第10話:異世界への帰還
「舞ちゃん、だっけ?大分気に入ってくれるみたいだし、輪のことは好きに持って帰っていいから」
「はい。その、輪は・・・・・・いただいていきます」
「結婚式は呼んでくれると嬉しいけどね」
「・・・・・・似たようなセリフを鷹崎家で聞いたぞ」
舞の気持ちは大人から見れば一瞬で解ってしまう程度の潜伏度らしい。
母親達は性格やタイプは違えど、意外と気が合う所はあるのかもしれなかった。
そして、親子として分かり合えないとずっと思っていたのに、今までよりも親子らしい雰囲気で会話が出来てしまっている。
舞と言う第三者が挟まったことも大きいだろうが、きっと輪が正面から向き合ったおかげなのか。
人と向き合うことは難しく、それでも進めば何かが待っている。
―――こうして、二人がアスガルドに戻る日がやってきた。
アスガルドに戻る前に肉親への挨拶は済ませた。
難航はしたが学校もしばし休む旨は手紙と言う形で送ったし、翔にもメッセージを送って事件でないことを印象付けたのだ。
部室に足を踏み入れるのも最後かもしれない。
「さて、そろそろ刻限だし備えはしておきましょう」
「ああ・・・・・・そうだな」
後は待つだけでいい、魔王が定めた期限は一週間。
そして、再び空間が歪んで奈落にも見える穴は姿を現す。
アスガルドに帰還する為の穴は大きく、再び異世界に招き入れるように二人に向けて顎を開いていた。
こちらの世界に残していくものも気がかりだが、アスガルドとて短期間とはいえかけがえのないものをくれた場所だ。
戻ろう、あの場所へ・・・・・・と一歩を踏み出そうとした時。
「舞、下がれ・・・・・・ッ!!」
「えっ・・・・・・?」
驚き顔の舞を強引に下がらせた先、そこを鉤爪の生えた獣の腕が薙ぎ払っていた。
判断が遅れていれば舞とてただでは済まなかっただろう。
この世界には
至高の騎士、サーシャから吸った力を咄嗟に展開する。
「来い・・・・・・
手にするは白銀の刃、やはりこちらの世界でも魔笛は影響を受けない。
力の一部とはいえ構築された刃は熊に近い形状をしていた魔笛を一撃で斬って捨てていた。
斬られた獣は紫色の煙となって消滅していくだけで、他には敵影は見られない。
とりあえずは脅威を退けて安堵した輪はため息を吐く。
「どうして、魔笛がここに・・・・・・?」
「魔王が俺達を狙ってきたって可能性が高いな」
あまりにも今回の襲撃はタイミングが良過ぎる。
魔王がどこからか歪みを開いた場所に魔笛が待ち構えているなど、アスガルド側から誰かが放り込んだとしか考えられない。
だが、それなら魔王はなぜ二人をこの世界に戻したのか分からない。
殺そうとしているなら、いくらでもタイミングはあったはずなのに。
恐らくはアスガルドと現代にはまだ秘密が眠っている。
納得いかない点を全て解き明かす鍵は向こう側の世界にしかないのだろう。
だから、再び異世界転移をするとしよう。
強くなるために、全てを解き明かす為に、今とは違う自分になる為に。
現代日本で背負うものも全て抱えて前へと歩こう。
「それにしても、思ったより荷物少ないな」
「持ち込むものは厳選したわ」
事前に輪とも話し合って、アスガルドにも少しは荷物を持っていくことにした。
また、異世界に無用な技術を持ち込むのもダメだし、お菓子の類にしても種類はアスガルドに類似品があるものに限ると決めた。
例えば、異世界にない味をサラ達に食べさせて気に入るとしよう。
だが、その好物の味を思い出しても輪達が持っている分以上には食べられない。
美味を思い返してもモノがない、そんな風に悶え苦しませる可能性は排除したい。
「まあ・・・・・・俺達が余計な技術を持ち込まない方がいいだろ」
「そうね。どうせ向こうには合わないし、技術では向こうの方が優れている所もたくさんあるわ」
向こうの文化を大切にしたい、輪達が無用の手出しをする意味も無い。
これが二人の共通の見解だったので身の回りの品程度を搔き集めて小さなバッグに入れただけだ。
歪みに飛び込むと周囲に警戒しながら前へと進んでいく。
相変わらず頭痛と吐き気が襲ってくるが、今回は以前よりもずっと楽だ。
アスガルドで何かが起こっている危険性も考えたが、魔笛は一切襲ってくることはなかった。
そして―――
「さて、戻ったぜ・・・・・・アスガルド」
「久しぶりに見るわね、この光景も」
こうして、二人はアスガルド交易都市へと帰還したのだ。
こちらの世界の時間にして、三日足らずの短い休暇だったが得る物は多い帰還だったと言い切れる。
この世界に降り立つ前の部室で翔に送ったメッセージを思い出す。
“心配かけて悪い。すぐ戻る”と不愛想だが、輪なりに強い決意を込めたつもりだ。
さあ、再び異なる世界で続きを始めるとしよう。
真実を解き明かす、新たなる物語を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます