第134話決意

「おーい! そこから離れろ! 作成クリエイションで城壁を強化するんだ! 危ないぞ!」


 ライトさんの指示が飛び交う。

 ここは城塞都市ダイーン。

 私達はネグロスの襲撃に備え、警備をしつつ、傷んだ城壁を修理している。


 ライトさんは元気そう。よかった。

 サクラの話をした時は膝から崩れ落ちるように泣き出しちゃったんだよね。


 男の人があんなに大きな声で泣くとこなんて初めて見た…… 

 しかもそれが大好きなライトさんなんだもん。


 ライトさんは泣き続けた。私の報告を聞いてから丸一日ずっと泣いていた。

 私はただライトさんを抱きしめることしか出来なかった。


 でも昨日の夜にライトさんは泣き止んだ。すごくすっきりした顔をしていた。

 突然立ち上がったと思ったら、外に飛び出してマルスさんと話に行ったんだよね。


 何を話したのか教えてくれなかったけど…… 

 今日から城壁を強化して、ネグロスの襲撃に備えるってことだけ伝えられた。

 そして今私達はライトさんの指示通り、修理作業をしているのだけど……


作成クリエイション!】


 ライトさんの能力が発動する。

 大きな音を立て、地面がせり上がり、傷んだ城壁を包み込んでいく。


 作業を終えたライトさんが私のところにやって来た。


「ふー、疲れたよ。でも一通り修理は終わったな。これならネグロスが攻めて来ても数日は持ちこたえられるはずだ」


 数日かなぁ…… もっと持つんじゃないの? 

 だってライトさんの能力のおかげで城壁の厚さは倍ぐらいになってるし。


「す、すごく頑丈そうな城壁ですね……」

「MPを半分使ったからな。ネグロスが攻城兵器を使ってきても持ちこたえてくれる……だろうな」


 そうだね、これがあれば黒の軍団が来ても…… 

 思いだしちゃった…… 私達はネグロスの精鋭部隊、黒の軍団にやられちゃったんだよね……


 ダイーンを攻撃する時、私達は計画通りに動いた。

 ダイーンに向かって矢を放ち、城壁を削っていった。

 時々ネグロスも矢を撃ち返してきたり、魔法を放ってきたりと抵抗はあったけど、戦況はこちらが有利だった。


 矢を放ちながら少しずつ前進していく。ダイーンまでもう少し。

 もう少しで城門まで辿り着く。その時だ。


 突然城門が開く。


 ネグロスが……


 いや、黒い甲冑に身を包んだ一団が私達に襲いかかってきた。


 私は即座に弓を捨て、剣を抜くけど…… 交配種達は対応出来ずに、驚くばかりで…… 

 しょうがないよ。彼らはついこないだまで一般人だったんだ。

 武器の扱いも知らない人も多かった。


 交配種は瞬く間に蹂躙されていく……


 私も必死に抵抗した。これでも死線は何度もくぐってきた。何人ものネグロスを倒した。

 でも多勢に無勢。私は囲まれてしまい、その時に気付いたんだ。

 隣にいたサクラがいなくなってることに……


 探しに行きたくても、黒の軍団が道を阻む。集中しなくては…… 

 そうじゃなかったら私は殺されていただろう。


 何時間も黒の軍団と剣を合わせる。

 次第と剣を持つ手に力が入らなくなってくる……


 私は死を覚悟した……



 サクラ…… ごめんね……



 ライトさん…… 愛してます……



 二人の顔が思い浮かぶ。

 最後の力を振り絞り、私はネグロスを……!

 その時だ。



 ジャーン ジャーン ジャーン



 銅鑼の音が響き渡る。ダイーンからだ。

 黒の軍団はその音を聞いて、城内に戻っていく。


 助かった…… 満身創痍って言うんだろうな。

 私は膝を着いて、一歩も動けなくなってしまった。


 黒の軍団が去ったあとには死体の山が。

 さっきまで一緒に戦ってきた仲間の死体が、無造作に転がっている。


 茫然とその光景を見つめていると、突如光の膜が戦場を包み込む…… これは……?

 光は私達を癒していく。優しい光に包まれ、体力が回復していくのを感じる。 


 障壁だ。ライトさんだ! ライトさんが助けに来てくれたんだ!


 私は無我夢中で走った。そして見つけたんだ。

 今にも意識を失おうとしているライトさんを。


 ライトさんのもとに駆け寄ると、ライトさんは意識を失った。

 二日も目覚めなかったんだ。すごく心配した。

 その間、私は桜を探しまわった。

 ライトさんが起きたら会わせてあげないと……


 でも捜索は徒労に終った。どこを探してもサクラはいなかった……

 ライトさんが目覚めて、マルスさんのところに話を聞きに行った時……


 ライトさんは気付いてしまった。

 サクラがいないということに。

 私は謝ることしか出来なかった。約束したのに。

 サクラを守るって約束したのに……


 ライトさんは外に飛び出す。私は後を追おうとするけど…… 

 マルスさんのベッドの隣にいた交配種の人に話しかけられたんだ。

 サクラのことを見たって。


 でもその人が言うにはサクラは黒の軍団に捕らえられ、連れて行かれる姿を見たって……


 これをライトさんにどう伝えろっていうの? 

 生きてることが分かって、少しホッとしたけど。


 寒気がした。私は以前アスファル聖国で拘束され、拷問を受けたことがある。

 今でも時々夢に出てくる…… 

 すごく怖かった。すごく痛かった。もしかしたらサクラも……


 でも言わなくちゃ。生きている。その事だけでも……


 こうしてライトさんは今に至るのだけど…… 

 昨日まではこの世の終わりみたいに泣き続けていたこの人が…… 

 なんでこんなに元気そうにしているんだろう?


「フィーネ、今日の作業は終わりだ。戻ろうか?」

「は、はい……」

 

「何か作るよ。食べたいものはあるか?」


 ライトさんが作る料理なら何でも好きだけど…… 

 正直、食欲は無い。サクラのことが心配で……


 二人でダイーンに戻ることに。町の中では怪我の浅い交配種達が戦いの準備をしている。

 薪を切って矢を作ってるんだろうな。

 サクラの魔法の矢が尽きたら、それを使おうとしてるんだ。

 みんな、頑張ろうね。


 私達が泊まっている家に着く。

 きっとお金持ちが住んでいたんだろうね。大きなリビングにはフカフカのソファー。

 二階の寝室には大きなベッドもあり、様々な調度品が飾られている。

 ネグロスの貴族の家なのかもしれない。


 ライトさんはキッチンにいって料理を始める。


「手伝いますか?」

「いや、大丈夫だ。フィーネは座って待っててくれ」


 今日はお言葉に甘えちゃおうかな。私はリビングで待っていることにした。

 数分も経たない内に、キッチンからいい匂いが漂い始める。

 この匂いは……


「出来たぞ。さぁ食べようか」


 ライトさんが作ってきた料理は茹で野菜をたくさん乗せたラーメンだ。

 でもこんなに食べられるかな?


「どうした? ラーメンの気分じゃなかったか?」

「いいえ! 食べます! いただきます!」


 私はドンブリに入ったラーメンを啜り始める。食欲はないと思ったけど…… 

 美味しい。ライトさんが作ってくれるいつもの味。


 食べる毎に食欲が増してくる。ふふ、気付かなかったけど、私お腹空いてたんだね。

 器はあっという間に空になってしまった。


「お代わりするか?」


 ライトさんが笑顔で尋ねてくる。ちょっと恥ずかしいけど……


「お願いします……」


 ライトさんは二杯目のラーメンを作ってくれた。

 お腹いっぱいになるまでラーメンを楽しむ。

 ふと窓の外を見ると、日が沈んでいる。もうそんな時間なんだね。


 食事のあとは二人でお風呂。

 みんなには悪いけど、こっそり入ろうってライトさんが言ってきた。

 湯に浸かりながらサクラのことを思う。

 あの子は今頃どうしてるだろう……


「フィーネ? どうした?」

「いえ…… やっぱり言います。ライトさんはサクラのことが心配じゃないんですか? 今日はそんな素振りも見せずにいたから……」


「桜のことか。もちろん心配はしている。でもな、今俺が慌てたって何の解決にもならない。それよりも今やれることをやるだけさ」

「…………」


 それ以上は何も言えなかった。


 実の親であるライトさんがそう言うのだから。


 お風呂を上がり、二人で寝室に行くと……


 ライトさんは私を抱きしめてキスをしてくる。


 耳を噛まれてから私をベッドに寝かせる。


 ライトさん、駄目だよ。そんなとこにキスしちゃ……


 










 ん…… いつの間にか寝てたみたい。

 朝……じゃないよね。まだ部屋は暗いし。


 あれ? 隣で寝ていたライトさんがベッドから出ていく。何をしてるのかな? 

 眠い目を擦り、ライトさんが何をしているのか見ていると……


 ライトさんはいつもの革鎧を着る。この時間に? 


「ライトさん……?」


 私は声をかける。振り向いたライトさんの顔…… 

 いや、ライトさんの目……


 優しい目をしていた。優しいけど瞳に強い力を感じられる。

 この目は……


 一度見たことがある。

 獣人の国、アズゥホルツ。ガロの町でデスハンドという魔物に立ち向かった時の目だ。


 決意が感じられた。


 私には分かった。


 この人……


 サクラを助けに行く気だ。

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