第59話 元旦③


縁起が良い。




 目の前に並ぶ豪華な料理の数々。

 それを俺と、膝の上に乗ったさくらさんと2人で食い入るように見ていた。


 後輩が作ってきたおせち料理だ。


 伊達巻きやかまぼこ、きんとんなどが綺麗に詰められていた。



「すごいな。お前こんなに作れたのか。美味しそうじゃないか」


「あー…はい。……嘘です。すみません。料理教室にも定期的に通ってるんですが、まだそこまでのものは作れません…。だから1種類だけです。あとはお母さんが作りました」



 そうか。だから微妙に気まずそうな顔してたのか。


「まぁ、それでも1つは作ったんだろ?きんぴらとかか?」


「いえ!私のはこっちです」



 そう言って、もう一つバカでかい重箱を出してきた。


パカッ…




「!!?!?キュゥゥゥッ!!」

(!!?!?見ちゃダメ!!)


 ガバッ!!ドシュッ!!





 ぐわぁぁあ!!

 目が…目がぁ…


 後輩が重箱の蓋を開けた瞬間、さくらさんがいきなり目隠しをしてきた。





 だが悲しいことにカワウソの小さな手では、目を覆い隠せず、目玉を突く感じになってしまった。


 目隠しではない。もはや目潰しだ。





『カァ、ガァァァアッ』


ドサッ


《お母さん、カラスさんが落ちてきたよー》





 何だっ?外で何か音がしたぞ!

 子供の声も聞こえる。何が起きてるんだ!

 くそっ。目が痛ぇ。



「きゅぅぅ…」

(この女なんてものを作ってるの。…恐ろしい子)





 痛みに悶えながらも、何とか目玉からさくらさんの手をどかした。




 ……。

 …………。


 目潰しを抜けるとそこは地獄であった。

 目の前が暗くなった。意識の信号が止まりかけた。



「あのぉ…どうしたんですか…?」



「おい……これは…何だ?」


 俺は目の前の光景・・に指をさして尋ねた。



「煮蛤の昆布巻きです!!見た目はちょっとグロテスクですけど美味しいですよ!!」



 煮蛤の昆布巻き?

 名前は美味しそうなのに絵面は地獄だな。



 控えめに言えば、蛤が細めの昆布に絞め殺されている。


 土気つちけ色した蛤達が、ギチギチと苦しそうに泡を吹いて昆布に雁字搦めにされている。


 あまりにもキツく締め付けられているのか、所々から液体が染み出していてグロい。

 昆布の隙間からはみ出た貝ひものようなものは、まるで触手の化け物とらえられ助けを求める手みたいだ。


 昆布のヌメリ感というか、嫌な感じにテカテカしているのが不快感を増幅させるのだ。


 それが何十個と並べられている。


 これでちょっとグロテスクだと?

 魔王城の廊下に陳列されている地獄のオブジェと言われても納得だぞ。



「どうしても先輩におせちを食べて欲しくて頑張りました!!幸せを運ぶ食べ物です!!」



 眩しい。笑顔が眩しい。




 ……

 …………逝くか。


 かつて飲まされたスープがフラッシュバックする。



 これは地獄のオブジェではない。

 ……幸せのオブジェなんだ。



 カタカタ、カタカタ



 ちくしょう!手が震えるぜ!



 これは悪意の塊ではない。

 ……善意の塊なんだ。




 パクッ。



 !!!?

 これは!!?



「美味い!!視覚で殺し、味覚で救う!下げて上げる!高低差マジック!美味しいじゃないか!!」



 キツく締め付けられることによって染み出た煮汁がめちゃくちゃ美味い。



「何か褒められてるのか微妙ですけど、美味しいなら良かったです!!さくら先生も食べてみて下さい」



「キュ。…………ちっ」



 さくらさんも悔しそうにするくらいには美味しいらしい。


「何でこれを作ったんだ?もっと他のおせち料理もあっただろう」


「……先輩はおせち料理には、それぞれ意味があるって知っていますか?」



 まぁ、簡単なものなら知ってるな。

 あんまり気にしたことはないが。



「煮蛤は…夫婦円満を意味する縁起物なんです。昆布巻きは〈こぶ〉が〈よろこぶ〉に通じて、縁起がよく、〈子生〉とも書いて、子孫繁栄の意味もあるんですよ。せっかくだから2つ合わせちゃおうって!」



「俺、結婚もしてないし、子孫繁栄とかあまり関係ない気がするが…」



 縁起物なのはわかったが、俺には早い気がするな。

 付き合ってる相手もいないのに。



「それは……すぐに結婚するかも知れないじゃないですか…意外と近くにいい人がいるかも知れないじゃないですか。すぐに子供とか欲しくなるかも知れないじゃないですか。……結婚。……子供。うへへへ…先輩と私の子供なら絶対に可愛くてカッコ良くて賢い良い子になりますよ…うふふ」



 ボソボソ喋ってたと思ったら、いきなりにやけ出したぞ。

 後輩はだらしない笑顔をしながら、どこかの世界に行ってしまったようだ。



「キュー。キュキュ!キュゥキュッ!」

(バカはほっといて私のおせちを食べましょう)



 そういえば、さくらさんはどんなの用意してるんだろうか。



 いつもみたいにキッチンから持ってくると思ったら、さくらさんは何処かに電話をかけている。




「………キュ」


 ピッ。



 え、何?一言だけで切っちゃったけど。




 すると、、、


 ピンポーン!




 誰だ?元旦に来るやつなんかいないはずだが。



 インターホン越しに見えるのは割烹着姿の男。


 誰?


「…どなたですか?」


『へい!姐さんに言われたものを持ってきました!!』



 姐さん?言われたもの?


 さくらさんを見ると、グッジョブと親指を突き立ててきた。



 なんでも、さくらさんが修行したお店の弟弟子らしい。


 そして、さくらさんはお店で前もって準備していたものを持って来させたようだ。


 いや、めちゃくちゃ来るの早かったけど、どこに居たの?あの人。




 ガチャ。



『これです!!姐さんによろしくお願いします!では!』



 玄関を開けて驚いた。

 爽やかな青年に渡されたのは、鯛の姿焼き。


 デカいな。

 しかも3匹もいる。


 ……違うな。1匹はサバの姿焼きだ。




「キュッキュッキュ」


 さくらさんは勝ち誇ったかのように、後輩を指差していた。



「見たかしら?縁起物と言ったら、鯛!!あなたのように、ちまちまと小物で攻めるなんてズルいことはしないのよ!」



「くっ、大事なのは気持ちなんです!私はさくら先生より気持ちを込めて作ってるんです!!」



 おーおー、さくらさんと後輩は相変わらず仲が良いな。



「負け惜しみにしか聞こえないわね。気持ちって言っても、どうせ、やましい気持ちがたくさん込められてるんでしょ。そんなんだから【滅】なんて引くのよ」


「なっ??なんでそれを!?見られないようにしたはずなのに……」



 楽しそうな2人はほっといて、俺は鯛を頂くとしよう。



「おい、先に食べるからな」





 パクッ。



 うん!美味い!

 焼き加減といい味付けといい絶品だな。


 鯛の姿焼きなんて普段食べないから、すごい贅沢な気持ちになるな!



 ……

 ………


 しかし何故だろう。

 こっちのサバの姿焼きの方が食べてて安心するというか落ち着くというか…。


 パクッ。


 あぁ。サバが美味いな。






縁起が良い。

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