第135話親だから

「行くんですか……?」


 後ろを振り向くとフィーネが起きていた。

 見つからないようにこっそり出ていこうとしてたんだけどな。


「あぁ。ちょっと出掛けてくるよ」

「どこに……?」


 フィーネは不安そうに俺を見つめる。

 きっと彼女は俺がどこに行こうとしているか分かってるんだろうな。

 そんな顔をしている。


「私も行きます……」

「駄目だ」


 言葉を遮る。フィーネが一緒に来てくれれば心強いのは間違いないことだが…… 

 でも駄目なんだ。


「フィーネはここに残ってくれ。残ってネグロスの襲撃に備えるんだ。フィーネまで出ていったらネグロスが来た時に対応しきれないだろ? ここの戦力をこれ以上落とす訳にはいかない」

「答えになってませんよ? 私はどこに行くのか聞いてるんです」


「…………」

「サクラを助けに行くんでしょ? ふふ、ライトさんって分かりやすいですね……」


 やはりばれてたか。

 俺はベッドに戻りフィーネの横に座る。


「すまんが少し留守にする。フィーネはここで待っていてくれな……」「嫌です」


 今度はフィーネが俺の言葉を遮る。涙を流しながら……


「私、サクラを守れなかった…… みんなを守れなかった…… 悔しいんです。ここでサクラまで失ったら…… あの子は私の友達でもあり、恩人でもあるんです。お願いです。私も連れてって下さい。ここで待ってるだけなんて…… 耐えられそうにありません……」


 フィーネの気持ちは分かる。いつも二人は仲良くやっていた。

 それに桜は俺とフィーネをくっつけようと、色々頑張ってくれてたんだよな。

 でもな……


「フィーネ、今は大事な時だ。俺達はやられはしたが、城塞都市を押さえることが出来た。今度はここが俺達の守りの要になる。ネグロスに奪還される訳にはいかない。個人の感情で動いては駄目だ」

「それはライトさんも同じじゃないですか! なんでライトさんはよくて、私は駄目なんですか!?」


 フィーネの言葉が荒くなる。これは理屈じゃない。

 俺が一人で桜を助けに行こうとしている理由なんて決まってる。


「親だから」

「…………」


 それ以外に答えは無い。

 桜は俺の娘だ。生きているのであれば、この命と引き換えにしてでも助ける。

 それが親ってもんだ。


「ずるいです…… そんなこと言われたら何も言えなくなっちゃいますよ……」

「フィーネ…… 必ず戻ってくる。桜を連れてな。約束するから…… 俺の帰りを待っていてくれないか?」


「分かりました…… でも絶対にサクラを連れて帰って下さい! それに……」

「それに?」


「ライトさんも無事で…… 気を付けて下さい。ネグロス…… 黒の軍団の強さは異常です。私達が相手にしていたのは恐らく末端の兵だと思いますが…… それでも私達はやられてしまったんです。ライトさんでも黒の軍団を相手にどこまでやれるか……」


 黒の軍団か。カオマの町で戦ったミルナスの力を考えると、奴等の恐ろしさは理解出来る。

 それに黒の軍団を率いるのはバルゥだ。この世界で最強の男…… 

 思い出すだけで寒気がする。


 でもな、関係ないんだ。勝ち目があろうと無かろうとな。

 桜は恐らく王都ってとこにいるだろう。


「それじゃ…… 行ってくる……」

「待って下さい!」


 フィーネが俺を止めるが…… 何だろうか?

 ベッドから飛び起きた彼女は俺に抱きついてキスをしてくる。

 少々驚いたが、俺も彼女を抱きしめかえす。


「ん…… ライトさん…… 愛してます……」

「俺もだ。続きは帰ってからな。ほら、服を着て。気付いてる? 今、裸だよ」


「あ…… ふふ、ライトさんのエッチ」


 フィーネは恥ずかしそうに笑う。

 今度は俺から抱きしめて、軽くキスをする。


「行ってきます……」

「行ってらっしゃい……」


 後ろを振り向くことなく部屋を出る。

 深夜ということもあり、町は死んだように静まりかえっている。

 町を抜けるために城門を目指す。門の警備にあたっている交配種は俺に気付いた。


「マルス様から話は聞いております……」

「そうか…… 俺が出たらすぐに門を閉めてくれ」


「分かりました……」


 交配種は門を開く。

 視界の先には何もない平原が広がる。

 ヴィルジホルツの王都アシュートはここから北に千キロといったところだ。


 さてと…… 行くかな。俺は収納魔法を発動し、相棒のビックスクーターを取り出す。

 いつもは誰かしら乗せてたが今からしばらく一人旅か。


 バイクに跨がり、エンジンをかけたところで……



 バンッ!



『開けなさい! ここを開けるの!』

『フィーネ様!? いけません!』


 後ろから声が聞こえる? フィーネが?

 まさかついてくるとか言わないよな……?

 このまま行くと後で何を言われるか分からん。

 話を聞いてから行くかな……


 バイクを降りて、城門が開くのを待つ。

 分厚い城門がゆっくり開いていく。

 隙間から出てきたフィーネが俺のほうに駆け寄ってくる。


「はぁはぁ…… ライトさん……」

「どうした? 何か言い忘れたことでも?」


「ふふ、やっぱり私も行きます」

「お前、俺の話を聞いてなかったのか?」


「いいえ、聞いてましたよ。その上で私はライトさんについて行くんです」


 フィーネは笑顔で、しっかりと俺の目を見て。真っ直ぐな瞳だった。

 俺はこの目を見たことがある。

 かみさん…… 凪はよくこんな目をしてたな。


 俺と付き合い始めた時、プロポーズを受けてくれた時、桜を身籠った時、桜が生まれた時……


 決意を秘めた強い女の目だ。


「ライトさんは親だからって言いました。だったら私もサクラを助けに行く義務があります」

「どういうことだよ?」


 フィーネは微笑んでから……


「ライトさんは私と結婚するって言ってくれました。ならサクラは私の娘になるってことです。血は繋がってないけど、私の子供になるでしょ? なら私も行かなくちゃ。サクラは私の友人であり、恩人であり、大切な妹…… そして私の大切な娘になるんですから」


 これは…… ははは、一本取られたか。

 多分来るなって言ってもフィーネはついて来るだろう。


「危険だぞ?」

「分かってます」


「守れないかもしれない」

「構いません」


「もしネグロスがイグリとダイーンに来たらどうする?」

「来る前に戻ればいいだけです」


「フィーネの目的…… 果たせなくなるかもしれないんだぞ?」

「それ以上に大切なものを見つけましたから」


「フィーネ……」

「行きましょ。ほら、早く!」


 フィーネはバイクの座席に跨がる。

 いつもの位置で俺を待つ。


 こりゃまいったな。俺もバイクに跨がる。

 いつも通りに腰に手を回してくる。


「ふふ、また二人旅ですね。嬉しい」

「おいおい、目的が変わってないか? 俺達は今から戦いに行くんだぞ?」


「でもライトさんとだったら負ける気がしません! 覚えてるでしょ? おばあちゃんの預言を!」


 そう言えば預言なんてものもあったな。


「えーっと、たしか燕と蝶は仲間を助けるために旅をするってやつだよな?」

「そうです! そして、最後に見えたのは燕の回りを楽しそうに飛び回る蝶の群れなんですよ! ライトさんはみんなを救ってくれるはずなんです!」


 フィーネは力強く言うのだが、占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。信じすぎるのもどうかと思うが…… 

 今は少しでも可能性があるのであれば占いにすがっていたい気持ちもある。


 今は…… 自分の力を信じるだけだ。


 エンジンをかける! アクセルを回す!


「飛ばすぞ! 掴まってろ!」

「はい!」



 ドルンッ! ブロロロロッ!



 俺とフィーネは王都アシュートを目指す!


 桜! 必ず助ける! 待っててくれよ!

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