8 宣戦布告

「殿下、お久しぶりですね。さぁ、ここから全てを始めましょう」

「お、お前、生きていたのか!? いや、一体どうやってここに来る事が出来た!? 答えろ、アメリア!!」


 ヴァイスが声を荒げてそう問いかけるが、アメリアは大胆不敵な笑みを浮かべるだけだ。


「…………」

「答えるつもりはないという事か。だが丁度良い。衛兵達、今すぐこの女を捕えろ!!」


 ヴァイスがそう命令を下すと、夜会の会場の警備をしていた衛兵達が、アメリアを取り囲んだ。しかしアメリアはそれに動揺する様子も見せずに、何処からか一冊の本を取り出した。


「邪魔です。退いてください」


 そして、アメリアはその本を持ったまま、空いた片手をまるで何かを払うかの様に水平に振う。すると、彼女を取り囲んでいた衛兵達は何かに弾き飛ばされたかの様に全員が一瞬にして吹き飛んだ。


「ううっ……」


 しかも、その衛兵達は吹き飛ばされた後、まるで地面に縫い付けられたように、這いつくばったまま立ち上がる事も出来なくなっていた。


「なっ……」


 その光景を見て驚愕するのはヴァイスの方だ。

 彼の知るアメリアには魔術を使う事が出来なかった筈だ。何の力も持たない只の小娘にすぎなかった筈。だというのに、これは一体なんだというのだ。アメリアは一体何をしたのだ。そんな考えがヴァイスの頭を支配しかけるが、隣にいるアンナの事を思い出し何とか正気に戻った。


「ひっ……」


 しかし、一瞬にして衛兵達が吹き飛ばされた先程の光景を見ていたアンナの表情には明らかに脅えが浮かび上がっていた。

 無理もない。突如として、自分の隣にいる王太子の元婚約者が現れたかと思うと、謎の力を使い衛兵を一蹴したのだから、その怯えは当然である。しかも、アンナはアメリアに恨まれている事を多少なりとも自覚している。その為、自分にも先程の衛兵達と同じことをされるかもしれないと考え、怯えるのは当然だ。

 そして、アンナは怯え、ヴァイスの影に隠れようとする。ヴァイスもアメリアの振う謎の力から自分の最愛の女性であるアンナを庇おうと、彼女の前に立ち塞がった。

 そして、ヴァイスは気丈にもアメリアに敵意をむき出しにするが、今の彼女はそんなもので臆するほど正常では無かった。


「アメリアっ、貴様、なにが目的だ!!」

「ふふっ、目的、ですか……。今日の目的は宣戦布告です」

「宣戦、布告……?」

「ええ、私は報いを与えに来たのです。その為の宣戦布告ですよ」


 宣戦布告、その言葉がヴァイスには余りにも不気味に感じられた。その言い方では、それこそまるで、アメリアがこの場にいる貴族全員を相手に一人で戦いを始めると言っている様なものではないか。

 だが、今のアメリアにはそれをしかねない程の狂気と力がある事をこの場の誰も理解していなかった。


 そして、アメリアは魔術を使いこの会場全体が見渡せる場所まで飛び上がる。その後、まるで歌劇の主役の様に仰々しく手を広げ、会場全体に聞こえる様に宣言した。


「私は今ここで宣言させていただきます。私を裏切った者達、貶めた者達、そしてお父様とお母様を陥れた者達、殺した者達その全てにそれ相応の報いを必ず与えます。誰も逃しません。必ず、必ず必ず報いを与えます」


 静かではあるが、何処か狂気が混じったかの様なその声色から、今のアメリアの持つ狂気の一端を感じ取った会場にいる貴族達の中でも、身に覚えがある者達に冷や汗が流れ出る。

 

 そして、彼らの目を引くのはアメリアの瞳だ。貴族として数多の人間を見てきた彼等はその瞳に見覚えがあった。あの瞳は、失うものが無くなった者、全てを失い自暴自棄になった者、それらの人間が共通して持つ瞳にあまりにも酷似していたのだ。

 そして、そういった人間こそがある意味、世界で一番厄介だという事をこの時の彼等は失念していた。


「最後に私の力、その一部をお見せいたしましょう」


『風神の息吹よ、我の望むすべてを薙ぎ払え』


 そして、アメリアが呪文を唱え魔術を行使したかと思うと、その直後、夜会の会場の屋根部分の大半が吹き飛んでいた。

 そして、その光景を見て唖然となるのはこの会場にいる貴族達だ。


「ばか、な……」


 そんな声が会場内の貴族達の一部から聞こえてきた。王族が住まう王宮、その外壁には外敵からの攻撃を防ぐために、それ相応の防御の魔術が付与されている。更には外壁の素材もそう簡単に壊れない様に特殊な金属が用いられている。それらのおかげで王宮が鉄壁の防御を誇るというのは有名な話だ。

 だというのに、アメリアの放った攻撃はそんな防御の魔術を貫通し、それどころか会場の屋根の大半を吹き飛ばしていたのだ。

 そして、それ程の魔術を行使しながらアメリアは何の疲労した様子も見せない。つまり、今のアメリアにとってはあの程度の魔術は簡単に放てるという事でもある。


「あ、あああ……」


 そして、貴族達が呆然となっている様子を満足げに眺めたアメリアはニッコリと笑顔を浮かべる。


「これで私の力は理解できたでしょうか。

 ……ああ、最後にもう一つだけ身に覚えのある方達に御忠告を。そう簡単に私から逃げられると思わないでください。私は貴方達に報いを与える為なら貴方達を地の果てまで追いかけます。一人たりとも逃がしはしません。一人残らず全員に報いを与えます」


 この会場にいる、アメリアにした事に身に覚えがある者。その殆どの貴族達の表情から血の気が引いていた。その一部には膝を地面に着いて呆然とした表情を浮かべている者もいる。特に何の後ろ盾も持たない下級貴族程その傾向が顕著に表れていた。


「では皆様、ごきげんよう」


 そして、最後に指をパチンと鳴らす。すると、彼女の足元に魔法陣が現れたかと思うと、次の瞬間にはアメリアの姿は魔法陣と共に消えていたのだった。

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