第132話城塞都市イグリ 其の三

 城塞都市イグリの城門に向かい、ゆっくりと歩みを進める。

 城壁の上では交配種達が俺を見降ろしている。

 もしかしたら罠かもしれない。慎重にいかねば……


 ハンドキャノンを構えつつ、何とか城門前に到着。

 強固な扉だな。ショットガンで破壊しようにも骨が折れるだろう。

 俺を上にいる交配種に向かって叫ぶ。


「おーい! 開けてくれ! ネグロスはいないんだよな!?」

『あぁ! 中には俺達だけだ! 今開ける! あんたも俺達を攻撃するなよ!』


 ほんと、どうなってんだよ…… 

 俺は疑問に感じつつ、扉が開くのを待つ。しばらくすると……



 ゴゴゴ……



 扉がゆっくり開いていく。うわ…… 三十センチはある鉄の扉だ。さすがはネグロスの守りの要ってとこだ。

 この扉を破壊するにはショットガンでも無理だったかもな。ロケランならいけるだろうが、あれは威力が高すぎるからな。

 距離によっては俺達も爆発に巻き込まれるだろうし。


 扉が開き切ると、中から甲冑を来た兵士達が出迎えてくれた。

 いずれも兜を脱いで、帯刀はしていない。腰に差しているのは剣の鞘だけだ。


「た、助かったよ! あんた人族か!? なんで同胞と一緒に戦ってんだ!?」

「それは後で話す。お前、城壁で白旗を上げてたやつだよな? 名前は?」


「おいおい、俺は交配種だぞ? 名前なんて……」

「でも仲間内で呼ばれてる名はあるだろ? 俺は来人だ。よろしくな」


「トルン……」

「トルンか。いい名だな。トルン、お前をここの代表者として話したい。みんなを町に入れたいんだが、いいか?」


「あぁ。同胞なら大歓迎だが……」

「そうか」


 俺は後ろを振り向いて、大きく手を振る。


「大丈夫だ! みんな入って来い!」


 俺の声に反応して、ロナ達は弓を収め、こちらに向かってくる。

 全員が城塞都市イグリに入ったところで、ロナが話しかけてくる。


「ライト! これってどういうことなんだい!?」

「それは今から聞くところだ。トルン、彼女はロナ。責任者の一人だ。少し話を聞きたいんだがいいか?」


「あぁ…… 立ち話もなんだ。場所を移そう。ついてきてくれ」


 俺は交配種達に簡単な指示を出してからトルンのあとを追う。

 トルンは大きめな家の前で止まる。


「入ってくれ。俺の…… 俺の主人の家だが、もう俺の家みたいなもんだ。ネグロスはみんな逃げちまったからな」


 中に入ると大きいリビング。ふかふかそうなソファーにトルンは勢いよく座る。


「くそ! こんな座り心地良かったのか! ネグロスめ、毎回俺にこいつの掃除を命じやがってよ!」

「トルン。悪いが時間が無い。話を進めさせてもらうぞ」


 俺とロナもソファーに腰を掛ける。さぁ、何から聞くべきか……


「お前達は俺達を攻撃してたんだよな? どうしてだ?」

「知らねぇよ! 先週突然ネグロス兵がやって来てよ。俺達に甲冑と弓を渡して訓練させやがったんだ。理由を聞いても答えちゃくれねえ。来る日も来る日も弓の訓練とバリスタの操作方法を叩き込まれた…… で、今朝あんたらがやって来てな」


「俺達を攻撃し始めたって訳か。でも、遠目からでも同胞って分かったろ? どうして撃ってきたんだ?」

「あんた、ネグロスに逆らったらどうなるかぐらい知ってるだろ? 俺達に選択の余地なんてないのさ。ネグロスの命令に従うしか無かった…… でも恨むなよ? あんたらだって俺の仲間を殺したんだ。見てたぞ。あんたがおかしな道具で仲間の頭を吹っ飛ばすのをな…… ネネ…… ちくしょう……」


 トルンが涙を流し始める。俺はこいつの友人を殺してしまったのか……? 


「すまない…… 許してくれなんて虫のいいことは言うつもりはない。だがネグロスは逃げて、お前らだけ残ったんだよな? 何があった?」

「ぐす…… よく分からないんだ…… 俺達を指揮していたネグロスだが、突然撤退し始めてよ。俺達はどうしていいか分からずにいた。でもこのままじゃあんたらに殺されるだけだと思ってよ。死ぬ気で白旗を上げてみたんだ……」


 なるほど。トルンの勇気ある行動で被害を抑えることが出来た。

 だが…… お互い多くが死んだな…… 


 心の中でまとめてみる。

 ネグロスはトルン達交配種を兵士として利用していた。

 これは恐らく、自軍の兵の被害を抑えるために、奴隷扱いをしている交配種を利用していたのだろう。

 そして戦いは膠着状態になったにも関わらず、守りの要の城塞都市を捨てて撤退する……?


 まさか……!?


「ロナ! 臨戦態勢をとっておけ!!」

 

 俺は急ぎ家を飛び出す! ロナが後ろから叫ぶ声が聞こえる!


「どういうことなの!? どこに行こうっていうのさ!」

「罠だ! だがここじゃない! ダイーンだ! みんなが危ない!」


「ダイーン!? 私も行く!」

「駄目だ! 指揮官は持ち場を離れるな! お前は残って周辺警戒を頼む!」


「で、でもマルスに何かあったら……」


 気持ちは分かる。だが説得している時間は無い。


「いいからお前は残れ! 俺はバイクがある! 急げばダイーンまで三十分で着く! いいから俺に任せろ!」

「ちょっと! ライト! ライトー!!」


 後ろを振り向くことなく町の外に向かう!

 城門を出てから収納魔法でバイクを取り出し、もう一つの城塞都市ダイーンに向けてバイクを走らせる!


 アクセルを限界まで回す。

 スピードメーターは一気に振り切られる。

 何キロ出ているのか分からない。事故ったら一発で死ぬ速度だろう。



 運転しつつ思い出す。



 孫子の兵法三十六計、混戦の計。



 混水摸魚……



 敵軍が混乱に陥った時、機に乗じて自軍の利を計る。



 ネグロスの狙いは都市を守ることなんかじゃない。



 本当の狙いは……



 桜! フィーネ! 無事でいてくれ!



 無我夢中でバイクを飛ばす!



 城塞都市都市ダイーンはイグリと同じく川沿いに建てられているはず。川に沿ってバイクを走らせること三十分。地平線の先に建物が見えてくる…… 黒い煙が上がっている……



 嫌な予感がする…… さらにバイクを走らせる……



 そして……










 目の前に広がる光景。



 交配種、ビアンコ達が死んでいる。


 

 矢を全身に受けてハリネズミのようになっている者。



 正中線から真っ二つになっている者。



 お互いを守るように折り重なっている男女の死体。



 そんな…… 



 俺は死体の中を彷徨い歩く。



 桜とフィーネを探し始めるときおりうめきごえがきこえるタスケナキャデモイマハフィーネヲサクラヲサガサナキャモシサクラノミニナニカアッタラドウシヨウオレハナギニナンテイエバイイナギハシヌマエニイッタンダサクラヲタノンダヨッテオレハソノヤクソクヲヤブルノカサクラドコニイルンダヨデテキテイツモノエガオヲミセテクレヨフィーネドコニイルンダオマエオレトイッショニタタカイタイッテダダヲコネタヨナイヤナヨカンガスルッテイッテタイヤナフラグタテルナヨッテオモッテタケドホントウニナッチャッタジャナイカオレハオマエヲアイシテイルンダヤクソクシタダロコノセカイニカエッテキタラケッコンシヨウッテタノムオレニヤクソクヲマモラセテクレサクラフィーネドコダドコダドコニイルドコダドコニイルンダ桜! フィーネ! どこだ!


「桜ー! フィーネー!!」

「ライ……」


 この声は……!? 声のした方に向かう! 

 声はミンチになった交配種の死体の下から聞こえてくる。

 肉の塊になった死体をどかすと…… そこには……



 マルスがいた。



 両足が無かった。



 膝から下を失っている。



 傷口からはどくどくと血が流れている。



 マルスの顔色は…… 死体のように真っ白になっている……



 助けなきゃ……



 他にも生きている奴はいるかもしれない……



 オドを練る……



 全てのMPを消費してもいい。



 今は生きている者を助けないと……



 丹田にオドが集まるのを感じる。準備は出来た。



 両手を広げて……



【障壁!!】



 ブゥンッ



 鈍い音を立て、俺を中心に直径数キロに渡る障壁が発生する。

 この中にいれば体力は回復するはずだ。桜の回復魔法ほど有能ではないが……


 マルスの傷口は薄っすらと皮膚が再生し、出血が止まる。

 よかった…… これで失血死は免れるだろう…… 


 俺はその後もMPが切れるまで障壁を張り続けた。日が暮れるまで……


「う……」


 眩暈がする…… そろそろMPが切れるか…… 

 そりゃそうだ。オドを全て使い切るつもりで障壁を張ったんだからな……



 ブゥン……



 俺達を包んでいた障壁が消えた…… 

 目の前がチカチカする…… 

 疲れかな……? 

 意識を失う直前……みたい……だな……


 倒れるように地面にうつ伏せになる……



 時折、生きていることを喜ぶ声や、死んだ仲間の名を呼んで泣いている声が聞こえる……



 全滅は免れた……か……



「ライトさん……?」



 この声は……



 フィー……



 …………



 ……………………

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