第137話王都アシュートへ 其の二

「ルカ皇子は死にました。あれにはもう利用価値はありませんからな。今この国を治めているのはバルゥ様なのですよ」


 突如現れた黒の軍団の将、ロウエンの言葉に戸惑いを隠せなかった。

 ルカが死んだ。この国を治めていたあのバカ皇子が。

 俺達にとっては好都合のはずなのに。妙に胸騒ぎがする。


「どういうことなんだ?」

「それは直接バルゥ様にお聞き下さい。私には説明をする権限は与えられていませんので」


 どうするか? 行くにしても情報が少なすぎる。このまま王都アシュートに行っていいのか。罠の可能性だってある。

 だが桜が王都にいる以上俺に選択の余地は無い。例え罠だとしても、俺の力を使えばごり押しで切り抜けられる…… 

 甘いか。相手はバルゥだ。死ぬ気で行かないとな。


「分かった。案内してくれ」

「かしこまりました」


「先に行っててくれ。お前達のあとを追っていく」


 ロウエンは馬に乗って待機している黒の軍団のもとに戻っていく。

 俺もフィーネが待つところに戻る。


「何を話したんですか?」

「フィーネ。俺達は今から王都に向かう。奴らが案内してくれるそうだ。桜は王都の城の中にいるんだとさ」


「行くんですか? 罠の可能性があるんじゃ……」


 そう思うのが普通だろう。だが、相手はバルゥ。俺は敵ではあるがアイツのことは信頼している部分がある。

 思い出す。獣人の国アズゥホルツでルカを倒した時にバルゥは言ったんだ。


『なに、死んでなければ問題無い。それに敗北を知るのも成長に必要な要素だ。若はどうにも天狗になりがちで、他人を見下す癖がある。王になるには尊大なだけでは駄目だ。敗北を経て痛みを知る。若も良い勉強になっただろう』


 主の仇である俺にこんなことが言える奴なんだ。中々言えることではない。

 それに勝者である俺を称え、次は俺との手合わせを望んだ。はっきり言えばいい男だ。

 なのにそんな男が主を殺し、国を乗っ取る? 理解出来ない。

 だがバルゥとは必ずぶつかることになるとは思っていた。

 転移船を手に入れるためには避けては通れない道だ。


 色々疑問に思うこともあるが…… 


「行こう。桜が待ってる」


 バイクに跨る。先導するロウエンを追ってバイクを走らせる。

 フィーネがギュッと俺の腰に手を回してくる。少し震えているな。

 大丈夫だ。桜は必ず助けるから。俺はフィーネの手を優しく触る。

 すると震えが止まる。


 ロウエンを追ってゆっくり目にバイクを走らせると、次第と王都アシュートが近づいてくる。

 その景観は…… でかい。今まで見たどの都市よりも大きく、高い城壁で囲まれている。

 これがアルブ・ネグロスの本拠地、俺とフィーネのゴール地点でもある。


 ここに来るまで色んなことがあったな。

 異世界転移して、フィーネと出会い、旅をする中でフィーネを好きになり、日本に帰るかどうか悩んだ。

 俺は選んだ。フィーネと一緒になる。

 しかし、その前に一度日本に帰り亡き妻の墓に行って気持ちを整理してくる。


 まずは桜を助けないと。

 新しい俺の未来に愛する娘がいないなんて考えられないしな。


 ロウエンは城門を開けて俺達を待っていた。


「馬車を用意してありますが、いかがなさいますかな?」

「結構だ。遊びに来たんじゃないからな。さっさとバルゥのところに案内してくれ」


「では…… お前達は兵舎に戻れ。指示があるまで待機せよ」


 ロウエンの指示により黒の軍団は町に消えていく。


「さて。それでは私が先導しましょう。バルゥ様は城で待っておられます」


 ロウエンの視線の先には…… 町の中央にそびえ立つ大きな城がある。

 獣人の国の王都の城よりも大きいな。あそこに桜が……


 俺はフィーネを乗せたままバイクで町を走る。

 ロウエンの馬に合わせて運転しているので徐行運転だが。

 早く城に着きたい気持ちを抑えつつ町を眺める。

 静かだな。多くが住んでいるのだろうが、通行人がいない。人っ子一人町を歩いていない。

 どうしたんだろうか?


「随分静かな町だな」

「今は戒厳令を敷いてありますからな。許可無く出歩けば我らが拘束することになっています」


 戒厳令…… やっぱりクーデターがあったってことなんだろうな。

 死んだように静かな町を走る。しばらくすると城が近づいてきた。

 ここか……


 バイクを降りて、フィーネと先に進もうとするが……


「失礼ですが、先に進めるのはライト様だけです。バルゥ様は貴方しか招いておりませんからな。ビアンコのお嬢様は別室でお待ちください……」


 それを聞いてフィーネが怒り出す。


「あなた、何言ってるの!? ここまで来てそれは無いでしょ! 私はライトさんと一緒に行きます!」


 鼻息を荒くして怒っているが…… 

 ロウエンは職務に忠実なようだ。バルゥの言付けを無視して先に進むことも出来る。

 だがそうすればロウエンは命を賭してでも俺達を止めるだろう。

 ここで無駄な血を流すことは無い。


「フィーネ。お前はここまでだ。この先は俺一人で行く」

「そんな! ライトさんまで! お願いです! 連れてってください!」

 

「聞き分けてくれ。先に進めばバルゥがいる。恐らく…… 俺はバルゥとぶつかることになるだろう。そうなったら…… フィーネを守ることは出来ない」

「言ったじゃないですか! 守ってもらおうなんて考えてません! 私は私の意思でここに来たんです! 駄目って言っても行きますから!」


「フィーネ!!」

「…………!?」


 俺の声にフィーネは体をビクッと動かす。驚かせてしまったか。


「すまん。頼む。頼むから残ってくれ。桜は助け出す。約束するよ。でもな、この先は危険なんだ。万が一桜を失って、そしてフィーネまで失ったら俺は耐えられない……」

「…………」


 納得出来ないといった表情だが……


「分かりました…… でも約束してください。二人で必ず私の前に帰って来るって。だったら残ってあげてもいいですよ」

「あぁ。約束するよ。必ず戻ってくる」


 フィーネは俺に抱きついてくる。軽くキスをして……


「約束ですよ……」


 その光景を見たロウエンは高笑いを一つ。


「ははは! お若いですな! 羨ましいことです! バルゥ様は玉座の奥にある転移船発着場でお待ちです。ご息女もそこにおらるでしょう。ではフィーネ様は大事にお預かりいたしますので御安心を」


「フィーネ…… 行ってくる……」

「はい…… 行ってらっしゃい……」


 必ず戻る…… 待っててくれ。


 フィーネと別れ、先に進む。

 城内に入ると広い廊下が先に続く。廊下の先には豪華な装飾が施された扉が。

 おかしいな。普通なら扉を守るはずの警備兵とかがいると思うのだが…… 

 城の中には誰もいない。まぁ、中にいるのはバルゥだ。

 守られる必要は無いってことなんだろう。


 扉を開けるとロウエンが言った通り、玉座の間があった。

 一際豪華な作りだ。真っ赤な絨毯。壁には大きな絵画が飾られ、窓にはステンドグラス。

 だがおかしな点が一つある。玉座だ。玉座はペンキをぶちまけたように血で汚れていた。

 ルカはここで殺されたってことか?


 誰もいない玉座の間を進む。この先に発着場ってのがあるんだよな。

 転移船か…… 話には聞いていたがどのようなものかは知らないんだよ。

 船っていうぐらいだし、某RPGみたいな飛空艇をイメージしてるのだが。


 玉座の間の先には更に扉が。


 ここか。


 迷いは無い。


 この先に桜がいるなら。


 助けるだけだ。


 勝てるかって? 正直分からない。


 バルゥは強い。俺なんか足元にも及ばないほどレベルが高いはずだ。


 でも俺は先に進む。桜がいるのであればどんな強敵がいようとも関係無い。


 俺は扉を開ける。


 その光景は……


 波止場だ。水に浮かぶ多数の船。その一つに二つの影が。


 バルゥと桜だ。


 俺は覚悟を決めて発着場に入っていった。

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