなら、もしかしたら自分は気絶程度では済まないかもしれない、ここで殺されてもおかしくない。そう思ったディランは慌ててアメリアを押しのけ、この地下室から逃げ出そうとした。


「あはははっ、甘いですよ、そう簡単に逃がす訳がないでしょう?」


 だが、そんな甘い行動をアメリアが許す訳がない。彼女が指を鳴らすと、逃げ出していたディランは何かに躓いた様に頭から地面に倒れ込んだ。ディランの口からは、倒れ込んだ拍子に「へぶっ!!」という声が零れるのだった。

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