第4話


 1日の疲れを取るには、熱いお湯に浸かるのが一番だ。

 風呂場の真っ白い天井を見上げながら、素直にそう思う。


「あー……疲れた」


 今日は……何というか。色んな事があった気がするし、そうでもない気もする。

 ただ一つ言えるのは美人が目に涙を浮かべて赤面する姿は最高だという事だ。


 湯船に身を沈めながら目を閉じて、1時間ほど前の光景を思い出す。


 あれは、そう。楪さんが漏らしてしまった後の事だ。

 何とも気まずい空気の中、取り敢えず何とかしなければとティッシュやら何やら持ってきて後処理を済ませ、それから彼女は無言のまま部屋に入っていった。


 今回の件は十割俺が悪い。が、これで彼女も懲りてタチの悪い冗談を言わなくなるだろう。

 それだけでも怒った意味があったと言える。


 だが、同時に恐ろしくもあった。

 次会った時に、彼女が何かアクションを起こさないとも限らない。

 服の下に鉄板でも入れておくべきか。




「ま、そこまで過激な事はしてこないか。ていうかそれより……」


 怒鳴っただけで漏らすって。前より酷くなってないか? 俺のOS。


 以前までの俺なら声を掛けると若干赤面する程度で、怒ったとしてもその効果に然程違いは無かった。しかし。怒鳴るだけで漏らすとなると、触れたりしたら一体どうなるんだ?


 手のひらを見つめて、ふと楪さんの顔が思い浮かぶ。


「……いやいや。それはダメだろ」


 首を振り、邪な考えを振り払う。

 彼女に関われば、確実に目立つ。


 これからは気をつけなければ。

 明日からの立ち振る舞いを気をつけようと心に決めた。











「──お嬢様。いつまで落ち込んでいるおつもりですか?」

「だって……だってぇ……」


 毛布を被り、衣類が入った段ボールの山に囲まれている初楓。

 余程漏らした姿を見られたのがショックだったらしく、酷く落ち込んでいた。


「彼には会えたのでしょう? それに、女子が漏らすのに性的興奮を覚える男子は少なくないと言いますし」

「そんなフォローいらないわよ……。というか何故、詩音がこっちに来ているの?」


 詩音と呼ばれたメイド服姿の少女は野菜を切る手を止めて、初楓へと目線を向ける。


「旦那様が、お嬢様一人で生活は無理だろうと」

「あぁ、そう……」

 特に反論するわけでもなく、更に深く毛布を被った。


「彼ね、私のことを覚えてなかったわ。まぁ、当然なのだけれど」

「覚えていて欲しかったのですか?」

「……えぇ」


 ──ずっと昔に出会った不思議な魅力がある男の子。彼の周りにはいつも女の子が沢山居た。

 どうしてだろうと思って、珍しく一人で居る時に話しかけてみて、すぐに分かった。


 彼の声は、聞いているだけで胸がドキドキした。

 さり気無く触れた指は暖かくて、電気が走る様な刺激があったのを覚えている。


 何より、その笑顔が素敵で。

 声に、触れた指に特殊な力があるのは分かる。

 そして笑顔にはそれらにあった違和感が無い。

 けれど、一番の魅力があった。


 その時初めて、私は恋をした。

 

「……触れなければ良かったんだけどね」


 触れた人の記憶を消す。

 それが、初楓のOS。

 当時は知らなかった。自分にそんなチカラがあったなんて。知っていたら触れはしなかったというのに。


「良いじゃないですか。また新しく記憶を作っていけば」


 淡々と調理を済ませ、詩音は料理を運びながらそう言って微笑む。


「詩音の言う通りね。沢山良い記憶を作って、そして……」


 続く言葉を遮る様に勢い良く布団を剥ぎ取られた初楓は照明の眩しさに目を細め、のっそりと立ち上がると椅子に座った。


「さぁ、お召し上がり下さい」


 ガラスのテーブルに並べられたシェフ顔負けの料理を前に、腹の虫が小さく鳴き声を上げる。


「いつもありがとね、詩音」

「私はメイドですので。当然の事です」


 屋敷とは違う小さな部屋に似つかわしくないメイドは、一礼して部屋にある段ボールを片し始めた。

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