第15話 修行


胃袋を掌握せよ。




忘れない。

彼のあの目を忘れない。


ここに住むことが決まり、彼に初めて料理を作ったあの日、

彼は驚きと少しの期待を目に滲ませながら、料理を見ていた。


特にサバを。

(なるほど。彼はサバが大好きに違いない)



そして、一口食べて、

『あれ?普通だ。とても普通だ。』

みたいな目をしたのだ。


忘れない。ワスレナイ。



次の日。



1軒の店がある。


重厚な作り。周りの喧騒を一切感じさせない、全てを飲み込む大自然のような雰囲気。

決して一般人が足を踏み入れてはいけないような聖地。


そう。政府御用達の高級日本料理店。『川獺』。


そこの歴史感じる入り口に、1匹のカワウソが立っていた。





「キュイ。キュイ!」


ドンドン。


まだ仕込みの時間なのだろう。

店は開いていない。



何度叩いたことか。そろそろ腕も痺れてきた頃…



ガラガラッ

「誰だ?」


強面の、いかにも職人という風貌の男が現れた。







後に『NO LIFE,NO SABA〜幻のサバ料理〜』の雑誌インタビューにて、店主はこう語る。



「いや、驚いたね。あまりにしつこく入り口を叩くもんだから、文句を言って追い返そうと思ったよ。けど、扉を開けると……カワウソがいたんだ。洒落てんだろ?『かわうそ』って店の前にカワウソがいたんだぜ?」


「しかも、とても真剣な眼差しでこちらを見上げてきやがる。俺は一目見てわかったね。こいつはデキる奴だって。店の料理は弟子に任せて、引退をきめていたってのに、思わず昔の血が騒いじまった。」


「えっ?どうして受け入れたかだって?当たり前じゃないか。あいつは1枚の紙を出してきたんだよ。」


「そこに書いてあったんだ。やけに達筆でさ。『修行』って。あんな達筆な字で頼まれたら受け入れざるえないだろ。」


「そこで店の看板の文字を書くことを条件に、すべての技術を伝授することになったんだ。どうだい?うちの看板。すごい達筆だろ?」


……


…………


日本料理店『川獺』


達筆な看板と、滅多に食べれないサバ料理が評判を呼び、さらに人気店として拍車が掛かったのは言うまでもない。

噂では、桜の花びらを顔に抱いたカワウソの姿を見かけた時だけ、サバ料理が出るとか出ないとか。






胃袋を掌握せよ。

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