第133話桜

 誰かが俺の頭を撫でている…… 

 優しい手つき…… ここは…… どこだ……?


 ゆっくり目を開ける…… 

 そこには涙を流すフィーネの姿が。


「ライトさん!!」

「うわっ!?」


 抱きつかれて唇を奪われる! い、息が……!


「ぷはっ! フィーネ!?」

「よかった…… ライトさん、気を失ってから二日も起きないんだもん…… ぐすん…… 心配したんだから……」


 二日も寝てた? 一体どういうことだ? 

 う…… 思い出そうとするが記憶が曖昧だ…… 

 俺はベッドから起きようとするが、足に力が入らないな。


「いきなり動いちゃ駄目ですよ。限界以上までオドを使ったんです。かなり疲れてるはずです」

「フィーネ。俺さ気を失う前のこと、あんまり覚えてないんだけど…… ん? フィーネがここにいるってことは……?」


 そうだよな。フィーネと俺が会っていること自体おかしい。

 俺はたしか…… 城塞都市イグリを落とすため、フィーネ達とは別行動を取っていたはず。

 なのに俺は今フィーネと会っている。


 辺りを見渡す。ここは…… どこかの家の中なんだろうな。

 俺はベッドに横になってたし、部屋の中は中々オシャレな作りになっている。

 花瓶には花が活けられ、壁には静物画がかけられている。


「一から説明してくれないか?」

「はい…… 落ち着いて聞いてください。ここは城塞都市ダイーン。私達は…… ネグロスの攻撃で…… ほとんどがやられてしまいました……」


 城塞都市ダイーンだと? それにネグロスにやられた!? 

 ふらつきながらも立ち上がり、フィーネの腕を掴む。


「被害は!?」

「お、落ち着いてください! 正確には分かりませんが…… 死者は一万人…… ライトさんの障壁のおかげで命を繋ぎとめた人はいますが…… 多くが戦える状態ではありません……」


 そんな…… くそ…… ネグロスにしてやられたか。

 フィーネの話を聞いて、何となく記憶が戻ってくる。


 そうだ、俺は城塞都市イグリを攻撃していた。そして戦いの最中に異変に気付く。

 俺達が相手にしていたのはネグロスではなく、ネグロスに俺達を攻撃するよう命じられた交配種だった。

 イグリには既にネグロスは無く、抵抗を止めた交配種のみ。そこで俺は気づいたんだったよな。

 これは罠かもしれないって。


 急ぎバイクを走らせて、ダイーンに到着すると…… 

 辺りには仲間の死体が転がっていた。その中で俺は…… 

 そうだ!


「フィーネ! マルスは!? マルスは無事か!?」

「それは…… う…… ぐす……」


 フィーネが泣き出した。まさか……?


「死んだのか……?」

「いいえ…… でも酷い怪我で…… 今も救護室にいます……」


「案内してくれ」


 俺はフィーネに連れられ、救護室として使っているいうダイーン図書館に行く。

 中は怪我人だらけだ。読書用のテーブル、本棚は全て隅に寄せられ、無数のベッドが置かれている。

 通路には白い布で包まれた…… 死体なんだろうな。

 すまない。俺のミスだ。俺の思慮の浅さからお前達を死なせることになってしまった。許してくれ…… 

 お前達の死は無駄にしないからな……


 死んだ仲間に敬意を払う。

 冷たい言い方だが、死んでしまった者より生きている者の方が大事だ。

 フィーネと一緒に怪我人が横たわっているベッドに向かう。どのベッドからも痛みを堪える呻き声が…… 

 後でもう一回障壁を張っておくか。俺の障壁は欠損箇所は治せないが、体力回復効果はある。

 多少の傷なら俺が治せるはずだ。


「ライト……」


 進む先から声がする。マルスだ。

 俺はマルスに駆け寄る。


「マルス! 大丈……」


 大丈夫な訳無いよな。

 マルスの両足…… 無くなってるじゃないか……


「ライト…… はは、この様だ。でもあんたのおかげで助かったよ……」

「マルス……」


 言葉に詰まる。なんて慰めてやればいいんだ……

 昔、戦争映画で手足を失った兵士の話を見たことがある。彼らの生活は辛いものだ。

 自由に動くことも出来ず、不自由な生活を余儀なくされる。

 しかもここは異世界。地球と違い医療も発達してないし。


「そんな顔するなよ。俺は大丈夫だ。ライト、そっちの様子はどうだ? ロナはしっかり働いたか?」

「あぁ…… あいつは優秀だよ。お前にはもったいないくらいだ……」


「はは…… そうか、俺もこんなになっちまったからな。俺と別れて新しい男でも探せばいいさ」

「そんなこと言うなよ。心配するな。桜の回復魔法があれば、そんな傷ぐらい……?」


 あれ? そういえば…… 桜に会っていない。俺は言葉を失う。


 体が震える……


 視界が歪む……


 胃液が上がってくる……


 吐き気を抑えつつ、フィーネに視線を送るが……


 目を逸らされる……


 まさか……?


「フィ、フィーネ…… 桜はどうした……? どこにいるんだ……?」


 フィーネは涙を流す。ポロポロと大粒の涙を。

 緑色の美しい目から宝石が流れ落ちるように涙を流していた。


「ごめんなさい…… どこにもいないんです…… ライトさんが気を失っている間、ずっと探したんですけど……」

「そんな…… 桜…… フィーネ、お前約束したよな? 桜を守るって約束したよな? いるんだろ? 桜は元気なんだろ? なぁ、フィーネ…… 桜は…… 桜は! どこにいるんだ! 桜! 桜!!」

「ライト! 落ち着け!」


 マルス? マルスはベッドの上から俺の腕を掴む。


「ライト…… すまん…… 黒の軍団だ…… ネグロスの精鋭部隊…… 恐らくこの世界で最も強いやつらが現れたんだ。フィーネを責めないでくれ。彼女は立派に戦ったんだ。俺は見たんだ。桜とフィーネは憶することなく黒の軍団に立ち向かったんだ……」


 黒の軍団? 聞いたことがある。カオマで戦った快楽殺人鬼ミルナスがいた部隊だ。

 率いるのは…… バルゥ。恐らくはこの世界で最も強い男だ。それが相手だったのか……


 そんな…… 俺は外に向かい歩きだす……


「ライト! どこに行くんだ!?」

「…………」


 答えない。どこに行くだって? 決まってるだろ。

 桜を探しに行かなくちゃ…… 


 ふらふらと町の外を目指し歩き続ける。


 城門を抜け、戦闘があった場所へ。


 そこは…… 


 数千を超えるビアンコと交配種の死体が転がっている。


 見るに堪えない光景が広がっている。


 目に移る死体を一つ一つ転がしていく。いない。次の死体を。


 転がそうとしたら、下半身が千切れた。腹を斬られたんだ。


 地獄のような光景なのに。何も感じない。


 どうでもいい。桜のことしか考えられない。


 死体を掻き分けつつ思い出す。


 かわいい娘を。桜のことを。


 お前は難産だったよな。凪が怒ってたぞ。いつまでもお腹から出てこなくて、すごく苦しんだってな。


 そんなに凪のお腹の中が良かったのか? お前は甘えん坊だな。


 お前が一歳になった時、凪は職場復帰を果たした。お前を保育園に預けたっけな。預ける時にお前は泣いてな。ふふ、俺達も辛かったんだぞ。


 お前、四歳になった時にバレエをやりたいって言ったんだよな。嬉しかった。お前が自分でやりたいことを見つけたことが嬉しかったんだ。俺と凪は一緒にバレエ教室を探したんだぞ。


 お前が小学校に上がる頃に凪の具合が悪くなったんだよな。仕事を辞めて、病院に通うようになって。お前は凪の手伝いを一生懸命やってたな。


 凪は良くなることはなく、入院しては家に戻るを繰り返した。お前が九歳になった時、しばらく入院することになったんだよな。


 ビアンコの死体をどかす。桜はいない。


 桜、お前が小学校を卒業する頃…… 凪が死んだ。俺はさ、凪に頼まれたんだよ……


『来人君…… 桜を頼んだよ……』


 これがママの…… 凪の最後の願いなんだ。

 なぁ桜、俺に凪との約束を…… 守らせてくれよ…… 

 桜…… どこにいるんだよ……


「桜…… 桜…… 桜! 桜ーーー!!」


 返事は無い。聞こえるのは俺の息遣いのみだ…… 

 俺は膝をついて…… 地面に突っ伏して……


「う…… ぐす…… 桜ーーー!!」


 泣いた。泣くことしか出来なかった。


 







 どれくらい泣いたのだろうか。

 辺りは夕闇に包まれている。探さなきゃいけないのに。体に力が入らない。

 でも…… 探さなきゃ…… 俺は立ち上がろうとした時……


「ライトさーん!!」


 フィーネ……? 

 後ろを振り向くと、フィーネがこちらに向かってくる。


「はぁはぁ…… ライトさん、探しましたよ……」

「…………?」


「ライトさん、落ち着いて聞いて下さい…… サクラは…… 生きてます……」

「…………!? どこだ! 桜はどこにいる!」


 フィーネの両腕を掴む! 桜が生きてる! 


「お、落ち着いて!」

「落ち着いてられるか! どこにいるんだ!」


「ここにはいません! 目撃者がいるんです! サクラを見たって人が!」


 ここにはいない? どういうことだ?


「サクラは…… 連れ去られたそうです…… ネグロスに…… 黒の軍団に……」







 産まれかけた小さな希望の火が消えるのを感じた。

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