第136話王都アシュートへ 其の一
ブロロロロッ……
荒野にエンジン音が鳴り響く。
俺は桜が捕らわれているだろう王都アシュートに向けてバイクを北に走らせている。
出発前にマルスに地図をもらってきた。
城塞都市ダイーンからアシュートまで、およそ千キロといったところだろう。
深夜に出発してから七時間。
すっかり日は上り、今は午前十時前だ。
トリップメーターに目をやると…… ちょうど九百キロを超えたところか。
時速百二十キロ以上で七時間。さすがに疲れたな……
バイクを停める。フィーネも疲れただろう。
少し休ませないとな……
バイクを降りようとしたが、フィーネが俺の腰をがっちりホールドしているので降りられない。
「フィーネ? 休憩だ。離してくれ」
「ぐぅ……」
寝てた…… 桜と一緒だな。
あいつも後ろに乗りながら、時々眠ってるんだよな。
しょうがないので、腰に回る手を軽くつねる。
「んぁ? あれ? もう着いたんですか?」
「いや、まだだ。でももう少しだろうな。少し休憩しようか」
「私は大丈夫です! いつでも戦えますから!」
「俺が疲れたんだよ…… ほら、フィーネも降りて」
地面に敷布を敷いてから、作成でコンロを作りお湯を沸かす。
懐から無限コーヒーを取りだし、コーヒーを淹れる。
いつものインスタントの味。美味いな。
フィーネには砂糖とミルクを入れたものを渡しておいた。
フィーネは、ほっと溜め息をついてから……
「サクラ…… 無事だといいですね……」
「あぁ。きっと大丈夫だ。桜は無傷で取り返す」
不思議な感じだ。冷たいかもしれないが、何故か俺は冷静でいられている。
焦りも悲しみも無い。ただ、桜を助けることが出来る絵しか浮かんで来ない。
たまにあるんだよな。
以前にはまっていたFPSのエンドコンテンツと呼ばれたレイドミッションでも、今日は一発でクリアー出来るっていう謎に調子のいい日が。
今日は勝てる日だ。間違いない。
しかし油断は禁物。入念に準備しておこう。
敵は多数。集団で来られた時は……
遠距離ならスナイパーライフルで少しずつ数を削っていく。
中距離になったらアサルトライフルだ。威力は低いが足止めに使える。
敵がさらに距離を詰めて来たらフラッシュグレネードだ。
目潰しをしてからショットガンで道を切り開く。
いつも通りだ。迷うことは無い。
しかもバディにフィーネがいる。
彼女の範囲魔法があれば多数が相手でも充分に戦える。
王都についたら対峙することになるだろう。
この世界で最強の男…… バルゥが待ち構えているはずだ。
一対一の戦いならアレだな。
血の輪舞を発動してのCQBだ。俺はこの能力を発動してミルナスに勝つことが出来た。
きっとバルゥにも通用するはずだ。
よし、イメージは固まった。後は本番に臨むのみだ。
コーヒーを一気に飲み干し、再びバイクに跨がる。
「行こうか! 乗ってくれ!」
「はい!」
俺達は再び王都を目指す。恐らく百キロも走れば着くはずだ。
そして走ること一時間。予想通り地平線の彼方に建築物が見えてくる。
あそこに桜が…… しかし、桜が王都にいるという保証は無い。
だが黒の軍団に連れ去られたというのは事実だ。
例え桜が居なくとも、どこにいるか知っている奴を見つけて締め上げればいい。
「ライトさん! あれ!」
フィーネが声をかけてくる? あれって?
フィーネが指差す方には…… 砂埃を上げ、こちらに向かってくる一団が。
少しずつ近づいてくる者達。
馬に乗って、黒い甲冑を着ている。
はは、まさかお出迎えが来るとはね。
バイクを停める。
「フィーネ、構えておけ。遠距離では俺が戦う。魔法の射程に入ったら遠慮無くぶっぱなせ」
「はい!」
俺はスナイパーライフルを構える。
スコープを覗くが、まだ射程範囲外だ。
目測でしかないが、黒の軍団は数百はいるだろう。
関係無い。俺の道を阻むのであれば……
殺すだけだ。
ライフルを構えつつ、敵が近づいて来るのを待つ。
隣ではフィーネが詠唱を開始。
これでいつでも魔法で俺を援護出来る。さぁ来い……
黒の軍団はさらに近づいてくる。そしてスナイパーライフルの射程に入る。
トリガーに指をかける。
ん? なんだ? 黒の軍団の動きが止まる。
警戒しつつスコープを覗き続ける。
どうするか? このままライフルを連射して戦力を削ってもいいのだが……
撃つか…… トリガーに再び指をかけた瞬間……
一人の兵士がこちらにゆっくりと向かってくる。
その男は剣を捨て、両手を高く上げて。
これは…… 降伏の合図か? 何を考えてるんだ?
「ライトさん……」
フィーネも困ったように俺を見るのだが、俺だって混乱している。
「とりあえず待機。だが油断するなよ」
「はい……」
兵士は止まることなく近づいてくる。次第と顔がはっきり分かる位置に。
この顔は…… 深いシワが刻まれ、白い髭を蓄えている。
アルブの民は金髪ばかりだと思っていたが、老人になると白髪になるんだな。
スナイパーライフルからハンドキャノンに持ち代える。
こちらの方がいざという時に対処しやすい。
老人は声が聞こえるであろう距離まで接近。相手は丸腰。
敵とはいえ、いきなり発砲するってのもな……
「止まれ! 馬から降りろ!」
俺の声に反応した老人は馬から降りる。
とりあえず抵抗するつもりは無いみたいだ。
「フィーネ、少し待っててくれ」
「何をする気ですか……?」
「あいつと話してくる」
フィーネは心配そうにしている。
「大丈夫だ。もし相手が抵抗するならば、殺してから戻ってくる。そしたら戦闘開始だ。準備はしておいてくれ」
「はい…… ライトさん、お気をつけて……」
ハンドキャノンを構えつつ、俺は老人に近づいて行く。
「後ろを向け! 膝を着いて手は頭の後ろで組んでおけ!」
老人は俺の言った通り行動する。
これで完全に無力化出来たわけだが……
「お前は何者だ? 俺達を襲いに来たんじゃないのか?」
「いいえ、それはありません。私は我が主の命により、貴方を迎えにあがりました」
「迎えに? 俺達が来ることを知ってたってことか?」
「はい。我が主は何でもお見通しですからな」
こいつの主…… 黒の軍団のトップ、もしくはこの国を治めているルカの差し金か?
「お前の主って誰だ?」
「バルゥ様です。貴方には失礼の無いよう出迎えることを命ぜられましてな。血の気の多い若い連中ではなく、私が選ばれたということです」
老人の言葉から敵意は感じられない。だが信用するには早い。
もう少し情報を引き出さないと。
「桜は…… 娘は無事か? お前らが拐ったんだろ?」
「はい、ご息女は怪我一つありません。今は王都アシュートの城内におられます」
無事か…… 良かった…… 一安心といったところだが、まだ油断出来ない。
そもそも敵であるネグロスが俺達を迎えに来ることを自体が異常なんだ。
「そうか…… お前、名は何と言う?」
「ははは。名を言ってもよろしいのですか。光栄です。私はロウエン。黒の軍団の将の一人で、バルゥ様に最も長く仕えた者です」
ロウエンか。歴戦の将軍なんだろうな。もしかして……?
一応聞いておくか。
「お前が桜を拐ったのか?」
「はい。ダイーンに潜んでいたのも私です。貴殿方は私の陽動に見事に引っ掛かってくれましたからな」
少しばかりロウエンに殺意が湧くが……
今はそんな場合じゃなかったな。これは罠かもしれない。誘いに乗るべきだろうか?
しかし迷っていても事態が好転するとも限らないし、戦わないで王都に潜入出来ると思えば……
「行こう。案内してくれ」
「かしこまりました」
「でも、ルカはこの事を知ってるのか? あいつは俺のことを嫌ってるだろうし。あいつに見つかると厄介なことになりそうだからな」
ロウエンはゆっくりと立ち上がる。手は組んだまま振り向いて。
「ルカ皇子は死にました。あれにはもう利用価値はありませんからな。今この国を治めているのはバルゥ様なのですよ」
ルカが死んだ……? どういうことだ?
しかもロウエンの言い方からすると、死んだというより、殺されたってことだよな?
つまりこれって……
クーデター?
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