婚約破棄を告げられ、処刑されかけた悪役令嬢は復讐令嬢になりました ~古代魔術で裏切り者達を断罪する復讐劇~

YUU

第一章

1 逃避行

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 とある森の中、ボロボロになったドレスを身に纏いながら一人の少女が森の中を走り回っていた。

 息が切れ切れになりながらも、彼女がその足を止めることは無い。足を止めて追っ手に捕まれば自分の命が無いと理解している為だ。

 ここまでの過酷な逃避行は裏切りの連続だった。もし何かが違えば、彼女はここまで来る事は無く、捕まっていただろう。犠牲と幸運が無ければ、ここまで来る事は出来なかった。

 しかし、彼女はこの森に逃げ込んでから真面まともに睡眠をとっていない。そんな状態で追っ手から逃げているのだ。

 また、彼女がこの森の中に逃げ込んでから既に数日が経過している。森に逃げ込んだ最初の頃はうまく身を隠せていたが、追っ手に運悪く見つかってしまい、それからはこの森を捜索する追っ手から必死に逃げ回っていた。


「アメリアは見つかったか!?」

「いえ、見つかりません!!」

「くそっ、何処に行った!!」


 追っ手は一度見つけた少女、アメリアを見失い、必死に探していた。だが、それ以降は成果もほとんど出ていない。


(このままなら……)


 このまま、身を隠しながら森を抜ければ、追っ手を撒くことが出来るかもしれない。そうすれば落ち着いた場所で眠る事が出来るのだ。そう思った彼女であったが、その瞬間、こうも思ってしまったのだ。


(もし逃げきれたとしても、それからどうすれば……)


 もう頼れる相手もいない。周りは敵だらけ。対して、自分は一人。自分の味方だった者達は犠牲に、或いは裏切った。このまま逃げたとしても、今後の展望が全くないのだ。持っている携帯食料も底を尽きかけている。頼れるはずの両親も既にこの世にいない今、これからどうすればいいのか分からない。


 そう思ってしまった次の瞬間だった。


「あっ!?」


 その様な心の隙が不注意を呼んだのか、何かに躓き、足を取られ倒れ込んでしまう。彼女が慌てて足元を見ると、足には細い蔦が絡みついていた。

 それを見た彼女は慌てて足に絡みついた蔦を取り除こうとする。


(早く、早く……)


 焦りながら蔦を取り除こうとするが、初めての事で中々上手くいかなかった。焦れば焦る程、手の動きが乱雑になる。

 そして時間を掛け、やっとの思いで足に絡みついた蔦を取り除き、立ち上がり再び逃げようとしたその瞬間だった。


「やっと、やっと見つけたぞ」


 森の茂みの奥から複数人の追っ手が現れたのだ。


「なっ……」

「さぁ、そろそろおとなしく俺達に捕まってもらおうか」

「い、いやっ!!」


 アメリアは咄嗟に周囲を見渡し、追っ手のいない方角があると知ると、そちらに向かって走り出した。

 だが、これだけ至近距離に近づかれたのだ。更に彼女は真面に休息もとっていない、不眠不休に近い状態でこの森を逃げ回っている。これ以上逃げても、いずれは体力の限界で追いつかれるだろう。それでもここで捕まるわけにはいかないと、アメリアは必死に走り続ける。


「やっと、見つけたのだ!! 今度は決して見失うな!!」


 追っ手達の方も数日間、彼女を探し続けていたのだ。ここで逃がせば今迄の苦労が水泡に帰す。逃がす訳にはいかないと必死にアメリアを追いかけるのだった。





 彼女が最後の力を振り絞って、追ってからの逃亡を続けたが、それにも遂に限界が訪れた。


「もう逃げられないぞ?」

「くっ……」


 アメリアの背後には巨木が聳え立っている。そして、彼女の前方には追っ手達が取り囲んでいる。また、彼女自身の体力も既に限界を超えていた。走る気力すら残っていない。前には追っ手、後ろには壁の様に聳え立つ大樹、もう彼女に逃げ道は無かった。

 一方、追っ手たちの顔には安堵の表情が浮かんでいた。彼女を追うように命令を出したのは彼等達よりも遥かに身分が高い者だ。そんな者からの命令で失敗するようなことがあれば、どうなるか分からない彼等ではない。

 彼等もここまででかなりの時間を掛けている。これ以上、時間を掛ければ命令者の機嫌を損ないかねない。国ではアメリア処刑の段取りも既に出来ている。後は本人を連れて来るだけの段階だった。


「ユーティス侯爵家のご令嬢、アメリア・ユーティス様がここまで落ちぶれるとはなぁ」

「この女、悪魔と契約した魔女、なんて言われていますけど、本当なんですかね?」

「さぁな、本当に悪魔と契約したなら、俺達はここで死んでもおかしくないんじゃないのか?」


 アメリアを取り囲む男達はそう言ってケラケラと笑っていた。だが、それを見る彼女の表情は歪んだままだった。


「私は魔女などでは……」

「そんな事はどうでもいい。あんたの意見は関係ないからな。まぁ、あんたの身に起こった事には同情しちまうが、これも命令なんでね。さ、ここで大人しく捕まってもらおうか」


 そう言いながら追っ手達は彼女に近づいていく。それを見た彼女は決死の決意を固めた。


「……ここで捕まるぐらいならっ!!」


 アメリアはそう言うと懐に隠し持っていた自決用の短剣を取り出した。そして短剣を鞘から抜き、その刃を自分の首元へと向ける。


「ここで貴方達に捕まるぐらいなら、私は死を選びます!!」

「なっ!?」

「馬鹿な真似はよせっ!!」


 それを見て、焦るのは追っ手の方であった。彼等に下された命令は彼女を『生きて捕える事』だ。ここで自決でもされれば、命令を達成できなくなる。

 彼女はそれを知っていたからこそ、自分の自決を脅しとして使おうと考えたのだろうと追っ手達は考えていた。


「私から離れてくださいっ!! これ以上近づけばこの喉を掻っ切りますよ!!」


 そう言ってアメリアは自分の喉元にある短剣を首の薄皮一枚が切れる程度に近づけた。  それを追っ手の方は苦虫をかみしめたような表情で一歩、また一歩と下がる。


 このまま上手く自分の自決を脅しに使えば、アメリアは逃げ切れる可能性があるかもしれないだろう。

 だが、彼女の心の内は既に諦めに支配されていた。このまま運よく彼等から逃げたとしても、逃げ切れる保証はどこにもない。今度は自決の隙も無いまま呆気なく捕まってしまう可能性もあるかもしれないのだ。

 そうなる位なら今この瞬間に自決を選ぶ、それが今の彼女の心境であった。


(お父様、お母様、申し訳ありません。私をここまで逃がしてくれた人達、皆のおかげで今、この時まで生き延びることが出来ました)


 アメリアは最後に自分を貶めた者達への恨みではなく、自分を逃がしてくれた両親や護衛達への感謝の念を抱いた。それを最後に彼女は自決の決意を固める。


(お父様、お母様、私は今そちらに参ります)


 そう心の中で呟き、自らの喉元を短剣で掻っ切ろうとしたその瞬間だった。


 ――――――ドドドドドドドドドッッッッ!!!!!!


 そんな音と共に、まるで森全体が揺れるような巨大な地震が発生したのだ。


 そんな地震が起きては森の中にいる彼等は真面に立ってはいられない。アメリアと追っ手達は揃って動けなくなった。

 そして、地震が激しさを増したその瞬間、彼女の足元に人一人は軽く入るほどの大きな穴が開いた。


「なっ!?」


 当然、足元にそんなものが開いたのだから、彼女は呆気なくその穴に飲み込まれて落下していく。


「きゃあああああああああああああああっ!!」


 アメリアはそんな悲鳴を上げながら、穴の下へと落下していくのだった。




「……おい、どう報告する……?」

「どうって言われても……」


 そんな声を上げるのはこの場に残された追っ手達の方だ。アメリアが落下していく光景を見て、追っ手達は呆気に取られていた。やっとの思いで追い詰めた相手を確保直前で取り逃がしたのだから。

 地震そのものは彼女の足元に大きな穴が出来たすぐ後に収束している。だが、もう彼女を追う事も出来なくなっていた。

 先程出来たこの穴は底が見えないほど深いものだ。自分達がこの穴に入ったとしても戻って来られる保証はどこにもない。追いかけるにしても専用の装備が必要になってくるだろう。そんな装備は持ってきていない為、追いかける事も出来ない。

 それに、これ程の深さの穴だ。こんな穴に落下して無事でいられる筈がない。アメリアも落下の衝撃で絶命しているだろうとも考えた。その事実を認識した追っ手達は彼女の事を諦めざるを得なかった。

 しかし、アメリアを生きて捕まえる事が出来なくなったのもまた事実だ。自分達に命令を下した者にどう報告するべきか、苦悩しながら彼等は森を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る