第34話 開戦

戦いの予感。



「お邪魔しまーす」


 さくらさんを回収し後輩と一緒に帰ってきたが、正直何をどうしたら良いかわからない。

 女性を家に呼ぶなんて殆どしたことないからな。


「とりあえずコーヒーでも飲む…『ドンッ!!』」


「キュイ」


 流石はさくらさん。言わずとも、ちゃんと2人分のコーヒーを用意してくれた。

 すごい勢いで置いた気がするけど、きっと熱かったのだろう。


「あ、ありがとう、さくらさん」


「ありがとうございます。さくら先生」


 ゴクッ……ふー、流石はさくらさん。

 味も温度も完璧だ。

 ん?


「どうした?砂糖入れるか?」


 後輩は一口飲んでから、なぜかコップを神妙な目で見ている。


「いえ…ちょっと熱かっただけです」


(甘い…まるで黒い砂糖水を飲んでるみたい。さくら先生、コーヒーは下手なのかな)


……

………


チラッ

時計を見ると6時をさしていた。


 結構時間が経ったな。

 会社の愚痴で盛り上がったり、意外と楽しかった。

 なお、後輩のコーヒーはあれから一口も減っていない。


 そしてさくらさんは、俺達を大人しく見ている。

 時々さくらさんの背後に龍のような影が見えるのは気のせいだろう。


「そういえば先輩、なんでさくら先生…カワウソなんて飼ったんですか?」


「いや、急に家にきた」


 やっぱり気になるよな。明らかに普通のカワウソじゃないし。


「玄関を開けたら居たから、中に入れてみたら「住む」って達筆な字で…」


「へぇー何か押し掛け女房みたいですね。お弁当まで作ってくれるなんて良い奥さんじゃないですか笑」

(お弁当はさくら先生が作ってるみたいだし、先輩に彼女はいなさそう。良かったぁ。今日は家まで来れたし、確実に距離は縮まったよね。てか、よく考えたら今先輩と2人きりだ……)


ピロリン


「先輩すみません。メールが…」


『彼は渡さないわよ』







【恋は戦争】とはよく言ったものだ。

 戦場で生き残るためには、個々の力量もそうだが、いかに早く状況を判断し、いかに早く敵を見つけるかが大事である。


 彼女の目には、携帯を持ったカワウソが映っている。


 しかし、その愛くるしい見た目に騙されることなく、彼女は物事の本質をしっかりと捉えていた。





 そして瞬時に理解する。








 こいつは恋敵てきだと。







 人智を超えた力を持つ獣に対し、決して臆することなく呟いた。





「負けない」





 凛と張り詰めた空気。

 今にも溢れそうなグラスを見ているかのような緊張感。


 グラスになみなみ注がれた両者の闘志が、今か今かと揺れている……









「なんかお腹空いてきたな」










 愛しい男のこぼした一滴は、グラスから溢れさせるには充分過ぎる量だった。







「先輩何か作りましょうかっ!!!?」

「キューッ!!!?」(何か作るわよ!!!?)




戦いの予感。

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