第44話 良妻



飴と鞭。



「今日飲みに行かないか?」


 珍しく課長からのお誘いだ。

 奥さんは大丈夫なのだろうか。


「今日あいつ実家に帰っててな、暇なんだよ」


 なるほど。

 ちょうど良い機会だし、さくらさんにも会わせておくか。


「それなら課長、うちに来ませんか?さくらさんにも会えますよ」


「お、良いのか?ついに噂のカワウソに会えるな!」




ーーーーーーーーー



トントン、コトコト、トントン、コトコト。


「おぉ、本当に料理してるんだな。すごいな」


 リビングで課長と一緒にビールを飲みながらご飯を待つ。


「キュッ」


出てきた料理は、

えのきのバター炒め。

サバの塩焼き。

マグロのぶつ切り。

しらす入りだし巻き卵。

鮭とほうれん草のゴマ和え。


 どれも味濃い目と、お酒が進むものばかりだ。

 それを2人と1匹で談笑を交えて楽しむ。


「キューキュー」

(主人がいつもお世話になってなってます)


「そうだな、俺はこのだし巻き卵が1番好きだな」


 課長も何事もなく、さくらさんと会話してるように見える。


「課長、さくらさんの言ってることわかるんですか?」


「いや、全くわかないぞ。動物の言葉がわかるわけないだろう」


……。





 ご飯も食べ終わり、その後も噛み合わない会話を皆で楽しんでいた時、不意にその瞬間は訪れた。


「そういえば、後輩とは上手くやってんのか?この前俺が言った通り、デートしたんだろ?」


 人は時として言ってはいけない言葉を発してしまう。

 地雷を踏む、炎上、色々なことに例えられるが、ようは危険ということだ。

 ここにいる男性はニヤニヤしながら、堂々と危険地帯に足を踏み入れた。




ガタンッ


「……」


 さくらさんが突然立ち上がり、キッチンへと消えていった。


「どうしたんだ?さくらちゃん行っちまったぞ」


「多分飲み物か何かを用意してくれるんだと思います」






かちゃかちゃ、グチャ、ウィーーン、ガガガガ。

(あの男が彼に小娘を近づけた元凶だったのね。サバ汁ドリンクの刑に処するわ)



かちゃかちゃ、くるくる。

(彼は暖かいココアにしましょう)



 飲み物という名の断罪の準備をしていると、リビングから話し声が聞こえてくる。



「しかし、あのカワウソは本当にすごいな。愛嬌もあるし、人間だったら嫁に欲しいくらいだ。お前もそう思うだろ?」


「そうですね。理想の奥さんって感じは確かにしますね。すごい癒されてますよ」


 お酒のせいなのか、あの男のせいなのか、彼が普段よりもよく喋ってる。



(まったく。恥ずかしいじゃない。聞こえてるわよ)


かちゃかちゃ。くーるくる。

(2人ともココアね)




「だけどカワウソだもんな。やっぱり若者を応援するか…」



ピクッ



「あ、そういえば、たまたま遊園地のチケットをこの前もらってな。ウチのは絶叫とかダメだから、後輩と行ってこいよ!」


「え?いきなりどうしたんですか?」



ブシャー。グチャ。ウィーーン。

(やっぱり断罪)




……

…………


 なんだろう。

 さっきからキッチンから聞こえちゃいけない音がする気が。

 さくらさん、何作ってるんだ。



「課長、なんであいつとばっか行かせようとするんですか?そもそも遊園地とか特に興味…」


「お前ら付き合ったら面白そうだからだ!それに他に遊園地に行ってくれる女でもいるのか?」


「いや、いないですけ「キュー!キュッキューー!」ど…」



 ん?

 さくらさん…。

 めっちゃ手を上げて飛び跳ねてるな。

 キッチンで暴れたら危ないぞ。



「あー、、、一緒に行ってくれる女、いましたね」


「…おう」



ポトポト。ポトポト。

(やった。遊園地デート。彼のココアは砂糖増し増しにしてあげよう)




飴と鞭。

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