2 全ての始まり、婚約破棄
アメリアの身に起きた悲劇の連続、その始まりとも言える出来事が起きたのは王立学院で開かれた夜会での事だった。
「アメリア・ユーティス、お前との婚約を破棄する事をここに宣言させてもらう!!」
アメリアが暮らすこの国の名はエルクート王国といった。この国は国力で言えば世界最大といっても全く過言ではない。そして、彼女はこの国の貴族、ユーティス侯爵家の令嬢で、この国の王太子の婚約者でもあった。
アメリアは綺麗に整った銀色の髪と蒼い瞳、惚れ惚れする様な綺麗に整った顔立ち、そしてその聡明さで社交界でも有名だった。それもこれも、全ては王太子の伴侶に相応しい令嬢になる為のアメリアの努力の賜物だった。政略結婚ではあるが、アメリアは婚約者である王太子の事を愛していたし、愛そうと努力をしていた。
だが、アメリアはたった今突如として婚約者の筈の自国の王太子であるヴァイス・エルクート第一王子に婚約破棄を告げられたのだ。
アメリアを睨むヴァイスは金色の髪が特徴的で、美形だが何処か傲慢さが垣間見えるその顔に笑みを張り付けている。
そして、王太子の隣には、彼の腕に胸を押し当てる様にして抱き着いているピンク色の髪をした愛らしい容姿をした令嬢の姿がある。
「今迄、アメリアから受けたいじめは辛かっただろう。だが、もう安心だ」
「はいヴァイス様、ありがとうございます。今迄怖かったです……」
ヴァイスの隣にいるその令嬢の名前はアンナ・フローリアと言った。彼女はフローリア男爵家の令嬢である。そして、彼女の愛らしい容姿とその計算されつくしたかのような愛らしい仕草に王太子は完全に魅了されている。しかし彼女は誰にも見えないように一瞬だけ、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
だが、困惑を隠せないのは婚約を破棄された側、アメリアの方であった。本来、今日の夜会は婚約者として彼を伴って参加するはずだった。しかし彼は突如として、夜会への出席をキャンセルしたかと思うと、何故か男爵令嬢であるアンナを伴って夜会の会場に入ってきた。そして、その直後に一方的な婚約破棄を告げられたのだ。困惑するな、という方が無理な話だろう。
「殿、下……。一体何を仰っているのですか?」
「聞こえなかった様なら再度言ってやろう。貴様との婚約、破棄させてもらおう!!」
「殿下、何故なのですか!? 何故、婚約破棄などと!! せめて、その理由をお教えください!!」
「ふんっ、自らの罪を自覚していないとは嘆かわしい。ならば教えてやろう、お前が行った愚かな行為の数々をな!!」
そして、ヴァイスが次々と上げていくのはアメリアが行ったといういじめの数々だった。しかもそのいじめの理由はアメリアがアンナに嫉妬したからだという。だが、アメリアにはヴァイスが上げているいじめの数々は全く覚えがない。だというのに、それを全て自分のせいにされてはたまったものではない。まるで自分が冤罪事件の容疑者になった気分だった。
「殿下、お待ちください!! 私がいじめたという証拠が一体どこにあるのですか!?」
アメリアは必死に抗議をするが、それをヴァイスが聞き入れることは無かった。
「不利になった犯罪者はいつもそう言うのだ。証拠を出せ、証拠を出せとな」
それどころか、逆にヴァイスは呆れたように溜め息をつくと、まるでこの事を想定していたかのように次なる手を打った。
「証拠ならある。貴様の行いを証言する為の証人がいるのだ!!」
そして、指をパチンと一度鳴らすと、人ごみの中から一人の令嬢がヴァイスの元へと近づいていった。だが、その令嬢の姿を見たアメリアは驚きを隠すことが出来なかった。
「どう、して……」
アメリアはその令嬢の事を知っている。いや、知っているという表現は厳密に言うなら正しくは無いだろう。
「アメリア、彼女の事はもちろん知っているだろう?」
何故なら、証人として現れたその令嬢はアメリアの親友である筈のマルティナ・エステリア伯爵令嬢だったからだ。アメリアには親友である筈の彼女が証人として呼ばれているのか意味が分からなかった。
「ティナ……。どうして、貴女がそこに……?」
「マルティナ嬢、約束通り証言してくれるな?」
「はい、殿下。私はあそこにいる女、アメリアに指示されてアンナさんに酷いイジメをしていました。
ですが、これ以上罪の重さに耐えられなくなり、こうして今迄の事をこの場で告白をしようと……」
そして彼女は、言葉の途中でこれ以上耐えられないと言わんばかりに両手で顔を覆い隠した。
それを見た周囲の者達は一斉にアメリアに疑惑の目を向けた。それを見たヴァイスは満足げな表情を浮かべた。
「彼女に私が問い詰めたところ、すぐに話してくれたよ。いじめは全てアメリア、お前の指示で行ったと。どうだ、これでもまだ信じないか?」
その瞬間、アメリアに向けられた疑惑の目はさらに強くなる。だが、彼女にはそんな事をした覚えは全くなかった。だからこそ、彼女の困惑は更に大きいものへとなる。
「しかもこれだけではない。証人はまだいるのだ!!」
そう言ってヴァイスは再びパチンと指を鳴らすと、何処からか数人の令嬢が現れた。そして、彼女達は一様にアメリアがイジメをしていた現場を目撃したと言い始めたのだ。
「わたくし達はアメリアさんがアンナさんに酷いいじめを行っている現場を見ましたわ」
「同じく私もその現場を見ました」
「私もですわ」
そう証言するのはマーシア・ファーンス公爵令嬢とその取り巻きの令嬢達だ。
だが、彼女達はアメリアに敵対している派閥の令嬢達である。しかも、マーシア公爵令嬢はアメリアの事を一方的に嫌っていた。時には彼女から酷い嫌がらせを受けていた程だ。これがアメリアを貶めようとする思惑だという事は少し考えれば分かる事である。だが、目の眩んだ今の王太子にはそんな事すら理解できなかった様だ。
そして、今証言をしている令嬢達は扇で口元を隠してはいるが、その扇の奥ではまるでアメリアを嘲る様に口元を歪ませている。彼女達はアメリアが貶められているこの状況が愉快で仕方がないのだ。
「殿下は、婚約者の私ではなく、他人の証言を信じるというのですか!?」
「無論だ」
そして、ヴァイスは冷えた視線をアメリアへと向ける。その、まるで愚かな者を見下すかのような冷たい視線がアメリアの心を射抜いていた。だが、それでも彼女は諦めない。諦めたら全てが終わる、そんな予感がしたからだ。
「私は嘘をついていません!! 嘘をついているのはその人たちの方です!! 何故、何故、私を信じてくださらないのですか!?」
「っ、これだけの証人がいながら、まだ貴様は言い逃れをするつもりか!!」
「殿下っ、誤解です!! 違うのです!! 私はっ!!」
「もう貴様の顔すら見たくもない!! 衛兵、この女を学院から追い出せ!!」
この会場に配置されていた衛兵達は彼の指示に従い、アメリアを拘束、この会場から追い出そうとする。だが、彼女はヴァイスに弁明すべく衛兵達に必死に抵抗した。
「やめてっ、離してくださいっ!!」
「この期に及んでも抵抗するつもりか。見苦しいぞ、アメリア。お前の事は全てお前の両親に報告させてもらう。屋敷で謹慎しているがいい!!」
そして、警備員に無理矢理学院から追い出されたアメリアは強制的に屋敷へと戻される事になった。
だが、この出来事はアメリアに訪れる苦難の序章に過ぎないのだと、その時の彼女は知る由もなかった。
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