5 古代魔術 後編

『これ以降を読むという事は、お主には魔術に関する知識があると判断する。

 儂は長年古代魔術を研究していた。儂自身、古代魔術師であったが故に完全に古代魔術に魅入られていたのだ。そして、研究を続けていく中で古代魔術は今あるすべての魔術の原初とも言えるものであるという事を知った。今、世界で使われている魔術はその全てが古代魔術の劣化、或いは万人が使える様に劣悪な調整を施したものでしかないのだ。

 しかし、そのあまりの多様性、強力さ故この魔術を使うことが出来る適性を持つ者は魔術師の中でもほんの一握りしかいない。それ程までに古代魔術は絶大な力を持った物なのだ。


 儂は教会に伝わる神々や悪魔と言った存在は全て古の時代に存在した古代魔術を使う者達であったと推測している。その力は普通の人間から見れば神にも等しい力だろうからだ。

 神々を崇める教会にとっては、教義の冒涜とも言える異端論ではあるが、儂の長年の研究で、それが真実だと確信しておる。

 だが、教会は古代魔術を危険視した国々と手を組み、神の理を犯す禁忌の知識として古代魔術そのものを葬り去ろうとしておる。実に愚かしい事だ。知識を葬ること自体が魔術に対する冒涜であるというのに』


 アメリアはその一文にこの書物を書いた者の本音が秘められている様な気がした。だが、書いた本人がもうこの世にはいない以上、それが正しいのかを知るすべは無かった。

 それに、ガインのこの論は教会にとってみれば神々への冒涜と捉えられても仕方がないだろう。


『話が逸れてしまったが、古代魔術はそれ程の代物だという事だ。

 そして、この本を読んでいるお主には古代魔術を使う適性、才能がある。その才能ある者だけが、この本が置かれている屋敷に入る事が出来、そしてこの本を開くことが出来る様に細工をしてあるからだ。

 故にお主には古代魔術を扱う資格を持つ』


「私が……、古代魔術を……?」


 魔術の適性が無いとされてきたアメリアは困惑する。もし、魔術を使えていれば、自分を守ってくれていた護衛達も死ぬ事が無かったのではないか。彼女はそうも考えてしまったのだ。しかし、困惑しながらも彼女は本を読むのを再開した。


『この本は魔術書、儂の最後の作品であり、最高傑作でもある。

 この本には資格ある者と同調する事で、その者に儂の持てる全ての知識を転送できる様に作ってある。儂の知識を知れば、お主は古代魔術を行使することが出来るであろう。そして、お主が古代魔術を使うためのサポートもこの本がしてくれるだろう。

 これはその同調の為の魔術だ』


 そして、その魔術を使用する為の手順がその下には記されていた。しかし、アメリアは次の一文で少しだけ魔術の行使を躊躇する。


『だが、古代魔法には代償が必要だ。この同調の魔術の代償は術者から精神の枷が外れる事だ。

 精神の枷、それは言うなれば自身の精神の安定を保つ物。精神の抑圧機能と言っても過言ではない。

 これが外れる事によって、心の奥の願望、秘めていた思い。それらが一気に解き放たれる事になるだろう。

 例えば、心の奥底で恋心を抱いていた場合それが表に出て来る事になる。誰かに憎しみを抱いていた場合、その対象への憎しみを抑えられなくなるだろう。

 或いは、他の人間を虐殺しても心一つ動かさない冷徹な人間になってしまうかもしれない。

 拷問を見ても眉一つ動かす事のない、冷めた人間になりうるかもしれぬ。

 それによって他人から見れば、お主が豹変した様にしか見えない変化が訪れるかもしれぬ。それでも良いというならこの魔術を行使するがよい』


「……っ」


 その書かれた文に一瞬の迷いを見せたアメリアだったが、それでも彼女は覚悟を決めた。

 ジワジワと追い詰められていくこの現状を変えたかった。ここで、この魔術書と同調しなければ何も変わることは無い。古代魔術の力があれば、この追い詰められていく状況を打破できるかもしれない。その為に代償が必要だというなら、それを支払おう。そう思ったからだ。


「すうっ、はぁ……」


 そして、アメリアは一度深呼吸をした後、魔力を籠め、書物の通りに同調の魔術を行使したその瞬間だった。




「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 古代魔術の代償として精神の枷が外れたその瞬間、今迄アメリアが自分の心の最奥に押し込めてきた怒り、憎しみといったドス黒い感情が彼女の心の表層へと現れ駆け巡っていた。それは一気に彼女の心を黒く染め上げていく。


 憎い、憎い、憎い、憎い!!!!!


 私を裏切り貶めた、彼等が!! 彼女達が!! 全てが憎い!!!!


 父と母を裏切って、大事な彼等を殺した者達が憎い!!!!


 アメリアの心の中はその感情、言葉で埋め尽くされる。

 今迄理性の鎖で雁字搦めにして見ない様にしていたモノ。激しく強く、そして醜い黒いモノ。初めて裏切られた時に抱き、両親を殺され、裏切られる度に大きくなっていったモノ。何時の間にか、彼女の心の奥底で恐ろしい程に肥大化していたモノ。


 敢えてそれを言葉にするのなら「復讐心」。それが、今のアメリアの心を支配していた。


 本来、人間は正負のどちらの感情であっても次第に沈静化していくような精神構造になっている。忘却や記憶の風化もその機能の一部だ。少しずつ忘れて事で、風化させる事でその感情を希釈し抑制していく。

 その感情を抱き続ける場合もあるが、その殆どは抱いた当初の感情をそのままの濃度で抱き続ける事は出来ないのだ。

 それもこれも全ては精神の安定のためだ。正負どちらの感情であっても、その感情が激しければ、それ相応に精神に負担がかかる。

 だからこそ、感情の起伏を抑制し鎮静化させて安定を図るのだ。

 この書物ではそれを精神の枷と呼んでいた。


 しかし、アメリアはその精神の枷を外してしまった。それによって今迄、抑制して押し込めていた感情が一気に溢れ出てきたのだ。彼女には、自分の中に渦巻く憎しみを薄め、風化させる事は自分だけではもはやできないだろう。


 そんな事をしても、両親は喜ばない、復讐は何も生まないのだと言い訳をしていた。どう思った所で只の小娘でしかない今の私がどう頑張っても復讐したい相手全てに復讐する事など出来ないと諦めていた。相手は王族や貴族だ、そんな相手に復讐する事など現実的ではないと諦観していた。


 だが、その様な愚かな考えは、今この瞬間に吹き飛んでいだ。現実的な壁があろうとも、そんな理由で諦める必要など何処にもないというのに。復讐は何も生まないのだと、自分に言い訳をしても何の意味もないというのに。

 復讐は何も生まないと言うが、ならば殺された彼等の無念をどう晴らせばいいのか。この胸に激しく渦巻く、最早彼女にも制御できない程に巨大になっていったモノ、それを晴らすためにはどうすればいいのか。今のアメリアにとって、その方法はたった一つだけだった。


 手に持っていた書物を読み進める事も忘れ、アメリアは魂の奥に深く刻み込む様に何度も何度も叫び続ける。


「憎い、憎い、憎い、婚約者だった王太子が、彼を誑かしたあの小娘が、親友が、妹が、彼等が、彼女達が、全てが憎い!!!!

 私を裏切った全てが憎い!! 私を貶めた全てが憎い!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 自分の中に溢れ出てきた憎しみの感情に振り回され、只々叫び続ける。

 そして、アメリアは最後に、そして最も憎しみが込められた一言を呟いた。


「私を貶めた、裏切った全てに復讐を」


 今、ここに最悪の復讐者が産声を上げるのだった。

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