第138話バルゥの想い 其の一
俺は玉座の間を抜け、奥にある転移船の発着場に入る。
城の中に波止場があるなんてな。不思議な光景だ。
そこには千人は搭乗出来るであろう大きな帆船が浮かんでいる。
その一つにバルゥと桜が乗っているのが見える。遠目から見る桜は……
椅子に座って項垂れている。手は後ろに回っているので恐らく縛られているのだろう。
バルゥのことだ。いきなり襲いかかってくるということは無いだろう。
俺は桜がいる帆船に乗り込む。
甲板に上がるが桜は動かない。俺に気付いていないのだろうか?
その代わりバルゥが振り向いて俺に話しかけてくる。
「よく来たな! 待っていたぞ!」
「色々話は聞きたいとこだが…… 桜は無事か? もし娘を傷付けたなら……」
「心配するな。娘は眠っているだけだ。抵抗出来ないよう魔法だけは封じさせてもらったがな。
サクラ……と言ったか? 強い娘だな。ここに来てから一度も弱音を吐かず、お前が来ることを信じていた」
桜…… 怖かっただろうに。安心しろ。今助けてやるからな。
俺は血の輪舞を発動。ハンドキャノンも創造しておく。
「ロウエンから聞いたんだが…… お前、ルカを殺したんだって? 一体何があった?」
「あのお喋りめ。聞きたいか? 一族の恥だ。あまり話したくないのだがな」
「聞かせてくれ。意外でな。お前のような男が権力に魅せられて国を乗っ取るとは思えない」
「ははは。高く買ってくれているようだ。いいだろう…… 皇子を殺した理由は二つある。一つは転移船の起動方法が判明したこと。もう一つはお前達がこの国に来たことだ」
起動方法? 俺は転移船のことは何も知らない。
操作出来る奴に話を聞いて日本に戻るつもりだった。
「すまんな。俺はお前を倒して転移船を手に入れるつもりなんだ。せっかくだ。操作方法を教えてくれよ?」
「ははは。勝つつもりでいるのか。豪胆なことだ。私も負けるつもりはないが…… いいだろう。今は争う気は無い。こちらに来てくれ」
バルゥが手招きする。俺は奴について行く。桜の横を素通りすると……
眠っているようだ。待っててな。もうすぐ助けてやるからな。
バルゥは甲板の一番奥に移動する。
そこには台座があり、上には十センチ四方の小さな箱が。
バルゥは箱の上にある蓋を開ける。
中にはルビーのような宝石があり、そこに手を置いて……
「心の中で唱えるのだ。オレミウス オレミウス オレミウス 扉を開けよ オレミウス オレミウス オレミウス マナナン ダフィー」
バルゥが呪文を唱える。すると宝石は光を放ち始める。
「これで起動完了だ。後は触媒となる者のオドをこれに注ぎ込むだけ。簡単だろ?」
「あぁ。でもこれとルカを殺すことがいまいち繋がってない気がしてな。なんで殺す必要があった?」
バルゥは遠い目をしてから語り始めた。
「それはな…… 皇子自身も呪文を知らなかったからだ。呪文は王家の者の脳に直接焼き付ける。それで言葉を発すること無く転移船を起動出来たのだ」
「よく分からんが…… お前はルカを殺して情報を引き出したってことか? でもさ、それならなんでこのタイミングでルカを殺した? 国を乗っ取るつもりならもっと前に殺すことも出来ただろ?」
バルゥは俺の言葉を聞いて、手甲を外す。肌には刺青のような紋様が。
「それは?」
「隷属の魔法だ。厄介な魔法でな。この紋様がある限り王族には逆らうことは出来ん。
私は何とか支配から逃れるために努力した。そしてようやく見つけたのさ。
私は皇子の命により、他の世界に転移し、資源を奪ってくる。色んなところに行ってな。先ほど言った皇子から情報を引き出したのも転移先の世界にサイコメトリーを使える者がいたからだ。
私は有用な魔法や能力を身に付けていった。そしてようやく願いを叶えることが出来る力を手にすることが出来たのだ」
サイコメトリーに解呪か。
つまりバルゥはルカに嫌々仕えていたってことか。
まぁ気持ちは分からんでもないが。
「お前も辛かったんだな。気持ちは分かるよ。俺も嫌な上司と働かなくちゃいけない時期もあったしな」
「ん? 嫌ではなかったぞ。主に仕えるは将の本懐。何よりこの国がここまで発展出来たのも皇子や先代様のお陰だからな」
あれ? なら辻褄が合わないぞ?
整理してみる。バルゥはルカの束縛から逃れるために力を付ける。
必要な能力が身に付いたからルカを殺し、国を乗っ取る。
だがルカに仕えるのは本意だった。
「やっぱり分からん。お前が言ってることは矛盾しているように思えてな」
「ははは、そう思うか。将の本懐よりも大事なことを見つけた。自分の気持ちに従っただけさ。少しだけ話をしないか? 日本人のお前だからこそ話しておきたい」
「俺は話をしに来たわけ……? お前何て言った!?」
確かに言った。俺のことを日本人だと。
どういうことだ? まさか!?
「ははは、その顔。やはりそうか。黒髪、黒目。アジア系の顔つきだが、日本人は他の国に比べ特徴があるからな」
「もしかして…… 地球に行ったことがあるのか?」
バルゥはニコッと微笑む。やはり……
「ライト、お前はこの世界をどう思う? 国、種族で様々な差別があり、強者が弱者を食いものにしている。
意見の相違から争う種族。教義の名の下に他者を蔑む宗教。弱者は死ぬまで弱者のまま。上に這い上がろうにも道は無く、蹴落としにかかる強者達。
お前の世界ではどうだ? 似たような世界ではなかったか?」
言葉に詰まる。バルゥの言う通り、この世界も地球も変わらない。
未だ多くが憎み、貧困が蔓延り、一部の富裕層が弱者を食いものにしている。
宗教の名の下に殺し合いがあり、世界を巻き込む戦争が二つもあった。
人類の歴史は血の歴史でもある。
だが、答えるべきか? 俺を動揺させようとしているのか?
「ははは、答えられないか。構わん。私はこれまで多くの世界を見てきた。王の命により侵略するだけだがな。
だがな、どの世界も大して変わらなかったよ。しょうがないのかもな。私達は知性を持ってはいるが、所詮生物だ。他者を、弱者を喰らってしか生きることが出来ない。弱肉強食が世の常なのかもしれん。
そう思っていた。だがな、私の気持ちを変えた出来事があった。
今から二千年前、私はとある世界に転移した。いつも通り転移先の世界から資源を奪ってくるために。転移した先は地球…… 広島の海だった」
「広島? まさか…… いや、でもお前二千年前って……」
「時間軸が違うなどままあることだ。聖女リアンナだってそうだろう? お前と同じ時を生きていたはずだ。転移というのは時間を飛び越えることもある。私が転移したのはお前達の年号では千九百四十五年八月六日……」
聞くまでも無い。日本人なら誰でも知っている。
広島の上空に一つの爆弾が落とされた。
その光は多くの人を焼き、町を破壊し、降り注ぐ死の灰が生き残った人を病魔に侵した。
悪魔の兵器……
原子爆弾……
「私はその時に悟ってしまったのだよ。人は憎しみ合い、殺し合い、そして自滅の道を進む…… 種族、世界は変われど、本質は変わらない。私は悲しんだ…… 絶望した……
だからこそ。一度世界をやりなおさなければならない。私は世界を壊す。全てをやり直す」
「どういうことだ? 壊すことがやり直すこととどう繋がる?」
バルゥは笑いながら、魔法を発動。
これは…… 収納魔法? 取り出したのは椅子とポットだ。
「ははは、まぁ座れ。少し長くなる。喉も乾いただろ。コーヒーでもどうだ? お前の世界の飲み物だ。美味いぞ。きちんと豆を焙煎したものだ。お前の好みに合うといいが……」
バルゥは俺にコーヒーを渡してくる。茶を飲みに来たわけじゃ……
だがこの香りは? 少し甘味を感じさせる特徴的な香り。自分のご褒美として、たまに一人で飲みに行く。
一杯千円出しても惜しくない最高の味わい……
「ブルーマウンテンか?」
「よく分かったな。お前にはミルクも砂糖も必要無いだろう」
これから戦うであろうという男とお茶会をすることになってしまったが……
バルゥの真意も知っておきたい。俺は椅子に座りコーヒーを頂くことにした。
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