第69話 ニヤリ


悪い笑顔の乙女。



「〜♪きゅ〜♪」


 ご機嫌だ。

 さくらさんがご機嫌で何かを作っている。


「さくらさん」


「…………」


 返事がない。

 すごい集中力だ。


 気になるからこのまま見ていよう。



 裁縫セットを使っているということは……服を作ってる?

 いろんな色の布が置いてあるし、着物か?



 …………。



 いや、違うな。

 なにか筒状のものが縫い上げられている。



 それにしても、尻尾が信じられないくらい器用に動いてるな。


 尻尾を巧みに動かし、使い終わった布を畳んだり、チャコペンでしるしを付けたりと大活躍だ。

 そのあいだも両手は休むことなく縫っていく。

 確実に職人技の域に達している。



 そして地味に凄いのが、針に糸を通すときに、全く詰まることなくスーッといくことだ。


 まるでプロのバスケ選手が魅せるスリーポイントシュートのように、1度も引っかからずに通っていく。


 さくらさんの作業は見ていて気持ちがいいな。



 ん?

 次は布を小さい丸のような形に何個も切っている。


 それを筒状のものに縫い合わせて……っ!!!


 鯉のぼりかっ!!



 そうか。

 鯉のぼりを作っているんだな。

 そして今は鱗の部分を作っていると。



 きっとさくらさんのことだ。

 素晴らしい出来栄えの鯉のぼりを作ることだろう。


 これ以上見るのは野暮だな。


 完成するまで楽しみはとっておこう。







翌朝——。





「さくらさん、この鯉のぼりって鯉?」


「きゅ?」


 鯉ってこんな魚だったかな?


「俺の目にはサバに見えるんだけど……」


 おかしいな……。

 昨日途中まで見ていた段階ではしっかり鯉のぼりを作っていたんだけどな。


 布製のはずなのに、何でこんなリアルなサバが出来るのだろう。


「キュッ!キュゥキュ!キュキュッ」

(私がそこら辺の鯉のぼりと同じレベルのものを作るわけがないでしょう)



 まぁ、鯉のぼりサバverはまだ良しとしよう。

 しかしアレ・・はなんだ?


 鯉のぼりの大きく開いた口の中から時折り見える、一回り小さな鯉のぼり。


 まるで食べられているかのように見えてしまう。


 弱肉強食、食物連鎖、野生の理。


 食べられている小さな鯉のぼり・・・・・・・の切なそうな顔が、世の真理を想像させる。


「さくらさん、あの小さい鯉のぼりってまさか……」


「キュ!」


 さくらさんがニヤリと悪い顔をして笑った気がする。


 いや……あの小さい鯉のぼり——俺のよく知る後輩の姿に似た鯉のぼりを見て、たしかに悪い顔で笑った。




悪い笑顔の乙女。

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