第111話作戦会議 其の二

 俺は皆の信頼を勝ち取るためにがんばったのだが…… 

 信頼を得るどころか、より不審がられている気がしてならない。

 だって交配種カアラの連中が俺に向かって化け物とか小声で言ってるし。


 しょうがないので会議は一旦中断。俺はコーヒーを全員に振る舞うことにした。

 マルスは俺を予言の男として信用してくれているので問題無いだろう。

 問題は交配種の信頼を勝ち取ることなのだ。


 おそらくはロナと呼ばれる交配種の女がリーダーシップを取っている気がする。

 彼女から攻略することにしよう。俺はロナのコーヒーに少し砂糖を多めに入れて手渡す。


「ほら、これでも飲んで」

「あ、ありがとう……」


 ロナは震える手でコーヒーを受け取り、それを一口。


「これは……!? 美味しい!」


 ほっ。よかった。コーヒーはロナの口に合ったようだ。

 みんながコーヒーを飲み終わる頃を見計らい話を続ける。


「さっきは驚かせてしまい申し訳ない。だが、これで俺の力は分かったと思う」


 なんて言ってはいるが、俺も驚いている。

 だってロケランの威力が異常に上がっているのだ。レベルが上がったから威力も底上げされたんだろうか? 


「たしかにあんたの力は分かった…… あの力があればネグロスに勝てるかもしれないよね……」

「いいや。俺の力だけでは駄目だ。ネグロスに勝つには君達の協力がいる。マルスは俺のことをある程度信頼してくれているみたいだが、君は、いや交配種の君達はどう思う?」


 ロナが口を開く。やはり彼女が交配種の代表ってとこか。

 やはり彼女の信頼を勝ち取ることが目的を果たすための足掛かりになるだろうな。


「私達はネグロスを憎んでいる…… 名を与えてもらえずに私達をただの道具のように扱ってきたあいつ等を…… でも憎んでいる以上に怖いんだ。生まれた時からあいつらに殴られながら生きてきたからね。目の前で殺された同胞を何人も知ってるよ……」


 かわいそうに。恐怖を植え付けられているのだろう。少し体が震えている。

 今度はマルスに質問だ。彼は一応ここの責任者でもある。

 たしかこの森にいるビアンコ、交配種で戦えるのは三千人と言っていた。子供や老人の他に怪我人もいると…… 

 それならば桜の回復魔法で救えるだろう。


「マルス、怪我した人を治すことが出来たら一緒に戦ってくれると思うか?」

「多分な。だが、多くは手足を失っている。怪我は治っても戦うことなんて出来ないだろうさ……」


 むふふ。それが出来るんだな。

 こっちにはスーパーヒーラーがいる。桜と目を合わす。


「桜! 仕事だ! 言わなくても分かるな!」

「うん! 任せて! ねぇマルスさん! 私を怪我してる人のところに案内して!」


 マルスは桜の勢いに押されて焦ってるな。


「君が? 君は癒し手なのか? だが……」

「いいから早く!」


 桜は強引にマルスの手を引いて去っていく。頼んだぞ。

 それじゃ俺はロナの説得にかかるか。


「ロナ、君が不安に思うのは分かる。でもな、今は戦う時なんだよ」

「戦う時って……? どういうことなの?」


「俺達の世界で昔の偉い人が言ってたんだ。兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なりってね」

「え? どういうこと?」


 俺はロナに孫子の兵法について話し出す。孫子の兵法はビジネス書としても役に立つ。

 仕事で悩んでいる時に何気なく書店でこれを手に取った俺は夢中で読んだっけな。


「戦争とは国家にとって一大事であり、国民の生死に関わることだから慎重に検討しないといけないって意味だ。国家ってほどじゃないが、この森にいるビアンコ、交配種にとっては大事な場所だ。君達の国と言ってもいいだろう。だから不安に思うロナの気持ちが分かるんだ。でもな孫子の兵法はそれだけじゃない。

 故に、これを経るに五事を以ってし、これを校ぶるに、計を以ってして、その情を索む。一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」

「…………」


 はは、意味が分からないって顔だ。つまりな、道とは戦うための大義名分があるかどうかだ。

 戦うことで俺達は何が得られるか。勝つことが出来れば同胞を救うことが出来るだけではなくビアンコ、交配種は平和に暮らすことが出来るようになる。


 天とはタイミング。予言の男として俺がこの国にやって来た。

 これ以上のタイミングは無いだろ。士気が上がればポテンシャル以上の力を発揮出来るだろうしな。


 地、これは言うに及ばずだな。地の利を活かす。

 ここは深い森。しかもビアンコ、交配種は森に点在しているので敵は攻めにくいはずだ。


 将。これも問題無いだろう。マルスとロナがビアンコ、交配種のリーダーとしてやっていけるはずだ。

 俺はリーダーなんてやる気は無い。予言の男なんて言われてもここでは所詮外様だ。

 ぽっと出のおっさんが突然リーダーなんてやって出来る訳が無いんだ。


 法。これは軍の力を表している。これが問題だ。圧倒的に数が足りない。

 俺達に必要なのは数だ。兵力だ。そのためにすることは……


「ロナ。俺達に足りないのは戦力だ。味方を増やさなければならない。その為にも君の協力が必要なんだ」

「私の協力…… ごめん、ちょっと休ませてくれないか……? 頭がパンクしそうだ……」


 ん? 話す量が多すぎたかな? ロナに整理させるためにも一旦休憩時間を設けることにした。

 よし、今の内に一服しよ…… 

 広場を離れ、近くの小屋の裏に行きタバコに火を付ける。胸いっぱいに煙を吸い込み、紫煙を吐き出す。

 ふー、不味くて美味い。

 ん? タバコを楽しんでいるところにフィーネがやって来た。


「どうした?」

「もうライトさんったら。そんな物吸って…… でもすごいですねライトさんって…… あんな話初めて聞きました…… 軍師でもやってたんですか?」


「いいや、ただの課長補佐だ。でもさ、そこまで大した事は言ってないぞ? 今まで話してたのは仕事で必要な知識だったからさ。それを覚えてただけさ」


 孫子の兵法を読んでいたのは俺だけじゃない。同僚、部下でも読んでいるやつはいたしな。

 だが、実際自分が戦う立場になって、その凄さを実感出来る。


「フィーネ、俺達は戦う為の下地を作らなくてはいけない。勝つには準備が必要だ」

「私もお役に立てますか?」


「もちろんだ。フィーネにも準備のために色々協力してもらうからな!」

「はい! 喜んで!」


 はは、どこぞの居酒屋のようにフィーネが応える。

 さてロナは少しは落ち着いたか? 一服を終え、広場に戻る。


「大丈夫そうだな。話の続きだが……」

「えぇ…… まだ理解出来てないところもあるけどね。続きをお願い。私達はこれから何をすればいいの?」


 先程も言った通り、こちらは味方の数を増やす必要がある。

 俺は強い。間違いなく強い。だが、一人で国相手に無双が出来るほどではないはずだ。

 勝つためにすることの第一歩。それは……


「近くの町を襲撃する。そこでネグロスに支配されている交配種を味方につける」

「そんなこと出来……!? いや、出来るかもね…… あんたの力があれば……」


「だが、それだけでは駄目だ。襲撃と並行してネグロスに反旗を翻した俺達がいるという情報を流すんだ。そうすれば自らこの地に逃げてくる交配種もいるはずだ。ロナ、それは君にやってもらいたい。俺はネグロスの町を襲う。ロナは注意が俺に向いている間に他方面から情報を流すんだ」

「分かったよ…… 戦わなくていいなら私にも出来るかもね」


「そういうことだ。一番危険な役目は引き受けるから。だが、何人か交配種は連れていくぞ。そうしないと救いだそうにも信用してもらえないだろうからな」


 お? 今度はフィーネが元気よく手を上げている。質問だろうか?


「どうぞ……」

「私は何をすればいいですか!? もちろんライトさんと一緒に行動していいんですよね!?」


「いや、フィーネには違うことをしてもらいたい。この森は広い。まだ隠れ住んでいるビアンコもいるだろ? その人達を探してきてもらいたいんだが……」


 これは森歩きが得意なフィーネにやってもらいたい。

 フィーネは恐らくではあるが、ビアンコの民の中では最強に近い存在だろう。何だかチートっぽいステータスも持ってるし。

 例え森歩きをしている最中にネグロスに遭遇しても充分に退けられる力を持っているはずだ。

 だがフィーネは目に涙を浮かべながら……


「嫌です……」

「嫌ですって…… わがまま言わないでくれ……」


「嫌です! ライトさんと行くのっ!」


 泣きながら腕にしがみついてくる。むー、どうするか。

 ビアンコを見つけることも大切な仕事なのだが……


「ふぇーん、嫌なの…… ライトさんと一緒にいたいの……」


 これは…… しょがないな。


「分かったよ。なら手が空いている時は俺と一緒に森歩きだ。それならいいよな?」

「はい! それでいいです!」


 もう笑ってやがる。嘘泣きだったか。高度な業を使いやがって。

 まぁ、これでやることは決まったな。話をまとめて明日から動くとするか。

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