ヴィルジホルツ編

第106話入国前夜

 砂漠の国アスファル聖国を抜けるため、北にバイクを走らせ続ける。

 今の俺のバイクにはかみさんの加護の新しい力で、なんとサイドカーが付いている。

 その中でチシャと桜が爆睡をかましていた。おのれ、楽しやがって。


 リアンナ奴隷解放戦線のアジトを出てから今日で十日目。

 昨日ぐらいから見える景色に変化が出てきた。少しずつではあるが緑が見えてきた。

 アスファル聖国は基本砂漠の国だったもんな。

 ちらほらと地面に草が生え、常緑樹の木々も目立つようになってくる。


 俺の後ろにはフィーネが乗っている。これはいつも通りだな。

 最初はサイドカーを物珍しそうに見ていたのだが、やはり俺の後ろがいいみたいだ。


 運転しつつトリップメーターに目をやると…… 

 もうすぐ五千キロに到達する。そろそろこの国を抜けるな。

 俺の腰に手を回すフィーネの手を撫でる。


「ライトさん!? どうしましたか!」

「疲れただろ! 今日はここで一泊するか!」


 バイクを停めて野営の準備に取り掛かる。まずはオドを練ってから……


【障壁!】



 ブゥゥンッ



 俺を中心に直径百メートルはあろうかというバリアーが発生する。

 これで魔物を気にすることなく野営が出来る。


「ライトさんの障壁…… なんか大きくなりましたね」

「そうなんだよな。多分新しい能力のせいだと……思う」


 今の俺のステータスはおかしなことになっている。守護者ガーディアンという新しく追加された能力だ。

 これのおかげかステータスがインフレを起こしている。

 なんだよ、HPが2E+7って。数字に換算すると二千万だぜ? 

 しかし油断は禁物だ。この世界でのステータスはあくまでレベル差を埋めるだけの補正効果でしかない。

 ここに至るまでにサーペントの群れを相手にしたのだが、相変わらず無双のような戦いぶりは出来なかった。


 俺の相手にしたサーペントのレベルは250。倒すのにハンドキャノンで三発は必要だった。

 それでも前回オアシスで戦った時はスナイパーライフルの一撃でHPを千程度しか削れなかったから、俺が強くなっているのは間違いないのだが。


 いかんいかん、準備に取り掛からねば。

 作成クリエイションを発動し、石造りの簡単な家を作る。雨風が防げればいい。ほんとに簡素なものだ。

 十畳程度の大きさだが四人で寝るには十分だろう。

 北上するに連れ、気温が少しずつ下がってきている。

 以前は地下に部屋を作らないと寝られないぐらい暑かったのだが、今はそれも必要無い。むしろ夜は寒いぐらいだ。


 家が完成すると桜とチシャが起きてくる。いや、チシャはまだ眠そうだな。


「パパー…… おはよ」

「あほか。もう夕方だぞ。ほら、チシャも目を覚まして!」


「お父さん…… まだ眠いよぅ……」

「全く…… 桜、チシャと家の中で休んでてくれ。ごはんが出来たら呼ぶから」


「はーい」


 二人は家の中に入っていく。さて料理でも作るかな。


「フィーネ。今日は何が食べたい?」

「カレーライス! カレーがいいです!」


 おま…… 昨日も一昨日もカレーだったじゃないか。

 確かに俺もカレーは好きだが、さすがに三日連続はなぁ……


「ごめんな。カレーはまた今度な。今日は違う物を食べよう。そうだな…… たまにはすき焼きでもするか。フィーネは米を炊いておいてくれ」

「はーい」


 フィーネが米を炊く横で食材の下ごしらえにかかる。

 野菜にキノコ、そして主役のお肉だ。これが何の肉かは謎だが…… 

 最初に訪れた国、リッヒランドで買った肉だからな。

 見た目が牛っぽい赤身の肉だったので食べてみたら牛っぽかった。

 しかし、日本で買えるような薄くスライスされたものではない。巨大な塊でしか売ってくれなかったのだ。

 

 ナイフで薄く切るのもめんどくさいな。

 そうだ! あの能力を使おう!


 俺はオドを練ってから、とある能力を発動! 


 目の前の景色から色が消える。

 脳が高速回転を始める。そして……


 俺の手には高周波ナイフが握られていた。

 この能力の名は血の輪舞ロンド。かつて遊んでいたFPSでスカウトというクラスが使えた能力だ。

 一定条件下ではあるが、とにかく素早く動けるようになり、そして近接武器が強化される。


 俺は肉の塊にナイフを添えて…… 薄切りを始める! 



 スッ シュパパッ



 おぉ! 抵抗無くナイフが肉に入っていく! さすがは高周波ナイフだ! 

 ついでに野菜も切っておく! この切れ味! 深夜番組でやってるテレビショッピングで特集してる万能包丁以上の切れ味だ! 

 当たり前か。なんたって高周波ナイフだもんな。


 下ごしらえは終わってしまった。米が炊き上がるまで少し時間があるのしな。


 ごはん前に一服するかな。煙がみんなの方に行かないようにしないと。

 近くの林の中に入って、懐からタバコを取り出し……? 

 おや? フィーネが付いてきた。いたずらっぽく笑って俺の口からタバコを取り上げ、そして……


 キスをされる。かなり情熱的なキスだな。


「ん…… もうライトさんったら。そんな物より吸うものがあるでしょ?」

「ははは、違いない。でもタバコの代わりにキスってのは初めてだな。いい経験になったよ」

「んふふ。そうですか。それじゃもう一回……」


 再び口づけを交わす。そういや最近こんなキスはしてなかったな。寝る前に軽くキスをするだけだ。

 俺は四十を迎えてから性的欲求はかなり減ってきた。盛りの時期は終わったのだ。

 だがフィーネはまだ二十歳。それなりに性衝動はあるのだろう。

 どこかで欲求を満たしてあげないとな。それはまた今度な。


「そろそろ戻ろう。もうすぐごはんが炊けるからな」

「はーい……」


 ちょっとがっかりしてる。ごめんな、今度時間を取ってデートでもしよう。

 でもそんなことする余裕あるかな? 


 炊事場に戻るとかまどからもうもうと湯気が立つ。そろそろいいか。


「フィーネ。桜達を呼んできてくれ」

「はい! 私、お腹空いちゃいました! スキヤキって初めて食べますね。美味しいんですか?」

「きっと気に入るよ。楽しみにしててくれ!」


 俺の言葉に笑顔を返し、桜を呼びに行く。

 みんなが食卓に着いたらお食事開始。いつも通り星空の下での夕食だ。


「すき焼きじゃん! 久しぶりだ!」

「サクラお姉ちゃん。このお料理知ってるの? すごくいい匂い……」


 チシャは鼻をひくひくさせてうっとりした顔をして、桜の口元には涎が溢れている。はは、もう我慢出来ないって顔だ。


 卵を溶いてから桜の前に。


「溶き卵は分かるけど…… なんで四つも私の前に?」

「悪いけど溶き卵にハイヒールをかけてくれ。もしかしたらサルモネラ菌とかが入ってるかもしれないからな」


「食中毒の原因になるやつだっけ? 分かった、やっておくね」


 桜はオドを練ってからハイヒールを卵にかける。

 これで生卵を食べても中ることはないだろう。


 さて準備完了。みなさん、手を合わせて……


「「「「いただきます!」」」」


 桜とフィーネは相変わらず肉狙いだ。こいつらは勝手に食わせておけばいい。

 俺はチシャの器に肉、野菜をバランス良く載せて……


「食べな。熱いから気を付けてな」

「うん! お父さんありがとう!」

 

 ハフハフをすき焼きを頬張る。笑顔で食べるチシャ。

 気に入ったかどうかは聞く必要は無さそうだな。


 それじゃ俺も食べるか……って、もう肉が無いじゃないの……


「お前らなぁ…… 肉を食べたら、次の人のために足しておけよ……」

「あはは、ごめんね。つい夢中になっちゃって」「ごめんなさい……」


 まぁ肉はすぐに煮えるからいいけどさ。

 ははは、なんだかんだ言って、いつも通り楽しい食卓だわ。


 みんなでお腹いっぱい食事を楽しむ。

 そしてみんなで風呂に入って、あとは寝るだけだ。その前に……


「フィーネ。明日のことで話がある。桜も聞いてくか?」

「ううん、私はチシャちゃんと先に寝てるね」

「そうか。なら明日の朝にでも話すわ。お休みな」


 桜はチシャを連れて家に入っていく。

 俺達は焚き火に当たりながら地図を広げる。


「フィーネ。明日には恐らくヴィルジホルツに入るだろう。覚えている範囲でいい。どこに町が在って、どこが警戒すべきか。そしてどこに転移船があるか教えてくれ」

「分かりました。確かこの辺りが……」


 フィーネは地図上にスラスラとペンを走らせる。

 この世界は地球とよく似ている。ヴィルジホルツというのは地球でいうヨーロッパからユーラシア大陸に相当する大きな国だ。

 フィーネがペンを置く。どれどれ?


「私が住んでいたのはヴィルジホルツ南方の大森林の中です。そこは隠れるところが多くて、何とかアルブ・ネグロスから逃げながら暮らしていくことが出来たんです」


 大森林か。もしかしたらフィーネの仲間もまだそこにいるのかもな。

 だがフィーネが書いたのはそれだけ。あれ? 町の情報とかは?


「ごめんなさい…… 私、大森林から出たことが無くて…… 実はヴィルジホルツのことはあまり知らないんです……」

「そうか。しょうがないよな。だってフィーネがこの国を出たのって小さい時だったんだよな。覚えてないっていうか、知らないのも無理は無いさ。でもさ、この大森林ってのにフィーネの仲間、アルブ・ビアンコがいる可能性ってあるかな?」


「分かりません…… ですが、その可能性はあります。ライトさんはどうするつもりですか?」


 正直分からない。だって何も情報が無いんだからな。

 出来ることはまず信頼出来る誰かを見つけること。そして情報収集だ。


「大森林の中を見てみよう。まずはそこからだ」

「はい!」


 さて明日から最終目的地に入る。一切の気は抜けないだろう。

 覚悟しておかないとな…… それじゃ俺達も寝るかな。でもその前に……


 作成を発動し、桜達が寝ている家から離れた場所に小さめの小屋を作る。


「あれ? 寝るんじゃないんですか?」

「いいから。ちょっと来て」


 フィーネの手を引いて小屋の中に。中に入ってフィーネを抱きしめる。


「ひゃあん! ん……」


 キスをする。そのまま優しくフィーネを寝かせて……














「もう…… びっくりしました……」

「ごめんな。最近構ってあげられなかったからさ」


「ふふ…… そうだったんですか。嬉しいです……」

「それじゃ俺達も寝るか。戻ろ。桜達が心配する」

「…………」


 フィーネが俺を抱きしめて離さない。


「フィーネ?」

「もう一回して下さい……」


 しょうがないな。甘えてくるフィーネをもう一度抱いてから桜達が寝ている家に戻る。


 さて明日はヴィルジホルツに入る。まずは大森林の捜索か。

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