9 復讐劇の幕が上がる

 アメリアが魔法陣と共に消え去った直後の夜会会場、そこはまるで、嵐が去った直後の様に空白が生まれていた。それ程に、先程の出来事は衝撃的過ぎたのだ。だが、そんな一瞬の空白は去り、次の瞬間には何が起きたのかを必死に理解しようとした。

 そして、先程の光景がアメリアに掛けられたある疑惑と結びつく事はごく自然な事だった。


「ま、魔女だ……。あの女は魔女に違いない……」


 誰かが一度、そう言えばそれが会場全体に伝わるのはそう遅くは無い。段々と、だが確実に会場内の至る所で、『魔女』という単語が飛び交う様になっていた。そして、その頻度は時が経つにつれ次第に増していく。


「魔女……? そんな馬鹿な……」

「いや、しかし先程の力は……」

「あ、ああ……」


 アメリアに掛けられた魔女の疑惑、そして先程、嫌という程に見せられた彼女の力。彼女に掛けられた魔女の疑惑が仕組まれた事である事を知っているこの会場にいる貴族達はアメリアが追い詰められた結果、本当に悪魔と契約したのではないか。先程の力はその証明ではないかと騒ぎ始めていた。


「ひいぃ……、あの女は魔女だ!! あの力で私も殺される。もう終わりだ!!!」

「くそっ、こんな事ならっ!!」

「私は逃げるぞ!! もう私は、いやこの国は終わりだっ!! 全部、全部あの女に壊されるんだ!!」

「皆、静まれ、静まるのだ!!」


 ヴァイスは大声を出し、騒ぎ始めた貴族達を諫めようとするが、だが、一度騒ぎが起きればそれを止めるのは容易な事ではない。先程の光景を見ていた貴族達にその言葉は届くことは無い。


「いやだっ、私は死にたくない!!」

「私には生まれたての娘がいるのだ!! こんな所で死ぬ訳にはっ!!」


 そして、時が経つにつれ会場内の喧騒は増大していく。そんな時、ヴァイスの事を心配そうに見つめるアンナが彼の注意を引いた。そして、アンナはヴァイスに心配そうに声を出した。


「ヴァイス様っ!!」

「アンナ、無事かっ!? アメリアに何かされなかったか!?」

「いえ、特に何もありません」

「そうか、よかった……」


 自分の最愛のアンナが無事であることを確認したヴァイスは安堵する。

 また、アメリアが何処かに消えた事で、衛兵達に掛けられていた呪縛も解けており、何時の間にか起き上がっていた。それを確認したヴァイスは衛兵達に慌てて命令を出した。


「衛兵達、騒いでいる者達をこの会場から引きずり出せ!!」

「はっ!!」


 そして、ヴァイスの命に従い、衛兵達はすぐさま騒ぎ立てる貴族達を会場から強制退出させた。そして、会場内は一旦、落ち着きを取り戻す。

 だが、残された貴族達もあまりの出来事の連続に声を発することが出来ない。正気を取り戻すにはもう少しだけ時間が必要になるだろう。


「くそっ、アンナ、折角の婚約発表だというのにこんな事になるとは思わなかった。済まないな」

「いえ……」


 だが、アンナは陰で苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。まるで、こんな展開など知らない、自分が知っている筈の未来と違うとでも言わんばかりの表情だった。


「俺とアンナの婚約発表を台無しにした代償、いずれ支払ってもらうぞ……」


 そして、ヴァイスの方は怨嗟が込められたような声でそう呟く。

 その後、何とか騒動を収束させたヴァイス達は今後の対策を練る為に、すぐに夜会を中断するのだった。




 しかし、遠く離れた地でそんな愚かしくも滑稽な騒動で大騒ぎになっている夜会の会場内を見物している者がいた。そう、この騒動の発端となったアメリアだった。

 アメリアはあらかじめ夜会の会場内に複数の遠見の魔道具を設置していた。アメリアは夜会の会場から去った直後、それを使い自分が去った後の夜会の会場を見物していたのだ。


「そう、そうです。私に恐怖なさい、その恐怖、絶望こそが復讐の果実を育てるのです。ただ殺すだけでは私の心は満たされないのですから」


 そう、これこそがアメリアが宣戦布告だけして夜会会場から去った理由、その一つだ。最早、彼女は復讐相手をただ殺すだけでは満たされなくなっていた。相手を恐怖と絶望の底に沈めたその瞬間こそが、彼女が満たされる瞬間なのだ。

 あの時、アメリアは夜会の会場にいる者達に恐怖と絶望の種を植え付けた。その種こそが復讐の果実を育てるのだ。それが熟す前に刈り取るのは愚の骨頂である。


 自分の力に怯えて逃げるもよし、自分への対抗策を考えるもよし、だ。その為の準備の時間は十分に与えよう。そして、その上で齎された全ての障害を払いのけ、復讐を成し遂げよう。


「そして、その復讐の果実が恐怖と絶望で熟した瞬間こそが、果実を食むる時なのです。その至高の美味は必ず私を満たしてくれるでしょう」


 全ての準備は整えた。前奏曲は終わり、これより始まるは、彼女の、彼女による、彼女の為だけの復讐劇。その始まりは今この瞬間である。


 さぁ、今こそ復讐を始めよう。


「皆様、これにてプレリュードは終わり、これより復讐劇の幕が上がります。故にどうか、どうか!! 最後までご観覧くださいませ!! あははは、あははははははははははははははははは!!」


 アメリアはまるで舞台の始まりの挨拶の様にドレスの裾を掴み、カーテシーをする。そして、彼女は狂気の笑みを浮かべたまま、この場を立ち去るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る