3話
「はぁ・・・僕はどうして、あんなことを・・・」
両手で頭を抱えながら机の上で上半身だけのたうちまわっていると冷やかな視線が体を刺してくる。当然その視線を向けてきているのは先ほど般若のような表情を作っていた紫穂からのものだった。あまりにもの恐怖で顔は見れないが後ろに居る事は間違いない。普段ならば助言の一つでも頂きたいところなのだけど、今回の不手際は自分で招いたことだと自覚しているため求めようにも求められない。頭を抱え唸っているとボソッと小さく後ろから投げ捨てられたかのように言葉が向けられる。
「あんなことって・・・馬鹿だからでしょ・・・はぁ」
紫穂の独り言か、それとも尋に対して言ったのか分からない。けれど、とてつもなく鋭い言葉が胸を貫く。しかし、言葉をかけられたことに怖くもあったけどちょっぴり嬉しかったのもあり振り向き机の上に開いたままの携帯を差し出す。
「うぐ・・・紫穂さん・・・このメールどうしましょう。助けて下さい。僕は紫穂さんが居なければダメなのです。ありがとう。」
「うっさい!アンタが悪いんでしょ。なんで、ああ言う時に咄嗟に流されちゃうかな!ほんっと馬鹿!それに軽々しく女の子から来たメールの内容を見せるな!!本当、デリカシーがないよね」
正論をぶつけられぐうの音もでずただただ、しょんぼり顔で紫穂の言葉を聞くことしか出来なかった。頭を悩ますのは香織たちとの会話だけではなく、その後、すぐに雨谷の余計なお節介か妖精探索をするというメールを後輩に送ったのかメールが一件ほど着ていた。絵文字が沢山使われており、とてもかわいらしく女の子らしい文面で「妖精探しがとても楽しみだ。」なんてウキウキとしている文章にどう返したらいいのか分からないということであった。藁にもすがる思いで紫穂に頼ってみるものの呆気なく失敗に終わる。しかし、それで諦めるほど尋も紫穂に対しては図太い性格になってしまうのか必死に紫穂の片腕を掴みながら上下に振っていた。傍から見ればきっと二人は彼氏彼女の関係にも見えなくはないだろう。以前はそう言う風に勘違いされる事もあったが今のクラスメイト達はこの二人がどのような関係かは分かっている。まったく色眼鏡を通すことなく友人同士がじゃれ合っている。ぐらいの気持ちで見ている。一部の男子からは妬ましい視線を送られている事に彼一向に気が付くことはない。雨谷がその事に気が付いているのだろうけど面白いため黙っている。片腕を上下に振られ面倒くさそうにもう片方の手で顎を支え外を眺めている。しかし、思いのほかに強い腕を掴まれ揺らされているため紫穂の体全体が揺れ視界も揺れちょっぴり酔ってきてしまう。
「ちょっと!いい加減、人の腕で遊ぶな!」
「え?ばれたの?」
途中から紫穂の揺れる体が面白かったのか相談をしている癖に面白おかしく紫穂の体で遊んでいたのだ。流石に奴の、え?ばれた?。と言う表情にムカついてしまったのか顎を支えていた片手を耳へと持っていき抓ってしまう。流石に面白半分で体を揺すり遊び過ぎた事を謝罪しなんとか手を離してもらう。が、抓られた耳は熱くなり痛みと熱さでよく分からない感覚を覚えてしまう。
「なんか耳に熱いものを感じるんだけど?」
「うっさい。アンタが私の体を揺らして遊ぶからでしょ?それに助けてあげないよ?」
「う・・・ごめんなさい。以後、多分だけど気をつけます」
絶対にしません。と、言わないところが尋らしい。彼は私には絶対に嘘をつかない。昔からそうだった。保育園の時に酷い嘘を友達からつかれて尋も一緒に泣いてくれた時、僕は紫穂には絶対に嘘をつかないからねなんて子供には似合わない言葉を言ってくれた。あれからずっと一緒に過ごして来たけど本当に私には嘘をついたことはない。中学の頃、友達に言うと漫画やドラマみたいな
「そ、そんなに不快だった?本当にごめんね」
「え?」
申し訳なさそうな表情を作った頭を下げてくる。気が付くと私は自分に対して抱いた後悔のせいで眉間にしわを寄せ怒ったような表情を作ってしまっていたらしい。すぐにそうではない。と、伝えると尋は安堵したのかほっこり暖かい笑みを浮かべため息をつく。その表情を見ると微笑んでしまいそうになるけれどなんとか通常の表情を作る。すると、パカパカと液晶を閉じたり開いたりしながら頭を抱え出す。
「本当にどうしよう?」
「どうしようって・・・はぁ・・・」
仕方がないな。なんて言葉を含めたように紫穂はひろのメールの相談に乗るため背筋を伸ばし少しだけ勢いをつけて息を吐く。その仕草にひろも女神でも見つけた!なんて言いたそうなキラキラとした瞳を紫穂へと向け携帯を机の上へと差し出す。
「てかさ、告白とかされたんだっけ?」
確認するように紫穂は大前提の疑問を聞きだす。そもそも、後輩の子から彼に好きだ。と、伝えてきたのだろうか?周りがいい感じだから。と、言ってるだけであって好意はあるけどまだ好きと言う感情は不確かな場合ただの尋は勘違い野郎だということ。いや、男子と言う生き物は殆どの場合その野郎に分類されると私は思っている。その一人にもなりえるかもしれない男は腕を組むなり難しそうな表情を作ったかと思えば、
「ちゃんとした言葉で好きです!とは言われていないかも」
「ちゃんとした言葉で?ってことは、違うニュアンスでは言われたってこと?」
「な、なんでちょっと怒ってるの?」
別に怒ってないし。なんて意味が込められたような荒い息を鼻で吐き腕組をしつつ少しだけ前のめりになった体を戻すように座り直し、ため息を吐く。
「それで、尋は付き合う気はさらさらないんだよね?」
「もちろん。僕は生れてこのかた香織にしか興味ないもん」
自慢のような悲しいような。自分で言った言葉に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ両腕で顔全体を覆う。相変わらず香織の事になると後先を考えず言葉を発するところは変わっていない。そっか、そっかなんて頷きながら紫穂は、なら簡単なことだよ。と、軽快に口を開く。
「私には好きな人が居るから付き合うことはできません」
いつの間にかメールの事ではなくその後輩の気持ちに対してどうケリをつけるか。と、いう議題へと変わってしまっていることに二人ともが気が付いていない。紫穂もしっかりしているようでたまにこうして天然ボケがあるところがたまに傷でもある。確かに相手に紫穂が言う様にその事を面と向かって言えば尋の悩みの一つは消えることだろう。
しかし、それは相手から告白をされた場合のみ有効な必殺技。それ以外で使ってしまえばただの自信過剰な勘違い野郎である。ただの勘違い野郎でも煙たがられるのにそれよりも上へいく事になってしまいとっても可哀想な奴になってしまいかねない。それでも恋愛に疎い尋は、確かにね!なんて納得し始めている。紫穂もいい事を言った!なんて自慢げに頷き勘違い二人組の幸せな空間が出来上がっていた。遠くからその姿を見ていたのか少し呆れた表情を作った雨谷が二人の空間へ入ってくるなり肩を叩く。その衝撃に笑いあっていた二人は現実へと戻され雨谷の方へと視線を向ける。
「あのな。お前らの表情を見ていたらなんとなく分かるけど後輩の子は本当に尋の事を真剣に思ってんだぞ?もう少し真剣に考えてあげてもいいんじゃあないか?」
雨谷の言葉にひろも少し引っかかったのか、
「いや!ちゃんと考えているよ!このままずるずると成就しない片思いを続けるぐらいならスパッと僕がごめんなさいをして次の恋に行った方がいいかなって思ってて!」
すると、雨谷はもう一度大きなため息をつく。
「あのな?これは言うなって言われていたから言わないようにしていたけど、」
「言ってるし!」
すかさず紫穂がツッコミを入れる。と、雨谷は紫穂の方へ手のひらを向け話しの腰を折るなよ。と、伝えるようにツッコミを制止させる。
「していたけど!尋のこと本当は中学生の頃から気になってたんだってよ。それにな?片思いってフラれてもすぐには次の恋になんていけないぜ?よく考えてみろよ。もしも、お前が何年も片思いをしていてフラれたとするぞ?そしたら、よっし!フラれちった!次の恋を探しまくるぞー!ってなるか?」
雨谷の言葉を聞いた瞬間に胸の奥の辺りがキュッと締め付けられるような気がした。そんなの当然、忘れられるわけがない。忘れようと努力するかもしれないけど、努力をする時点で忘れられるわけがない。ひろの表情を紫穂もどこか寂しそうな表情で見つめていた。
「な?無理だろ?だったら、もう少し連絡を取り合ってみて歩み寄ってやれよ。好意を持っている人にメールを送るって結構な勇気が居るんだぜ?その勇気に正面からぶつかってみて、それでも違うなって思ったらその時にちゃんと考えろよ。今のお前は俺から見ればただの臆病者だぞ?」
「・・・歩み寄って、か」
「そうだよ。よく言うだろう?連絡を取り合ってて次第に好きなる事もあるってさ。ほんのちょっぴりでもいいからさ?真剣に後輩の事を思ってあげて欲しい。メールで妖精探検の事を教えたらすっげー喜んでたぞ?尋先輩と夜の学校探検ができるかもしれません!ってさ。家族とかじゃなくて他人から一途に自分の事を思われるって本当に幸せなことなんだぜ?」
そう笑いながら雨谷は頭を書きながら言う。と、ふと机の上にひっそりと寂しそうに開かれている携帯電話が目にはいる。自分の事ばかり考えて後輩の事をちゃんと考えているようで考えていなかったのかもしれない。その時、紫穂が言って来た事を思いだす。軽々しく人にメールの内容を見せるな。全身に電気が走ったような気がした。そっと、開かれた携帯電話を閉じポケットへと入れる。携帯電話を取る時の尋の表情はどこか暖かい微笑みであった。自分自身に呆れたようにため息を吐きだす。
「雨谷に言われたように真剣に向き合っていなかったのかもしれないね。それは、本当に失礼なことだ。ちゃんと、真剣に向き合ってちゃんとごめんなさいするよ。紫穂もありがとうね」
ちゃんと俺の言葉本当に伝わってるのかな。なんて言いながらも彼の表情、言葉に満足げに雨谷は笑いながら頷く。紫穂も小さな宣言のような言葉に優しく微笑みながら頷き耳を向けていた。そうなれば彼がする事は決まっている。ポケットにしまった携帯電話を改めて出し文を打ち始める。色々と言葉を選んでいるのか時間はかかっているけれど真剣に打っているのだろう。なんとか文を打ち終わり自慢げに紫穂、雨谷に返信画面を見せつける。二人は、呆れたようなけれど暖かい微笑みを向け何度か頷く。その頷きに安心をしたのか尋も頷き文を作るのに体力を使ったのかため息をつきながら椅子の背もたれへと体重をかける。
「あ、そう言えば、」
何かを思いだしたかのように雨谷は両手を叩きどこかへ行ってしまう。紫穂と尋は意味が分からなく首を傾げ見つめ合うだけであった。すると紫穂は何を思ったのか携帯をかまいだす。何をしているのか気になったためいつものように紫穂の顔の真横に顔を持っていき携帯の液晶を覗く。普通ならば頬と頬がつきそうな距離になれば、いくら仲の良い友人でも異性同士なら少しぐらい驚くなりするのだろうけれどこの二人にはそう言った恥ずかしさはないのかもしれない。しれっと顔を近づけたところで紫穂もまた驚くことなく携帯の画面を見ているだけ。
「掲示板?」
液晶に映し出されるのは生徒だけが使える掲示板であり妖精の動画が張られていたところでもある。新しい情報でもないかと思い見たのだという。しかし、色々と書き込まれてはいるがどれも信憑性は薄くすぐに携帯を閉じてしまう。
「うわっ!」
紫穂が驚いたような声を出したため尋も少しばかり驚きのけ反ってしまう。
「な、なに?急に声を耳元で出されたらビックリするっての」
耳を擦りながら前の席へと戻り振り向いてくる。紫穂の顔は桜色のようにほんのりと紅くなっていた。よく分からなく首をかしげつつも先ほどから止まってしまっていた作業へと戻るように紫穂の机に広げられたノートへと落書きを開始する。いつの間にかひろは香織と交わしたブイサインの出来事を忘れてしまっていた。
夏になる頃へ 明日ゆき @yuki-asita
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