7 復讐の前奏曲

 時は、アメリアが古代魔法を習得した直後に遡る。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 アメリアは自らの体を抱きしめ、自らの内に溢れ出てきた復讐心を必死に押さえこんでいた。そうしなければ、この復讐心は暴走しかねない。

 自分の中にある復讐心を消す事は出来ないが、抑える事は出来る。感情に身を委ねて暴れまくる事こそ一番の悪手だ。感情のまま暴れた所で碌な結果にならない。だからこそ、その復讐心の使い方を誤ってはならない、復讐対象を誤ってはならないのだ。

 胸の内に秘めたその復讐心、それを適切に扱わねば下手をすれば自分すらも焼かれかねない。要は使い所だ。抑える所で押さえ、表に出すときに、表に出さなければならない。もしそれを誤れば、復讐を果たす前に燃え尽きてしまうだろう。

 彼女はそれを自覚しているからこそ、自らの感情に身を委ねてしまわない様に自制していたのだ。


 そして、自分の復讐心を抑え込み、正気を取り戻した直後、同調した魔術書から様々な、そして膨大な知識が流れ込んでくる。


「この、知識は……」


 アメリアの頭の中には、この魔術書を作り出したガインが持っていた全ての知識が流れ込んでいた。どうやら、ガイン・ファーシスという人物は凡そ千年前、古代魔術が禁忌指定された時代に生きていた人物の様だ。古代魔術が禁忌指定された時、古代魔術の研究者であったガインも捕えられ処刑されそうになったが、運良く脱出する事に成功したらしい。その後は、この森に隠れ住み、工房と魔術書を作った後、老衰で死亡した様だ。


 この魔術書を作り出したガインの半生は分かったが、彼の知識は千年前の知識だ。その知識の大半は役立ちそうにない。

 だが、古代魔術に関する知識は別だ。アメリアは自分の中にある古代魔術の知識を必死に理解しようとする。

 そして、古代魔術への理解を進めて行けば行く程、この古代魔術がどれ程の力を持っているのかを知る事となった。


「は、はは、あははは……。この力があれば……」


 もし、この力を使いこなすことが出来れば、自分の復讐を成すことが出来る。しかもそれだけではない。ただ殺すのではなく苦しみと絶望の底に落とし、そして殺すことが出来る。受け継いだ知識の殆どを理解した、彼女はそう確信していた。


 また、この知識によるとこの書斎の奥にある扉は地下に続く階段があり、その先には魔術の実験場がある様だ。古代魔術を使ってもある程度は耐えられるように作られた実験場、そこならば先程習得した古代魔術の練習には丁度良いだろう。


「この先に、行ってみましょうか」


 そして、地下にはガインが遺した魔道具も数多く眠っているらしい。なら、役立つ魔道具も残っているかもしれない。

 アメリアは、そう思案しながら地下へと歩みを進めるのだった。




 そして数日後、工房内の地下にある実験場内で習得した古代魔術の修練をしている最中の出来事だった。

 地下の実験場で古代魔術を試しているアメリアの元にコウモリの姿をした一匹の使い魔が近づいていった。その使い魔の姿を見た彼女は何が起きたのかをすぐに察する事が出来た。


「あら、招かれざる客が来たようですね」


 この使い魔もガインが遺した魔道具の一つだ。そして、この使い魔は監視の為の魔道具である。アメリアはこの使い魔に、この工房に近づく者があればすぐに報告するように命令を出していた。

 アメリアは自分の追っ手達がこの場所まで来る可能性を想定していた。だからこそ、この魔道具で、工房の周囲を監視していたのだ。

 アメリアは自分の元までやってきた使い魔に触れると、その使い魔が見た映像が自分の脳内に流れ込んでくる。


「どうやら三人の様ですね……。しかもこの人達は……」


 この工房に接近している者達は三人、しかもこの三人には見覚えがある。そう、彼等はアメリアが森の中を逃げ回っていたあの時に彼女を追っていた者達だった。


「なるほど、面白いですね。折角なので、私の実験に付き合ってもらいましょう」


 そして、アメリアは嗜虐的な笑みを浮かべるのだった。




 一方、アメリアを追っていた追っ手達は、数日掛けて降下用の装備を用意し、アメリアが落ちた穴から地下へと向かっていた。死んでいても構わんから、せめて死体だけでも回収してこい、と命令をされていたからだ。

 しかし、穴の下にはアメリアの死体は無かった。死体が無いという事は、もしかしたら彼女が生きているかもしれない、そんな予感が彼等の中にあった。


「死んでいても、死体だけでも回収してこいだってさ」

「最初は生きて捕えろって命令だったのに、どういう事だよ……」

「そう言えば、もうすぐ王宮で開かれる夜会で、殿下が入れ込んでるあのアンナって女との婚約発表をするらしいぜ?」

「はぁ、マジかよ。いいよな、王族は気楽で」


 そして、そんな雑談をしながら地下洞窟を進み続け、アメリアを探す彼等の前に、突如として大きな建物が現れた。

 この場に似つかわしくない明らかな人工物に彼等は警戒を厳にする。が、その直後、その建物の入口が開き、そこから一人の女性が現れる。


 しかし、その女性の姿を見た追っ手達は驚愕していた。何故ならその女性こそが彼等の追っているアメリアだったからだ。


「貴様、生きていたのか……」


 死体が見つからなかった時点でそんな予感はしていたが、本当に生きていたとは思わなかった。


「ええ、自分でもどうして生きているのか、不思議で仕方がないのですが」


 そう言うアメリアは片手に一冊の本を持っており、余裕の笑みを浮かべていた。

 だが、追っ手達の方もその顔に笑みを浮かべる。前回は捕える寸前で地震が起こった事で取り逃したが、そのような偶然が二度起きる筈がない、今度こそ捕える事が出来る。最悪、ここで殺してしまって、王太子には既に死んでいたと報告すればいい。そうすれば面倒が無くなる。そう考えていた。


 だが、彼等は知らなかった。アメリアが数日前に多大な変貌を遂げていた事を、何の力も持たない只の小娘から変わり果ててしまった事を。その油断が彼等の死を招いた。


「さて、貴方達には私の実験にお付き合いいただきましょうか」

「? それは一体どういう……?」


 だが、彼等のその言葉を聞き終わる前にアメリアは魔術を発動した。


『煉獄の炎よ、我が敵を焼き尽くせ』

「ぎゃああああああああああああああ!!」


 アメリアが呪文を唱えた瞬間、追っ手の内の一人が突如として青い炎に包まれた。そして次の瞬間、骨すら残らず一瞬にして灰へと変わっていた。


「威力が強すぎますね……。まさか一瞬で燃え尽きるとは思いませんでした」


 その術を放ったアメリアは残念そうにそう呟いた。だが、何が起こったのか分からず残された二人は呆然とする。だが、アメリアは追撃する様に続けて古代魔術を放った。


『風神の刃よ、我が敵を切り裂け』

「……あっ」


 そして、アメリアが再び呪文を唱えた直後、残り二人のうちの一人の体がバラバラに切り裂かれ無数の肉塊へと変わり果てていた。


「な、にが……」

「これも、威力が強すぎます。まさか一瞬とは……」


 アメリアは再び残念そうにそう呟くが、残った男の心境はそれどころでは無かった。

 追っ手達にしてみれば相手は魔術も使うことが出来ない只の小娘だったはずだ。今度こそ、捕まえる事が出来る、そう安易に考えていた。

 だというのに、あろう事かアメリアは魔術を行使し、それどころかその魔術は一瞬にして、仲間二人を殺していったのだ。残る一人の困惑は想像を絶するものだろう。


「さて、残るは一人だけですね」


 アメリアのその言葉で残る一人は我に返るが、もう遅かった。既にアメリアは魔術を行使していたからだ。


『永劫の鎖よ、我が敵を拘束せよ』


 アメリアの詠唱と共に地面から鎖が現れた。そして、その鎖は残る一人の手足に絡みつき、その男を完全に拘束してしまった。


「なん、だっ!?」


 拘束された男は必死に体を動かし拘束から逃れようとする。だが、男を捕えている鎖はビクともしない。すると、アメリアが何時の間にか男の目の前まで移動していた。


「ふふふ、捕まえようとしていた相手に逆に捕まる気分はどうでしょう?」

「き、貴様、この力は一体……。貴様は魔術を使えなかった筈では……?」

「それに答えるつもりはありませんよ」

「まさか、本当に『魔女』だとでもいうつもりか……?」

「だから、答えるつもりはないと言ったでしょう」


 そして、アメリアは鎖によって拘束されている男の額に手を当てる。だが、それで不安になるのは男の方だ。一体自分がこれから何をされるのかが全く分からず、怯えを隠すことが出来なかった。


「な、何をするつもりだ……」

「折角なので、少し記憶を見せて貰おうと思いまして」

「記憶、だと……?」

『汝が記憶、全ては我が掌中にあり』


 そして、アメリアが詠唱すると彼女の手から魔法陣が現れた。その直後、男の脳内に立っていられない程の激痛が走った。

 そもそも、人間の脳はかなり繊細なものだ。そんな物に他者が干渉して、無事でいられる筈がない。当然、その負担が誰に降りかかるか、言うまでも無いだろう。


「あがが、あがが、があああああああああああ!!」


 男は今まで味わった事のない種類の痛みに、ただひたすら悲鳴を上げる事しかできなかった。膝をついて頭を押さえようにも、手足を拘束する鎖がそれを許してくれなかった。ただ、彼女が自分の記憶を覗いている、それだけは理解できた。


 そして、アメリアは男の脳内にある記憶を探っていく。

 この男の名前はカールというらしい。しかし、記憶の大半は、私生活に関する物で、彼女の興味を引く物では無かった。しかし、最近の記憶に一つ面白い情報があった。


「数日後に王宮で夜会、ですか……」

「あがっ、やめろっ、やめてくれっ、これ以上はっ!!」

「気になりますね。詳細を見てみましょうか」


 そして、アメリアは彼の記憶の更に奥を探ろうとする。だが、たまらないのは記憶を探られているカールの方だ。記憶の奥に潜ろうとすれば、その分脳に掛かる負担が増すのは道理だ。そして、脳に掛かる負担に比例する様に痛みはさらに激しさを増していく。


「なるほど、夜会で殿下とあの女の婚約発表……」

「あがっ、があああああああああああああ!!」

「面白いですね……」


 アメリアは自分が満足するまでカールの記憶を閲覧していった。そして、その記憶の内容に満足したのか、アメリアは記憶を探る事を終える。その後、カールに走っていた痛みも嘘の様に引いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ありがとうございました。貴方のおかげで色々と面白い事を知る事が出来ました」


 そう言ってアメリアはニッコリと笑顔を浮かべる。だが、カールはその笑顔を見た時、今迄見た中で最も恐ろしい笑顔だと感じた。


「っ、俺はただ殿下に命令されただけなんだ!! 頼む、この鎖を解いて俺を解放してくれ!!」

「ここに来て命乞いですか。見苦しいですね」


 アメリアは命乞いをするカールを見て呆れた表情を浮かべ、ため息をついた。

 だが、それを見て焦るのはカールの方だった。今迄、自分が彼女にしてきた事を自覚している以上、ここで命乞いをして、許してもらえないと命が無い事を理解していた。更に言うなら先程、記憶を探られた事も、自分にしてみれば拷問に等しい痛みが自分を襲ったが、彼女にしてみればただの情報収集に過ぎない。これから、どんな恐ろしい事が自分の身に待ち受けるのか、想像したくもない。

 しかも、彼女に記憶を見られている以上、自分が取引に使える情報のカードは既に無い。だが、それでもここを逃せば間違いなく命が無い以上、必死に命乞いをする。


「なぁ、頼む。俺を解放してくれ!! そ、そうだ、あんたに協力してもいい、あの王太子に恨みがあるんだろう、だったら俺が王宮までの手引きをする!! その後はあんたの好きにしたらいい!! だから!!」

「お断りです。貴方達には今まで追い回された恨みがありますから。…………しかし、ただ殺すだけというのも芸がありませんし、私の心も晴れないでしょう。ですので、貴方には苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いたその先で死んでもらいます!!」

「あ、ああ、く、狂っている……」


 アメリアは笑顔を浮かべていたが、その笑顔は段々と狂気が混じったような笑顔へと変わっていく。それを見ていた兵士の男は呆然とした表情でアメリアを見つめていた。

 狂っている、それは彼等にしてみれば苦し紛れに言った言葉だろう。だが、その言葉は奇しくも本質をついており、今のアメリアにとってこれ以上ない程に相応しい物だった。


「なので、これから貴方が死ぬまで私の実験に付き合ってもらいます。大丈夫です、そう簡単に死なせはしません」

「ひっ!!」

「それに、王宮での夜会まではまだ日があります。それに、私はまだ古代魔術を使いこなせている訳ではありませんからね。夜会の日まで私の実験に存分に付き合ってもらいましょう」

「いや、いやだっ!!」

「さぁ、さぁ、さぁ!! もうすぐです!! もうすぐ私の復讐が始まるのです!! 貴方にはその為のプレリュードを奏でてもらいましょう!! あは、あははは、あははははははははははははは!!」


 そして、アメリアは狂った様に只々、ひたすらに嗤い続ける。


 その後のカールの行方を知る者はアメリアを除いて誰もいなくなったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る