第35話 龍虎
龍虎相打つ
「……なんだこれは」
「「どうぞお召し上がりください!!(キューキュッ!!)」」
ーーーーーー1時間ほど前。
普段は1人と1匹が暮らすこの穏やかな愛の巣へやは…
「お腹空いてきたな」
この一言で、達人たちが切り結ぶ戦場と化した。
「せんぱーい、何が食べたいですか?」
「キュキューキュゥキュキュ」
さくらさんが後輩に向かって何か話しかけているようだ。
「え?いや、帰らないですよ。先輩がお腹を減らしているのを見過ごすわけにはいきません。さくら先生こそ休んでて良いですよ。わ・た・し・が先輩に美味しいご飯を食べさせてあげますから」
ん?……後輩とさくらさん、普通に会話してないか?
「キュキュッキューキュ」
「あははは。私が小娘なら、さくら先生はカワウソじゃないですか。それとも、こんな小娘を恐れてるとでも?」
ピシィィィッ
空気が…キッチンから感じたことのない空気が…
あと…会話…してるよな?
「キュッキュッ!」
「望むところです!どっちが美味しいご飯を食べさせるか勝負です!」
やっぱり、普通に会話してるよな。
後輩よ。お前カワウソ語がわかるの?
「えーっと、さくらさんの言ってることわかるの?」
「……ふふ」
何だよおい。
達人同士の勝負とは対峙した瞬間から始まるという。
互いに相手の思考を読み合い、いかにそれを上回るか。
斬り合うことなく決着がつくこともある程だ。
つまり達人の勝負とは言いかえれば、究極まで相手を理解するということ。
そしてここにいるのは、ひとりの男を想うことの達人たち。
意思疎通など造作もない。
いま、戦いが始まるーーー
トントン、コトコト。グツグツ。
(さくら先生の料理の腕は知ってる。普通にやったんじゃ勝てない)
タタタタッ、ザクッザクッ、グチャッグチャッ
(作ったことないけど、ここは栄養満点のオリジナルスープで攻めるしかない!あっ、ウィンナーがない。魚肉ソーセージで良いか)
「はぁぁぁあああ!!負けない!」
ーーー魚肉ソーセージ1本で全ては事足りる
魚肉一刀流
ビチッ…ビチッ。
(なかなかやるわね。だけど彼の好みは私が知り尽くしている…………サバで勝負よ)
スッ…スッ…スッ。
(あえて手を加えず、素材の旨味で攻めれば彼は泣いて喜ぶに違いない。しかも今日は奮発して2匹!!)
「キュィィィイイ!!」
ーーーサバの旨味は飛ぶ鳥を落とす
サバ二刀流 カモメ落とし
……
…………
「……なんだこれは」
「「どうぞお召し上がりください!!(キューキュッ!!)」」
今、俺の目の前には何かのスープらしき液体と魚料理らしき食材が置かれている。
底の全く見えない真っ黒な液体。
泡1つ浮いてない澄み切った黒。
具材を切る音は確かに聞こえたのに、その姿が一切見えない液体は虚無を感じさせる。
そして、その横に鎮座するサバが2匹。
テーブルまで産地直送したのか、手が加えられた形跡が全く見当たらない。ありのままの姿だ。
普段の美味しい料理は何処へ…。
ちゃんと料理できるはずだろ。
控えめに言って泣きそうだ。
…………いただきます。
奴らのキラキラした目が、俺の本日最後の景色となった。
龍虎相打つ
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