4 古代魔術 前編

 あれから、アメリアはこの工房を捜索していたが、この工房には魔術の実験室の様なものは何も無かった。

 むしろ、この工房内にあったのは食堂、広間、個室といった至って普通の部屋ばかりだった。しかも、案の定食べられそうなものは何も残っていなかった。

 ここがアメリアの推測していた魔術師の工房だとするなら不自然な程に何もない。どちらかといえば、ここは普通の貴族の屋敷を小さくしたような、そんな場所であった為、彼女は自分の推測が外れていたのではないかと思い始めていた。


「ここが、最後ですか……」


 そして、アメリアの目の前にある扉の先がこの工房の最後の部屋だった。彼女はおもむろに扉を開けて中へと入っていく。


「ここは、書斎の様ですね……」


 この部屋はどうやら書斎の様で部屋の両端に設置された本棚の中に多数の本が収納されているのが見えた。その本はどうやら魔術に関する資料の様で、アメリアも読んだ事があるもの、無いものまで多数取り揃えられていた。

 中には、希少本として国に指定されている本まで残っており、この場所は価値を知っている者が見れば、それこそ大金をはたいて購入するであろう宝の山だった。


 そして、書斎の机の上には一冊の本が置かれている。更に、書斎の一角にはもう一つ扉があり、更に奥へと続いている様だった。

 奥へと続く扉も気になるが、アメリアは机の上に置かれたその本の事の方が妙に気になった。彼女は机の前まで移動し、その本を手に取ろうと触れた。すると、先程の工房の入口の扉と同じく本の表面に魔法陣が現れたのだ。しかし、その魔法陣はカチッという音と共にすぐに消え去っていた。

 

「今のは、一体……?」


 何が起きたのかよく分からなかったが、自分の体にも特に何の影響も見られなかった為、机の上に置かれた本を手に取る。


 魔術師の工房にしてはそう言った実験室もアメリアが捜索した範囲では全くなかった。唯一、この書斎に残された魔術の資料だけがそう言った雰囲気を出している。この本は前の持ち主が残した本で、ここの事が詳しく書かれているかもしれない。そう考えたアメリアはおもむろにこの本を開いた。




『この本を読んでいるという事は、お主にはその才能、資格があるという事だろう。

 この本が何なのかが気になるだろうが、まずは自己紹介をさせてほしい。

 儂の名はガイン・ファーシス。魔術の深淵に潜らんとする一介の探究者であり、今は禁忌とされた知識を持つ恐らく最後の魔術師である。

 だが、儂も齢七十を超え自身の死期を自ずと悟るようになった。しかし、禁忌とされた我が知識の数々が、儂自身の死によりこの世から葬り去られる事など到底耐えられるものではない。故に、せめてこの書物には儂の持てる全てを記そうと思う』


 『禁忌とされた我が知識の数々』という言葉に彼女はこの書物に対して一抹の不安感を覚えたが、それでも書物を読み進める手を止めることは無かった。


『さて、まず始めに言っておくことがある。この本を読み進めるという事は儂の持てる全ての知識を知る事となる。

 その知識はこの本を読んでいるであろうお主自身を狂わせるかもしれぬ。或いはこの本に書かれている知識を葬らんとする者達によって命を狙われる可能性すらある。

 それでも、知りたければこの書物を読み進めると良い。無論、この書物をここで閉じ、この本の存在を記憶から忘却するという選択をしても何も問題は無い。この書物を読んでいるお主にはそれを選択する資格がある』


「……っ」


 その一文にアメリアは思わず息を飲んだ。だが、今のアメリアには忌避感よりも何故か好奇心が勝っていた。彼女の手は魅入られた様に、ページを捲ろうと動いていく。そして、恐る恐るではあるが、彼女は次のページを開いた。


『このページを読んでいるという事は、お主がこの本に記された儂の知識を知りたいと選択したという事だと解釈する。その選択を称え、儂の全てをお主へと授けよう。

 この本に記す我が知識、それは古代魔術と呼ばれる禁断の魔術の知識だ』


「古代、魔術……」


 古代魔術、その言葉にアメリアは聞き覚えがあった。古代魔術はかつて存在した禁断の魔術と呼ばれている。しかし、千年以上も前に一人の古代魔術の使い手が、数日で一国を滅亡に追いやった事で、古代魔術そのものが危険視され、古代魔術に関わる書物は全て焚書とされ、その知識を持つ者全てが処刑されたと言われている。

 そして、今では古代魔術は歴史上に名前しか出て来ない、伝説上の代物だった。


『今の儂ではお主がどのような時代に生まれどのような人生を送ってきたのか、それは見当がつかない。もしかすると、遥か未来では魔術そのものが廃れ、その存在も忘れ去られているやも知れぬ。

 その場合は、この屋敷にある書斎に魔術の基礎的な事が記されている学術書が置いてある為、それを読んでから再びこの書物を開くとよいだろう』


 この本の著者であるガイン・ファーシスという者は魔術そのものが失われた可能性も危惧していた様だ。しかし、今の時代においても魔術は現存している。だが、アメリアには魔術の適性は殆ど無かった。一応、魔力は保有しているが、魔術を使うことが出来ないと判断されていたのだ。学院にいる間にある程度の知識は教えられており、独学でも勉強をしていた為、この書物の内容は理解できている、そこに関しては問題が無かった。

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