3 地下洞窟を進んだ先にある物

「嫌な夢を見ましたね……」


 彼女の言う嫌な夢、それは彼女にとっては最悪の出来事、婚約破棄を告げられたあの夜会の時の出来事だった。あの時からアメリアの凋落は始まった。


「それにしても、ここは一体……」


 アメリアは倒れていた体を起こして辺りを見渡すと、そこは草花が生い茂る巨大な洞窟の様な場所だった。自分の足元にある光を放つ植物が光源となっており、視界に困ることは無い。その為ある程度遠くまで見渡す事が出来た。

 そして、彼女は次の瞬間、今迄の事を思い出した。


「そうでした……。私はあの時の穴に……」


 彼女は先程の地震とその時に出来たのだろうと思われる穴に落下した事の二つを思い出した。そして、その事を思い出したアメリアは思わず視線を上へと向けた。しかし、上を見ても小さな穴から光が漏れているだけだ。


「あそこから……?」


 無意識の内に彼女はそう呟いていた。もし、あそこから落ちてきたとしら、あの高さだ。体中の骨が折れていたり、或いはそれこそ絶命していてもおかしくは無い。だというのに、彼女の体にはその様な痕跡は一切なかったのだ。


「……一体どういうことなのでしょうか……?」


 その不可思議な点は気にはなる。しかし、ここが何処か分からない以上、この場に留まるわけにはいかない。自分がどれ程の時間、気絶していたのかもわからないのだ。もしかしたら、すぐに追手が来る可能性もあるだろう。そう思った彼女はこの場から急いで離れるのだった。




 アメリアが落ちた場所は洞窟の端だった様で、そこから進む道は一つしかなかった。その為、アメリアは悩む事無く、道を進み続けていた。

 しかし、洞窟内には原生生物の一匹もおらず、ただ草花が生い茂っているだけだ。この場所への不信感がアメリアの中で高まるが、それでもあそこで留まるよりはマシと自分に言い聞かせてこの洞窟を進み続けた。

 そして、洞窟を進み続けて早数時間が経過しようとしていた時だった。


「え……?」


 洞窟を進み続けていたアメリアの視線の先に、突如として建物らしき人工物が見えたのだ。

 しかし、アメリアの中ではこの場所に対する不信感が更に高まっていた。こんな人の手も入っていない草花が生い茂っていた道の先に突如としてそんな建物が現れたのだ。周囲の環境と全く調和しておらず、明らかに異様で異彩を放っている。

 だが、道はこの先に続いている以上進むしかない。罠の可能性も考えなかった訳では無いが、自分一人を捕える為にこんな手の込んだ事をするはずがないだろうとも考えた。アメリアは覚悟を決めて、建物の方へと歩んでいくのだった。




 そして、アメリアはその建物のすぐ傍にまで近づいていった。だが、その建物の異様さは近くで見ればより顕著な物だった。

 辺りには植物が生い茂っているというのに、この建物にはその影響が一切見られなかったのだ。

 ここまで辺りに植物が生い茂っているなら、普通の建物ならば何某かの影響があるのが普通だ。例えば建物に蔦が絡みついたり、建物の隙間から雑草が生えたり等だ。

 だが、この建物にはその様な痕跡は一切なく、まるで建てられた当初の状態で保存されているかのようだった。

 そもそも、こんな明らかに長年に渡り人の手が入っていないだろうと思われる地下空間にあんな人工物と思われる建物があること自体が不自然極まりない。


 そして、アメリアはこの建物を近くで見た瞬間、まるで昔見た魔術師の工房の様だ、とそう感じた。その時、アメリアはふと、この森についての事を思い出した。


 この森には伝説とも、禁忌に触れた魔術師とも呼ばれた存在が最後に拠点とした地であり、この森の何処かには今もその魔術師の工房が眠っているといわれている。

 その伝承を信じ、工房に眠る遺産を求めて、今迄幾多もの人間達がこの森を捜索したが、遂に誰もその工房は発見することが出来なかった。

 そして、何時の間にかこの森を捜索する者は殆ど居なくなった。今もこの森を捜索するのはこの話が本当だと信じ込んでいる余程の物好き程度位しかいないらしい。


「まさか、本当に……?」


 こんな木々生い茂る、人の手が全く入っていないだろうと思われる地に立つ、明らかに異彩を放つ人工物の建物。そもそも、こんな地下に大きな洞窟があること自体が不思議だ。

 地震で穴が開かなければ、そもそもここに来ることが出来なかった。つまり、この場所は隠匿されていたという事だ。

 或いは、この洞窟自体が人によって作られた可能性すらありうる。伝説ともいわれる魔術師なら、この洞窟を作ることだってできるかもしれない。


「…………」


 ありとあらゆる状況証拠があの屋敷こそが魔術師の工房であるという事を示している様な気がした。


 そろそろ、何処かの屋根がある建物で休息を取りたいとアメリアは思っていた。そうでもしないと、本当に精神的な限界が訪れそうだったからだ。だが、この推測が本当なら、この建物の中には地下空間から脱出する方法も見つかるかもしれない。

 それに、もしかしたら少なくなってきている手持ちの食料を補充する事も出来る可能性もある。もしここが例の工房ではなく、誰かが住んでいるとしても、こんな場所に住むという事は俗世から離れた生活をしているだろう。なら事情を話せば匿ってくれるかもしれない。そんな打算も彼女の中にあった。

 ここから、今はここから脱出する方法も無いのだ。運良く捕まる直前でここに来る事になったが、今度追っ手達に囲まれれば、間違いなく終わりだ。今度も自決の脅しが通用するという保証はどこにもない。なら、あそこに賭けてみる他ないと彼女は決意を固める。


 そして、アメリアは工房の入口の扉へと近づいていくのだった。

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